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第2話 家出少年

「……」 「……」 「……」  本当に寝ようとしてたらしいケイがベッドに腰かけて、とってもいい笑みを浮かべてます。  正直背筋が凍る!この部屋だけ氷点下!!誰も喋らない無言が痛い!歓迎されてない雰囲気は間違いなく黒ローブさんに伝わってしまってるだろう。 「お前は……バカなのかッ!!」 「バカじゃないです!」 「どこがだ!?あれほど揉め事に首突っ込むなって……っ……っ」  あ、怒りの余り言葉が出ないご様子。 「……っ、このッ……バカッッ!!」 「バカじゃないです!」 「まだ言うかバカ!!」 「とりあえず二人共落ち着こうよ」  センは呆れたため息を付きながら、手を離したら逃げちゃいそうだったから未だ俺に手を握られたままの黒ローブさんに近寄る。 「怪我してる」 「そう、それ!手当てしないと!って思ったから連れてきた」 「連れてきた、じゃねぇよ!!」  親父の拳みたいな鉄拳が飛んだ。 「痛い!」  まあ、ね?同じ傭兵の中でも暗殺に手を染める人達だっているわけで。見知らぬ誰かを簡単に懐に招き入れるのはあんま誉められたもんじゃないんだけど。  ギルドの紹介だっつっても拒否権はあるから出来るだけ仕事は選んでるけど、中には人様に言えないような後ろ暗い依頼を受けたことあるし。  偶然他のチームとバッティングしてやり合った事もあるし。  妙な逆恨みで個人攻撃してくる輩がいなかったわけじゃない。困った事に。 「やー、でーもー、何か変なのに捕まってたしー」 「この恐竜脳がッ!!」 「単細胞って事!?」  バカより酷くない!?  確かにこういう被害者装った手を使う暗殺者もいるけどさ。でもこの人は違う。多分武器なんて持った事もないんじゃないかなぁ。握った手は武器を扱うようなタコないし、女の子みたいに滑らかだし。 「もぉ、二人共煩い!」  センに怒鳴られとりあえず黙る。だって怒ると一番怖いんだもん。 「おれはセンっていうの。あっちはケイと、ソラ。君の名前は?」  センの問いに、未だに繋いだままの手がピクリと動く。手を離して差し出すとちょっと困ったような間があってから 《アサギ》  と綴る。 「へぇ、アサギっていうんだ」 「先に確認しろよ!」 「痛い!!そんな殴るなぁ!」 「そうだよ、ケイ。ソラの少ない脳細胞が死んじゃうよ」 「セン君!?」  酷くないかなあ、俺の仲間達!! 「てゆーかお前喋れねぇの?」  ケイはいつも直球だよね!  黒ローブさん……アサギはフードの下で頷いたみたいで微かに頭が揺れる。 「……手当てするからフード取ってもらってもいい?」  また逡巡する間を開けておずおずとフードを後ろに落とすと、下から現れたのは思った通り悪いオジサンが目ぇつけちゃうよねー、って顔立ちの少年だった。  サラサラ流れる明るい茶髪は横が少し長くて後ろは短い。そんで、瞬きの度に音でもしそうな長い睫毛。男にしては大きめの瞳の色はキラキラ耀く琥珀色。  スッと通った鼻筋に、フードから覗いてたふっくらした桜色の唇。  紛れもなく美少年。しかも加虐心擽っちゃう系の。 「……これくらいなら魔法治癒より自然治癒が良さそうだね」  思わず固まった俺とケイは放置でセンはテキパキと手当てを開始。流石俺達のナース様。仕事が早い。 「で、アサギ?はあんなとこで何してたの?」  依頼に来たならギルドに行けば事足りる。ギルドもアホじゃないからこんな上玉が連れなしでフラフラすんのを見逃すとは思えない。この町で起きる事件の管理もギルドがしてるわけだし。だから本当に連れがいないんだったらギルドで無理矢理護衛をつけられた筈。  てか、護衛なしでこの子どうやってここまで来たんだ?城壁の外は魔物だらけだぞ……?まさかここに来るまでにみんな殺られて生き残ったとかそういうことなんだろうか。  センが手当てを終えて手を離すとアサギはサッとフードを被って顔を隠してしまった。  あぁ、勿体無い。目の保養……。なんて思ってたらアサギが例の動きで手を出すから思わずまたお手。 「犬か!」  さっきの光景にケイのツッコミが加わったのが面白かったのか、アサギの肩がプルプル震えてる。意外に笑いのツボ浅いかも知んないこの子。 《手当てまでしてもらってありがとうございました》 「あ、イエそんなご丁寧に」  つられて頭下げる俺にまた口元は笑ってる。そして笑いながらアサギが俺の手に何か押し付けた。  金細工の……ブローチ?そういやローブの留め口についてたな。