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第1話 始まりの出会い
声が聞こえる。ちょっと低くて耳に心地いい、声。
光の中、ふわふわ漂って目を開ける。
あぁもう……残された時間はないようだ。
――あなたはどうか、この世界で幸せに……
ビバルティア創世神話恋物語
「納得いかん!」
ガンッ!と叩きつけられたエールのジョッキに、目の前に座る男がややツリ目の青灰色をうるさげに細めた。
男の名前はケイ。同い年の24歳、俺の旅仲間。肌身離さず持ち歩く愛刀の銘は“イブ”。泣く子も黙るS気質の魔剣士だ。
因みに隣でまあまあ、とケイを諫めるのはセン。やっぱり同い年で、膝丈のローブに武器は杖。見た目通りの魔導師。又の名をケイ使い。女の子に見えるけど歴とした男。
んで、一応。俺はソラ。上二人とパーティ組んでるしがない傭兵。この世界じゃ珍しい銃を使える数少ない銃剣士。
でも正直銃って手入れ面倒だし弾なかったらただのお飾りだし、って別に魔力詰めて魔弾にすれば済むんだけど集中力いるからめんどくさいし。
とにかく、銃剣士の“銃”の部分はあんまり役に立ってません。
そんなトリオですけど、宜しくお願いします。
ところで俺は誰に説明してるんだろう?何か今言わないといけないような強迫観念に駆られたんだけど疲れてんのかな?そんな自分に首を傾げてたら迷惑気な顔をしたままケイが言う。
「おとぎ話でそこまで盛り上がれるお前に納得いかねぇよ、俺は」
「おとぎ話違う!実話元ネタのなんちゃって神話!!」
「実話だったとしても今となっては何の関係もねぇじゃん」
「まぁねぇ……。精霊のモデルになった“ヒトハ”だって伝説レベルだもん。ホントにいたのかも疑問視されてるって話だよ?」
「そぉだけどぉ~」
俺達の住む世界、ビバルティア。この世界には天空国センティスと、地上国アティベンティスがある。
昔は気軽に行き来可能だったけど、今のセンティス皇帝の二代前から簡単に行き来できなくなった。
天空国って言いつつお空にセンティスが見えてるわけじゃなく、入国手段はこの世界にたった1つのワープ装置だけ。で、その国境にあたるワープ装置を潜るには許可証が必要で、商人以外にはその許可証はなかなか発行されない。
理由は良くわかんないけど、センティスの歴史を守るためとか何とか??そんなん言うならこっちだってアティベンティスの歴史を守るのにセンティス人なんていらねーし!っていうのがそれからの二国間事情。
王都エルヴィルドを併せて8つの都市を有するセンティスは魔力という定義も勿論あるけど、それより便利な科学に着目して発展させた。
一人の王にみんな従いましょう、王は絶対!王様万歳!!のいけ好かない国だ。
対して俺達の住む地上国アティベンティスは7つの都市を有し、大まかに4人種――ヒト、獣人、鳥人、海人 ――が入り乱れ、ラーナと呼ばれる各都市代表者が意見を出し合いながら治めている。
昔は7都市内で意見が対立して戦争!!とかもあったらしいけど、今は戦争はない。――でも平和じゃない。
これはセンティス側でも問題になってるらしいって噂を聞くけど、ここ数年魔物がえらく増えた上に狂暴化してるんだ。
お陰で俺達傭兵がウッハウハになるわけだけど、一歩間違えば突撃!隣の晩御飯改め、突撃してくる!俺の晩御飯扱いでバックリ相手の腹ん中収まっちゃうから喜んでばかりもいられない。
しかも近頃えっらい新種の魔物が多くて魔物学者はてんてこ舞い。
新種ってことは何もわからないって事で。何もわからないって事は出会ってしまえば最後、あてずっぽ攻撃で凌ぐしかないって事だ。
魔物退治で稼ぐ人間にとっては自分の命を賭け金にした命懸けゲームみたいなもん。だから早く新種魔物情報を纏めて開示して欲しいんだけどねー。
そして最後に。
ビバルティア神話の精霊ルシオン。そのモデルになったのはビバルティア創世の頃この世界を統べていたヒトハだって言われる。
ヒトハは種族の名前で、彼らはその体のどこかに一枚の葉のような模様がある、らしい。その模様が名前の由来だ。並外れた魔力を持ち、それこそ世界をまるごと代えてしまう力があるのだとか。
