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序、神なびの森に

 夕焼けの赤が、山の端を焦がしていた。  蝉の声は遠く、木々はざわつき、地面のぬかるみには裸足の足跡が続いていた。  泥だらけの小さな足。  擦りむいた膝、切れた唇、そして――うずくまる少年。 「……いたい、……さむい」  息をするたび、胸が軋んだ。  空腹で、力が出なかった。けれど、戻るわけにはいかなかった。  あそこに戻れば、また殴られる。  夕闇が濃くなる。  葉の隙間から見える空には、星が瞬き始めていた。  小さな身体が、地面に崩れる。  その時だった。  ――しゃら、しゃら、と、風が鳴った。  木々が音を立てて揺れたわけではない。  水が流れる音でもない。  それは、鈴のように澄んだ、静かな響きだった。  気づけば、目の前に誰かが立っていた。  白い衣、淡く青緑の長い髪。金の瞳は夜に溶けず、灯のようにやさしかった。 「……いとけなき者よ」  声は、風よりも柔らかく、  けれど鼓膜に届くより先に、心に触れるような響きだった。  少年――愛流は、その人を見上げて、ぽかんとした。  この人は、誰だろう。  だけど、怖くない。あたたかい。……なぜか、泣きたくなる。 「……腹が、減っているのですか?」  こくん、と首が動いた。  その瞬間、白い衣の袖がふわりと動き――  次に気づいたとき、愛流はその人の膝の上にいた。  やさしい匂いがした。木の葉と、雨上がりと、……なにか、花のような。 「……よう、耐えましたね」  指先が、少年の傷にふれた。  それだけで、じわりとあたたかさが染み込むように、痛みが遠のいていく。 「……そなたは、ひとりではない」  愛流は、その言葉の意味を、すべては理解できなかった。  けれど、頷いた。  それは、人生で初めて、守られた瞬間だった。  どれだけ時間が経ったのかも分からず、気づけば、眠っていた。  ――このときの記憶が、のちの愛流を支えることになると、  彼はまだ、知らなかった。

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