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第4話 師匠に会いに
翌朝早朝、本来ならそろそろ寝床を整えたり寝る準備を始めてるはずのお姉さん達が総出でアクセロスの門まで見送りに来てくれた。名残惜しそうな視線はアサギに向いてる。みんなそれぞれ故郷に置いてきた弟だとか息子だとかを思い浮かべたみたいで、涙を浮かべてる人もいた。
「モテモテだねぇ」
一人が耐えきれないとばかりに抱きついたらみんな飛び付いちゃって、おしくらまんじゅうみたいになってる。
真ん中にいるアサギは無事かな……??
早朝だからそんなに人はいないけど、偶然目撃した人達が何事かと言いたげな顔をしながら通り過ぎていった。
「世話になったな」
「あんた達ならいつでも歓迎だよ。仕事じゃないときに来てくれりゃもっと歓迎するけどねぇ」
その軽口にケイは肩を竦めただけで何も答えない。
「お姉さん達、うちの雇い主そろそろ離してくんなーい?」
声かけたら本当に名残惜しそうに一人一人アサギの頬にキスしてやっと離してくれた。手が離れた途端にピューって走ってきて俺の後ろに隠れちゃったアサギにお姉さん達は萌え死にそうになってる。
てゆーか俺も倒れるかと思った!可愛い!!
今生の別れみたいにずっと手を振ってくれてるお姉さん達が見えなくなった頃、俺の左腕に張り付いてたアサギが漸く離れた。でもちょっと動けば当たる距離。
「どっかで荷馬車でも捕まえねぇとなぁ……」
ケイの呟きにセンがアサギを心配そうに見る。
そうなんだよねー。昨日風呂上がり何だか歩き方が変だったから見てみたら、足の裏……マメが潰れて血だらけだったんだよ。魔法治療した方がいいくらいだったけど、それで元に戻しても歩いたらまた同じ。
センが出来るだけ歩いても痛くないように手当てしてくれたけど、完全には痛みを取り除いてあげられない。だから今も痛い筈だけど本人は普通に歩いてる。
本当はアクセロスで荷馬車捕まえたかったのに数週間は入ってくるばっかで出ないって言うしさ。主に船の移動が多い都市だから仕方ない。
「大丈夫?アッ君。痛くない?」
気付いたらセンの中でアサギの愛称はアッ君になってた。一瞬きょとんとしたオーラが出たけどセンと目が合って、自分に言われてるって気付いたみたいでコクリと頷く。
「いざとなったら俺がおぶって歩くから」
ってゆー全くの親切心から出た言葉を、
「だって、ケイ。アッ君が危ないから早く馬車捕まえよう」
「そうだな。変態の餌食になる前に」
なんて言うこの人達は本当に俺の仲間ですか!?
「イジメ反対~!!」
最初はこのやり取りがホントにイジメだと思ってオロオロしてたアサギは旅の間に慣れて今は笑ってる。声出ないけどめっちゃ肩震えてるし。
「あ、そうだアッ君。アルマーがプリンくれたからお昼に食べようね」
わぁ、お花飛んだ。そんな好きか。
それから大分歩いて昼時。夕飯からはまたマズイ携帯食だけど、今回はアルマーお手製の豪勢な弁当。アサギは小リスみたいに一生懸命ハグハグとパンを頬張ってる。
何て言うか……癒しだよね……。ちょっと飼っちゃいたい気持ちもわからんでもないってゆーかね……。いや、でもホントに首輪つけて監禁なんて人道に反することしてる脂身オヤジには腹が立つけどね!
って考えて、師匠の事を思い出す。別に師匠がオヤジだから思い出したとかじゃなくて!
「それにしてもウェンリスかぁ……。何でわざわざそんなとこ行ったんだろうな?」
「あの人達が何考えてるかなんてわかんねぇよ」
自分のを食べ終えて、食べるのが遅いアサギの方をじっと見る。
「ダメだよ、ケイ!アッ君のだからね!」
俺達の倍食べてるくせにまだ食う気か!!ホントに胃袋で何か飼ってんじゃないだろうな!