良くみたら鳥を象ったそれの目部分に宝石っぽい何かが嵌め込んである。 「……い、いやいやいや、まさかそんな……」  いきなり挙動不審になった俺にケイが手元を覗き込んだ。 「え、……ホンモノ……のわけねぇよな……?」  金に紛れて目立たないけど、この世界では稀な……アンバー。鉱物ではないけどそれに匹敵する物。  てゆーかこれホンモノなら小さな城が建つぞ……。 《お礼です》 「結構です!!」  怖くなって突き返した。アンバー……つまり琥珀。明らかにアサギの瞳の色に合わせて作らせた物。 「大事な物でしょ?」  ニセモノだったとしても、瞳の色に合わせるとか絶対アサギを大事に思う人からのプレゼントに違いない。偶然じゃなければ! 《僕には不要です。売って何かの足しにしてください》  またブローチを押し付けると口元が、それでは、って動いて踵を返そうとする。 「待ってェェェ!!貰えない貰えない!怖い!!」  その体躯にしがみついた。思いの外というか思った通りというかとにかく細い。  てゆーか傭兵でかなり稼いでるとは言え、いきなりポンと大金が入るような物体は怖すぎる。だって傭兵稼業は身体張って稼ぐから実感もわくじゃん。でもいきなり金の卵みたいなもん渡されても受けとれない。こんなんあったら俺気になって夜寝られないよ! 「お願い、お礼とかいいからこんな怖いもん置いてかないで!!」 「つかお前、こんな時間からどうすんの?どっか宿取ってんの?むしろ金は持ってんの?」  沈黙。 「……そもそも何が目的でティルニソス来たんだ?」  沈黙。 「ケイ、その詰問口調やめてあげなよ」  センに言われてケイは黙ったけど目はアサギに向いたままだ。見兼ねて 「宿取ってるなら送るよ?」  って声かけてみたけど反応はない。 「……まさか、とは思うけど宿取って……ないの?」 《今から探そうかと》  微かにバツの悪そうな雰囲気を滲ませながら俺の手の平に文字を綴る。 「あー、まぁどっか空いてる宿はあるだろうけどさぁ……」  このまま外に放り出すなんて狼の中に子羊そのものじゃんか。今日を無事に過ごしても明日には悪い人に捕まってアレコレされちゃうかもしれない。  と、その時。くー……。なんて可愛く腹の虫が鳴いた。勿論、アサギの。フードの上から頬を押さえたとこを見ると、その下は真っ赤になってることだろう。 「……とりあえず女将さんに何か作ってもらうから代わりに話聞かせてよ」  食堂に行くのを断固として拒否するから、女将さんに適当な理由――外で暴漢に襲われて怖がってるから~とかなんとか――を告げて食事を部屋に運んでもらった。  女将さんは目深に被ったフードを取りもしない俯き加減のアサギに気がかりそうな視線を投げてったけど、詳しくは聞いてこない。傭兵にだって守秘義務はあるしね。ティルニソスの住人だけあって込み入った話はこっちが話さない限り聞こうとはしないんだ。 「とりあえず食べな」  腹は減ってるけど……という態度のアサギを促す。なかなか手をつけない。遠慮してんのかな?  するとケイがおもむろにスープを一口飲みやがった。 「ケイ君!?」 「毒味だ、毒味」  あ、そか。イイトコの坊っちゃんなら毒殺の心配もあるのか。いや、ケイの顔を見る限り普通に腹が減ってるだけに見えるんですけど。  てゆーか食ったよね?俺の倍は食ってたよね!?また腹減らしてるとか胃袋で何か飼ってんの!? 「早く!早く食べて!!食欲魔神に食われるよ!!」  見るからに物足りなさそう!舌なめずりしてる!  それでもまだ困ってるアサギにセンがポンと両手を合わせた。 「支払いはソラ持ちだから安心して~」  なるほど。金目の物は持ってたけど金は持ってないかも知れないもんな。しかも一番金になりそうなブローチは俺達にくれようとしてるわけだし。 「こんくらい安いもんだから、遠慮せずに食いな」  またちょっと間があったけどやがておずおずと両手を合わせて、いただきます、と唇が動く。  何だか小動物を連想させる動きで一生懸命食べ終えて、満足そうな吐息を溢す。ベッドに腰かけたケイは残念そうな吐息をついたけど。 「それで、アサギはこっからどうするつもりなの?」  何かこの子危なっかしい。せめて信用できる誰かに預けないと仕事にも出られない。一仕事終えたばっかだから暫くは滞在するつもりだけどさ。  羊皮紙とかそんな貴重なもんないから俺の手の平で申し訳ないんだけど、ここに答えを書いて、と差し出す。 《どこか遠くへ行きます》 「え!?どういう事!?」  理解できなかったのは俺の頭が恐竜レベルだからとかそういう問題じゃないよな!?  