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第26話

「おいなんだよー、いつの間にかいなくなるなんて」  やはり戻ってきたらしい哲也の声に、勢いよく反応したのは白川だ、思い切り手を振り払われ、洋は少しショックを受ける。 「悪い、なんか落ち着いて見たくなって」  洋は立ち上がると、白川も立ち上がった。あっちはどうだった? と尋ねると、いっぱいいたぞー、と哲也は嬉しそうだ。 「隣にいるのが直樹じゃなかったら、いい雰囲気になるのにな」 「哲也、それは俺に失礼だよ」  来年は絶対女の子と来る、と息巻く哲也に、直樹が真顔でつっこんでいる。哲也は男同士で見ても虚しくなるだけだと思っていたらしく、想像以上に感動してテンションが上がったらしい。 「白川はどうだった?」  ここに着いてからあまり話さない白川が気になったのだろう、直樹が聞いていた。白川は洋と繋いでいたほうの手を握りしめて、その手を見つめる。 「……夢みたいだった」 「はー、白川ってロマンチストなんだなっ」  哲也が白川の背中を遠慮なく叩いている。頑張って本命と見に来いよ、と何目線かわからないコメントをしていて、白川は苦笑いしたのか「あ、ありがとう……」と呟いていた。  洋は、白川の本命は俺だ、と言いたかったが、内緒にしていたいと言う白川のために黙っておく。 (せっかく付き合えたのに、話せないのはもどかしいな)  仕方がないといえばそれまでだ。洋だって無理強いはしたくない。直樹も知っているとはいえ、いつもつるむ四人で哲也だけ除け者にしているみたいで、洋は少しもやもやする。 (哲也の反応が怖いんだろうな。俺だって怖い。けど、きっとそんなことで壊れる仲じゃないって思ってる)  哲也なら、黙っていたことのほうがショックを受けそうだ。彼は賑やかしで深く考えないことも多いけれど、小心者で繊細――洋と少し似ているから。  そんなことを考えていると、直樹がこちらを見ていることに気付く。 「……何か言いたげだね?」 「あー、うん。まあ……」  付き合えたことがゴールだと思っていた自分が恥ずかしい。問題はずっと前から存在していて、付き合ったことで、向き合わなければいけないことに気付いた。白川と話したいけれど、果たして彼に話し合う気はあるのだろうか。 「前にも言っただろ? 言わなきゃわからないって」 「そーだけどさ。白川と話し合い、できるかなぁ?」 「できるかなぁ、じゃなくて、するの。二人の問題ならなおさら。洋の悪い癖だよ、肝心なところで引くの」  だって、と洋は言いかけた。それこそ、このあとに続くのは言い訳だ。白川が恥ずかしがって話してくれないかもとか、そもそも二人きりになるのも避けられる、とか。 「……洋は、俺の前ではめそめそウジウジしてるよね」  白川に合わせて理解あるふりをしていても、その無理はいつか皺寄せがくる、と直樹は言う。自覚があることだけに、ぐうの音も出ない。  白川は数メートル先で哲也と話していて、笑い声が聞こえた。あんな笑い声、俺の前では上げないくせに、と嫉妬してしまうのは、それこそ付き合う前からあった問題だ。 「……直樹、好き」 「……」  いつもここぞというところで発破をかけてくれる直樹。心を込めて洋は言うと、彼は心底呆れたのかスルーだ。 「……見てらんないんだよ。もうあんな洋は見たくない」  あんな洋、と彼が言うのは、祖母を亡くしたころの洋のことだろう。自分でも、あの時は普段の自分とはかけ離れていたと思うので、心配してくれる直樹の存在がありがたい。 「白川には、あんなことになった経緯をいつか話せたらと思う」 「うん、それがいい」  そう言った直樹は、足を早めて哲也と白川の間に入っていく。洋も追いかけて、白川と直樹の間に入った。 「ぅわぁ! びっくりした!」  いつも通り、洋が近付いただけで驚いた白川。洋は笑うと、直樹がボソリと呟いた。 「白川、いい加減洋に慣れないと、洋は愛想尽かしちゃうかもよ?」 「えっ? あ、そのっ。……ご、ごめんっ」 「いや。でも洋はなんだかんだ寛大だからな」  謝る白川に意外なフォローをしたのは哲也だ。彼がそんなことを思っていたなんて思わず、洋は目を丸くすると哲也は笑う。 