そんなケイにアサギがパンを半分にして、かじってない方を差し出した。
「いいから食え。途中で倒れられても困る」
って言うけど、センに睨まれてなかったら絶対手伸ばしてただろ。
一生懸命昼飯を食べ終えたアサギにセンがプリンを渡したら、またブワァって花が飛んだ。いやもう、マジ可愛い。目に見えてウキウキしてる。流石のケイも苦笑いだ。あっと言う間にプリンを食べ終えたアサギに
「甘いの苦手だから食べてー」
って俺のを渡したら、ホントに嬉しそうに受け取った。
アクセロスを出て二週間。運悪くまだ荷馬車は捕まえられない。アサギの足は夜の間に傷が塞がっても、歩くからすぐ破れて血が滲む。繰り返してたら皮厚くなってマメ出来なくなるけどさ。見てる方は痛々しい。きっとティルニソスに来るまでもこんな状態で歩き続けたんだろうなぁ。根性は相当据わってる。
唯一の救いは、普段なら街道歩いててもたまに魔物と出くわすんだけど、アサギはホントに魔物の気配がわかるみたいである程度避けて通れる事だ。
おかげで無理に走らせなくても済むし、俺達もアイテムを消費しなくて済む。
何せアサギ庇うのは俺の役目的になってるから、あ、いや。不満じゃなくて願ったり、だけど。側を離れたら守りきれないかも知れないから離れるわけにいかなくて、どうしても銃で戦わないといけない。弾丸ってティルニソス以外じゃ売ってないの。だから鉄と火薬買って自分で加工しなきゃなんなくてめんどくさいんだよね。魔力高いんだから魔弾にしろ、って言われるけどホントにあれ苦手なんだよ。加減利かなくて殺しちゃいけない相手殺しちゃったりするし。
「何かヤ~な雲行きじゃない?」
ふと見上げた空に不穏な黒が広がって来てる。ケイが同じように見上げておもむろに地図を広げた。
「もう少し先に休憩所がある。今日はそこで休む」
まだ昼前だけど途中で雨になっちゃったら困るもんな。ここらの雨はヒドイ豪雨になることが多い。下手に欲を出して進んだら間違いなく後悔する。それはアサギがいるから~、とかじゃなく一度それで後悔したからだ。
視界は狭くなるし、雨音に掻き消されて魔物が寄ってくる気配にも気付けないし、背の高い雑草が生い茂る場所があっても雨宿り出来そうな場所はないし。俺達だけだったから良かったものの雇い主連れてたらクレームもんだったよ、あの時は。
それもあってこの辺りの街道にはちょいちょい無人の休憩小屋が設けられてる。旅人がいらなくなった装備品を置いてったりしてくれるから稀に掘り出し物あったりするんだよな~。
辿り着いた休憩小屋は俺達の貸し切りだった。ホントは都合良く荷馬車付きの商人がいてくれるのを期待したんだけどねー。こればっかりは仕方ない。小屋に入ってから物の数分で雨雲が広がって外はあっという間に豪雨になった。
窓が雨粒に叩かれてバシバシ鳴って、天井からは雨漏りが。ゴロゴロ雷まで鳴り出した所を見ると……。
「今日はやみそうにないなぁ」
「まぁ仕方ねぇだろ。元々雨の多い地方だしな」
「それにこれだけ豪雨なら追っ手も簡単に追えないだろうしねー」
あれ以来仮面マンは来てない。脂身オヤジが諦めた可能性は……ちょっと微妙なとこだ。何せ俺達はオヤジを直接知ってるわけじゃないし、アサギは何だかそれについては触れたくなさそうだし。
追っ手、の一言に何故かフードをしっかり被り直してたアサギがビクリと跳ねて、無意識なのか俺の左腕に体を寄せた。よくわかんないけどそこを自分の定位置に決めてしまってるらしくて、必ず左側にいる。アサギだったら右でも左でもむしろ上に乗られても全然気にしないけど。
「ソラ、あんまり変態発言すると燃やすよ?」
杖を引き寄せるセンの目が本気!
「てか心読むのやめてー!!」
「変態は置いといて、だ。……そろそろ詳しく教えて貰えるとありがたいんだけどな」
ケイの視線はアサギに向いてる。
「ずっと気になってんだよ。お前のご主人様とやらは何でお前達兄弟を繋いでる?ただの愛玩ペットにしちゃ、兄貴が殺されない理由が“自分より優秀だから”ってのはどっかおかしくねぇか。……お前、何隠してんだ?」
そんな言い方するな、って文句言おうとしたけどそれより先にアサギが俺の左手を取る。
《言えません》
「……何でだ?確かに雇い主はお前だが、事の次第によっちゃこっちから契約破棄することも出来るんだぞ。本当の事を全部話さねぇ相手なら特にだ。こっちも命懸けなんだからな」
《知らない、という事が命を守る時もあります》
つまり知ったらびっくりするような相手って事か??