見ればケイもセンもポカーン、だ。 《家出したんです》  な ん だ と !? 「因みにおうちはどこですか?」  それには答えてくれなかった。 「とりあえず、帰れ」  ケイ君、光耀く笑顔でなんて事を!フードから唯一見えてる唇を噛み締めちゃったじゃんか! 「何か理由があるの?」  流石仏のセン君。アサギの側にしゃがんでその手を握る。今度はそのセンの手の平に、 《どうしても帰りたくありません》  と文字を綴る。  理由は教えてくんないけど、帰るつもりもないってこと? 「てゆーか、外は魔物だらけだよ?遠くへっつったって……一人でどうすんの」 「……ぼ、く、は……魔物、の気配、が……、え、気配がわかるの!?」  そりゃすげぇ! 「まさか、とは思うが……一人でここまで来たとか言わねぇよな?」 「ひ、と、り、で……一人で来ました、って」  ホントにすげぇな!!傭兵としての腕は鈍るかも知んないけど、魔物に遭遇せずに移動できるなら一家に一台欲しいくらいだ! 《なのでご心配には及びません》  では、とまたセンの手の平にブローチを押し付けて去ろうとする。 「駄目ェェェ!!違うの!そうじゃないの!!」  いや、そこも心配してたけど! 「まず君、見た目が駄目」  ガッバァ!!とボインに抱きつくナントカ3世みたいに飛び付いて引き止めてる間にセン君がサラ~ッと言った。聞きようによっては結構傷付くよ!  案の定、ちょっと傷付いたという雰囲気……はまるでないねこれ。てゆーか何に駄目出しされたのかわからなくて服装の確認してるし。見た目=服装って思ったのか……??顔は常に隠してるしな。 「いや、服もだけど。その顔!見られたらまず終わりだと思って!!」  顔、って言われてまたフードの上から頬を押さえる。え、やだ何この子。天然?めっちゃ動き可愛いんだけど。 「ここにいつ着いたかわかんないけど、今まで無事だったのが奇跡だよ!」  コテン、と首を傾げた。 「自覚ないんじゃねー?」  既に寝る気満々らしいケイが欠伸交じりに口を挟む。 《何かおかしいですか?》  やっぱり理解できなかったらしいアサギが俺の手の平に綴って、また首を傾げた。 「うーん、噛み砕けば……ちょーっと誘拐して金にしよう、でもその前にいかがわしい事しちゃおう、って気になる……顔?」 「そうそう、ソラみてぇな変態がな」 「ケイ君!?」  あー、でも……伝わってないよねー。どゆこと?って言いた気にまた首傾げてるし。 「とーにーかーく!その顔でそんないい物着てたら悪いオジサンに捕まっちゃうよ!!」  センの必死さが伝わったのかアサギが口元に曲げた人差し指を当てて考え込む仕草。 《捕まるのは困ります。なので夜の内に移動します》  駄目だ、この子。全然わかってない……。  もう一度説明しようとした瞬間だった。フードから見える口元がハッと何かに気が付いたように引き締まる。そのまま窓に駆け寄ろうとしたアサギを遮るように、窓は外から抉じ開けられた。 「ほーら、悪いオジサン来ちゃった」  ビクリと立ち竦むアサギの前にのっぺりした顔の誰か。  白塗りの顔には目と鼻しかない。それもその筈。黒ずくめの相手は仮面を被ってる。 「ようやく見つけましたよ」  仮面でくぐもった声がアサギに向けてそう言った。 「……お連れ?」  フードがズレるくらい全力で首を振って、今度はドアへ駆け寄る……けど、まあそうだよね。そっちからも来るよね。  チラ、と視線をやればすでにケイもセンも荷物を引き寄せて脱出体勢だ。 「その者を引き渡せばお前達に用はない。大人しくしていろ」  ケイの目線が少し様子を見る、って伝えてきたから舌打ちしつつ従った。  その間にアサギは嫌がるように数歩下がる。そのアサギの頬を力任せに殴った親玉らしき先頭の仮面マンは、懐から何故か鎖を取り出した。  てゆーかケイの目線と周りの仮面マンが殺気立ってなかったら殴りかかってるよ、俺……。でも仮面マンの鎖は気になる。……武器?にしては先に留め具がついてるし……何か犬のリードみたいな……、 「って何してんだよ!?」  嫌がるアサギを押さえつけたそいつが無理矢理フードを下ろした所為で、銀の輪っかが嵌められたその細首が露になった。  首輪じゃん!しかもそこに鎖を繋ごうとしてるってまんまリードじゃん!! 「やれッ!!」  その瞬間ケイが叫んでセンが魔法で煙幕を張って、俺は今にも鎖を繋ぎかけていたおっさんを蹴り飛ばすとアサギの震える手を掴んだ。

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