「俺のわがままなのに、ぜんちゃんを花見に呼んでくれたりとか……俺、すぐパニクるからフォローしてくれたりとか……」 「……や、それを言うなら直樹もだろ……」  思ってもいなかった哲也からの告白に、洋は戸惑った。いつの間にか一緒にいたから、直樹ほどハッキリとした出会いがあるわけではない。それなのに、哲也は笑うのだ。 「洋から声をかけられたこと、当時はすごく助かってたんだぞ? それに、直樹は容赦ないから」 「ちょっと?」  照れくさいのか、ボソボソと呟くように言った彼は、誤魔化したようで直樹を巻き込む。聞き捨てならない、と直樹は眉を釣り上げるけれど、冗談だとわかっているのだろう、それ以上何も言わなかった。 「哲也……サンキュー……」  洋の胸に熱いものが落ちる。そしてそんな哲也に、自分も本音を話したくなった。やはり長年つるんだ友人には、隠し事はしたくない、と。  洋は足を止める。三人はすぐに気付いて振り返ってくれた。 「どうした?」  哲也が不思議そうに尋ねてきた。目の前を蛍がつい、と飛んで、通り過ぎていく。 「白川、ごめんな」  洋は両手を握ると、短く息を吐いた。 「哲也、……俺、白川と付き合ってる」 「……え?」  今更ながら、哲也のその反応を聞いて一気に緊張してしまう。白川に謝ったとはいえ同意を得ずに話してしまったし、このタイミングでどうしてと思っただろう。でも、自分を慕ってくれる哲也に、隠し事はしたくなかった。 「まじで……? 本気で言ってる?」  訝しげな哲也の声音に、洋は反射的に白川の腕にしがみつく。言ってしまったことは申し訳ないけれど、本当のことだし、白川が責められるのは避けたい。  いや、思わず話した俺の全責任だ、と洋は哲也を真っ直ぐ見据えた。 「……まじか……」  洋の様子に本気だと思ったのだろう、哲也はサッと顔を逸らして俯いてしまう。これはもう絶交パターンかな、と思ったその時。 「……っ、う……っ」  微かな嗚咽が哲也から漏れた。洋の心臓が嫌な感じに跳ね、思わずごめん、と謝る。 「そっか……気付かなくてごめんなぁ……っ」  グスグスと泣く哲也に「違うって」と反射的に洋は駆け寄った。どうやら絶交はされなさそうだけれど、いきなり泣かれて洋は慌てる。 「白川と話し合って黙っていようってなったんだ。でも、哲也に隠し事したくないなって……」 「そうだよな、そうだよな。こんなこと、話すのも怖いよな……!」  洋は哲也を宥めながら、やっぱり彼は繊細だなと感じる。自分の戸惑いより洋と白川の緊張を感じ取り、勇気を出して話したことに感動してくれている。そしてやはり、自分はそんな哲也にずっと助けられていたのだと実感した。 「話してくれてサンキュー。ってか、俺ら今日おじゃま虫だったな……!」 「そ、そんなことないよ!」  涙を拭う哲也に、横から割り込んできたのは白川だ。彼は胸の辺りでシャツを握りしめ、振り絞ったような声で言う。 「四人でって言ったの俺なの。まだ……二人で遊ぶとか、ハードル高くて……」 「……っ、そっかあああああ!」  どうやらこの短い間で哲也は、白川の片想いの人が洋だったことを悟ったらしい。ずっと言い出せなくてしんどかったよな、俺にできることならなんでもするから、と白川と握手までしている。 「ちょっと哲也。離れて」  洋は堪らず二人の間に入り込むと、哲也は素直に離れてくれた。いくら友人と言えどもそんなに仲良さそうに握手するのはなんだかムカつく。そう言うと、あれだけ女の子と付き合いたがっていたのに、白川にベタ惚れなんだな、と哲也にからかわれ、洋は口を尖らせた。 「もういい。哲也にはもう女の子紹介しない。白川も、俺と手を繋ぐのは躊躇ったくせに、簡単に手を握らせて……」 「ご、ごめんっ」 「洋っ、洋様! 悪かった! だからそれだけは……!」 「あ、もう手は握ったんだ?」  騒ぐ白川と哲也の中で、鋭いつっこみを入れてくる直樹を無視し、洋は走った。待てよ、と追いかけてくる哲也とじゃれ合いながら、直樹とゆっくり歩いてくる白川を見る。  彼はこちらを見ているようだった。暗くて表情はわからないけれど、嫌な雰囲気はない。  それだけで洋は、泣きそうなほど嬉しくなった。

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