尚も言い募ろうとケイが口を開きかけた瞬間、アサギがハッとドアを見た。その動きに慣れてきた俺達は荷物を担いで立ち上がる。
「この際濡れるのは我慢だな」
アサギがいなかったら気付かなかったけど、どうやら小屋が囲まれてるみたいだ。前回より断然人数が多い。戦うより逃げた方がいいな、これは。
「二手に別れるぞ」
戦力は分散されるけど、ケイの言う通りアサギの走る速度を考えたら固まって逃げるより別れて撹乱するのが得策だ。
「……わかった」
殺さず逃げる以上顔を知られるのは厄介だ。俺達もフードで顔を隠して外を伺う。
多分外にいるのは仮面マン第二陣。
「俺達が囮になる。その間に逃げろ」
今回の仮面マン達がアサギの服装を知ってるかは謎だけど、この豪雨で背格好の似てるセンとの区別がつくかは賭けだ。区別がつかなくて相手も二手に別れてくれたらラッキーだし、区別がついて全部本物を追ってくるなら背後からケイ達が襲えばいい。落ち合う場所は目的地、ウェンリス。
ドアを蹴破った最初の一人を魔法でぶっ飛ばして、「こっちだ!」って敢えて注意を引き付けたケイの声を聞きながら俺達は外へ飛び出した。
アサギの手を引いて辿り着いたのは湿地にある谷の下の小さな洞窟。昔本当に偶然見つけたくらい入り口が小さな物だから、よっぽど俺達の運が悪くない限りは見つからない筈だ。つーか相手の運が悪くない限り、かもな。何せ普通にしてたら何事もなく通過できるような段差がある場所で俺が転がり落ちて発見した洞窟なんだし。
…くしゃみがね、我慢できなくてね?でもまさかくしゃみごときで落ちると思ってなくてね??這い上がった後で「このバカが!!」って火炎魔法ぶっぱなすケイとセンに追いかけ回されたのも懐かしいなぁ。なんて懐かしんでたら隣からくしゃみが聞こえた。
「大丈夫?」
頷くけどカタカタ震えてるし。いくらまだ季候が暖かい土地にいるとは言え、外はこんな土砂降りで尚且つひんやりした洞窟内、その上びしょ濡れの服着てたら寒いよねー。てゆーか俺もかなり寒い。危険がないか確かめに二人で探索した結果、ここは入り口が狭いわりに中は広く、奥の方は天井に大穴が開いてて、そこから凄まじい雨が降り注いでた。天井に、ってゆーかここはどうやら大穴の中の横穴みたいな所らしい。だってその大穴からそのまま下りたら下は奈落の底。地図上で黒で塗りつぶされた丸く大きな円が描かれてる場所だな、と一人納得。
終点がないように見える穴だけど辛うじて激しそうな水の音がしてるから、ちゃんと底はあって多分地下水脈に通じてるんじゃないかと思う。
「これなら火使ってもバレなさそうだね」
煙が漏れてもこの凄まじい雨が掻き消してくれる筈だ。
洞窟内に散らばってる手の平サイズの石を集めて風で入り込んだらしい枝やら何やらを中に入れ火をつける。辺りに橙の暖かい色が満ちると、それだけでも何だか暖かくなった。
「さて、と」
見つからない方に賭けよう。荷物からロープを取り出し、火よりほんの少し離れた所の出っ張りにくくりつけ即席物干しを作る。キョトンと見守ってたアサギは俺が服を脱ぐとギョッ、として回れ右をした。
「アサギも脱ぐの!」
言いながら全部脱いで……って、流石にパンツまでは脱げないよねー。濡れてるけどこれ脱いだら何だか色々大問題な気がするし。いや、まあ、パンツ一枚の今の俺も大問題な気するけど。アサギが女の子だったらビンタ食らっても仕方ないかもしんない。だけど傭兵してたらこんなん日常茶飯事なもんで、恥じらいなんてないんだけど。乾かせる内に乾かしたいし。
「風邪ひいちゃうから脱いで」
イヤイヤ、と懸命に首を振るアサギに滲り寄る俺ってもしかして変態くさい?
「あ、じゃあこれ」
荷物詰め込んでる袋は防水だ。それでも多少は濡れてるけど、俺達よりマシ。ほんのり湿ってる?くらいの毛布を引きずり出して渡す。ケイがアクセロスで揃えてくれたアサギ用。アサギは旅の用意なんて持ってなくて、ホントに身1つでティルニソスまで来たみたい。冬だったらティルニソスつく前に凍死してたよ、絶対。まあアクセロスで師匠が捕まってたら長旅の用意は要らなかったんだけどねぇ。
「脱いだらこれ巻いて。まだまだウェンリスは遠いんだから風邪ひいたら大変だよ?」
すぐには見つからないだろうけど、絶対見つからないわけじゃないし何より食料が尽きる前に都市部じゃなくても、どこか人里に行かないといけない。その為には自力で歩いてもらわないと。
見ないから、と背を向けた後暫くたって、漸くモソモソ動き出す気配。今振り返ったら怒るかな。てゆーか振り返って鶴がいたらどうしよう。いや、そもそも鶴助けてないし。機織りしてないし。まだ振り返ったらケイがいた、とかのが有り得そうだし。――想像したら寒気がしたからやめた。
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