ホントかどうかは定かじゃないけど元は別々の世界だったアティベンティスとセンティスを無理矢理くっつけたのはそのヒトハだって言われてて、元々この世界は自分達の物だったと主張するアティベンティスにとってヒトハの名前は不吉、忌み名、差別用語。
都市部ではそんな慣習もだいぶ薄れてきたけど、田舎の方ではまだ根強くて代表例として主に子供の間で「お前の母ちゃんヒ~ト~ハ~!!」なんて使われ方をする。いや、今時そんな子いないか。もっと陰湿なイメージ。
逆にセンティス側ではその並外れた魔力が注目されて、ヒトハを見つけたら一生遊んで暮らせるだけの賞金が出るって噂。ヒトハがいれば世界を手に出来るって迷信が信じられてるんだって。科学重視なくせにそんなとこばっか信心深い。謎だ。まあ根も葉もない噂だから真相はどうなのか知らないけど。
ただヒトハの目撃例はないから、神話は神話で実話じゃないっていうのが定説。
ここビバルティアはそんな世界。
てゆーかホントに俺はさっきから誰に説明してるんだろなぁ。変だなぁ、やっぱり疲れてんのかなぁ。
「ヒトハがどうとかはどっちでもいいけど、物語の終わりが気に入らないんだよ」
「世界を救うため、ルシオンはその身を盾にしましたー、ってヤツだろ?神話なんてそんなもんじゃねぇか」
「そうそう。それを不憫に思った神様がルシオンの魂を夜空に輝く星に変え、ルシオンはいつまでも皆を見守りました、ってよくある話じゃない?」
星になったり月に帰っちゃったり、いや月に帰るのはおとぎ話か。
「俺は誰かを犠牲にした平和は納得いかないのー」
「……ホントにおとぎ話でそこまで盛り上がれるお前に納得いかねぇ」
「二度目!?」
「てゆーか何でまた急にそんな話?」
「昼間にさー、子連れのお母さんが絵本読んでて耳に残った」
「それだけで盛り上がれ以下略」
「略すな!」
「ちぇー、何もあんなにバカにしなくてもよくねー?」
もう寝る、と言うケイとセンを残し、そんな酔ってないけど酔い醒ましにプラプラ繰り出した夜の町。そこかしこから下品な笑い声と誰かの争うような物音が聞こえるここは傭兵都市ティルニソス。気付いたら傭兵が集まって、さらにそんな傭兵相手に商売しようって奴等が集まって出来た都市だ。
まあ傭兵都市、とは言うけど傭兵家業するのに世帯持ちならともかく、個人の家持ってる奴なんて滅多にいないからここはやたら宿屋ばっかある。俺達みたいな根なし草の為の仮の家みたいなもん。
さっきまで俺が飯食ってた赤い鳩亭は食堂兼宿屋。駆け出しの頃から使わせてもらってるから女将さんはもうホントの息子みたいに扱ってくれる。
女将さんの顔見ると今回も帰ってこれたなー、って実感するから俺もオフクロみたいなものだとは思ってる。女将さん見てると家っていいなー、とは思うんだけどねー。でも傭兵辞めるつもりないし。
都市中央に陣取ってる建物は……まあ簡単に言えば役場みたいな?ギルドって呼ばれてるんだけど。
傭兵に頼みたい仕事をここで申請すれば自分で好きな傭兵を指名することもできるし、よくわかんなかったら頼めば勝手にその依頼に一番適した傭兵を手配してくれる。手が空いた傭兵は殆どここに戻ってくるしね。次の仕事受けやすい、ってのもあるけど傭兵するにあたって家を捨ててきた人も多から、帰る場所がここしかないんだ。
で、ギルドの近くに建ち並んでるのが武器屋、防具屋、アイテム屋、その他。
ギルド許可証がないと商売出来ないし、商品のチェックをしてもらわないと売る事も出来ないからこれもまた必然的にギルド周辺が商店街になったんだ。
そんな傭兵都市ティルニソスは、がさつ、野蛮、粗野、下品、なんてちょっとお上品な方々に貶される都市だけど俺は結構気楽で好き。
綺麗なかっこしてあっちこっちに気を使って生きるより断然楽で楽しいのになぁ。
鼻歌混じりに慣れ親しんだ喧騒の中歩いてたら。
「そっち押さえてろ!」
「くそ、暴れんな!大人しくしとけ!!」
そんな声と共にバシッと皮膚を打つ音。
(なーんか不穏じゃない?)
視線を向けた暗い路地裏でランプの灯りがユラユラしてる。
(ケイに知られたら怒られるだろうけど……)
余計な事に首突っ込むな!って。でも声は続いてるし、ちょっとだけ……。
「って!こいつ噛みつきやがった!!」
「この……っ!!」
黒いローブのフードを目深に被り直した誰かの顔は見えないけど、周りを囲んでるのは野蛮な傭兵の中でもさらに悪質な部類に入る奴らだった。
仕事に関わりなく殺すし奪うし犯す。傭兵っていうよりもう盗賊。
だから思わず。
「ちょっと人の連れに何してくれちゃってんの?」
うわぁ、厳ついおっさん達の熱視線気持ち悪い。
「若造が何しに来やがった。これは俺達の獲物だぞ」
「あれ?言葉通じなかった?俺の連れって言ってんだけど。町入った途端行方眩ませちゃって困ってたんだよねー」
言いながら地面に座り込んでる相手に手を差し伸べる。少し逡巡する間があってから伸ばされたその手は骨格的に男だけど細くて綺麗。
なるほどなー、きっとこりゃ顔も上物なんだろ。だから目ぇつけられたんだ。
良く見りゃ金細工で留めたローブも上質だし傭兵に仕事頼みに来た貴族の坊っちゃんが道に迷ったか?
「全く、珍しいからってフラフラするからこんな目に遭うんだぞ」
フードの下で頷いたのかな。微かに頭が揺れた。
「ま、そんなわけで」
なーんてこんなもんで帰れるとは思ってないけどめんどくせー。
ガキン、と金属が火花を散らしたのは俺の頭の一歩手前。ビクリと怯んだ黒ローブさんを背後に下げて敵の刃を受け止めた普段使わない銃をちらつかせる。
「俺に挑もうっての?物好きだねぇ」
銃剣士って多くないからそれだけでも割りと有名人なんだけど。
「お前まさか……!!」
「ケイの連れか!!」
「やべぇ、逃げろ!!魔王が来るぞ!!」
それより有名なのはケイのSっぷりなんだよねー……。
慌てて逃げ去るおっさん達の後ろ姿を見送って黒ローブさんを振り返る。
「大丈夫?」
フードからキュッと引き結ばれた桜色の唇が覗いてて、その口の端が赤黒い。さっきのバシッ、かなー、と思いながら返事を待つけど相手は何も言わない。
「……あの」
あれ、もしかして怖すぎて固まってんのかな。大丈夫かな。
ふと引き結ばれてた唇がほどけてぎこちないながらも微笑んだ。同時にスッと左手が上がる。まるでお姫様をダンスに誘う王子様みたいにしなやかな動きだったから、思わずその手に拳を乗せた。いや、お手!って言われたのかと。
ぎこちなかった微笑みがその動作に自然な笑みへと変わって、目の前の(多分)男は俺の手の平をひらかせて上に向ける。
《助けてくれてありがとうございます》
「……お前、もしかして……」
サラサラと手の平に指を滑らせてくる黒ローブさんは俺の問いに頷いた。
道理で悲鳴の1つも聞こえないと思った。あいつらが口がきけないのを見越したかは知らないけど、連れ込まれてたら終わりだったな。
「てゆーか手当てしないと」
口の端、ちょっと血が滲んできてるし。
《大丈夫です》
「あ、連れとかいんの?だったらそこまで送るけど」
そうだよな、こんな金目のローブ着てこんなとこで単独行動するなんてよっぽど腕に自信があるか世間知らずかどっちかだ。きっとホントに連れとはぐれたんだろう。
でもそれには返事がなかった。
「……まさか、一人とか言わないよな?」
いやいや、まさかそんな。こんなゴロツキばっかの町で。
沈黙が続く。
あ、ダメだこの子。きっと世間知らずのボンボンだ。
「……とりあえずまたあんな目に会いたくないなら、ついて来て」
困ったような雰囲気を醸し出してるから、ついて来て、なんて言いながら無理矢理手を引いて強制連行。
ビクリ、と引きかけた手はそれ以上の抵抗を見せなかった。
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