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第6話 隠し事一つ目

 目を覚ました時、何だかすごく嫌な気分だった。モヤモヤするような、よくわからない感情が胸を締めてて少しの間一度開けた目を閉じる。  それからまた開いた時、左側がえらくあったかいな、って気がついて……苦笑い。  いつもみたいにフードでしっかり顔を隠したアサギが俺の肩に凭れて眠ってる。自分の毛布を俺の足にもかけてくれてた。  気配に察いこの子が無防備に寝てしまうくらいには、この辺は安全なんだろう。 (今いつぐらいだ……?)  そんなに寝入った感じはないから夜明けよりちょっと過ぎたくらいか。耳を澄ませば雨の音は聞こえない。変わりに遠くの方から濁流の音がする。大穴の地下水脈かな。多分雨で増水しちゃったんだろうなぁ……。そう思いながら意外に高い天井を見上げる。  二人は無事なのか。  そりゃ俺よりは強いけどさ。  魔剣士のケイは、普通に魔法も使える。威力は高いけど集中し続けるのが苦手らしく飛距離がない。だから様々な要素を剣に付加して戦うのが得意だ。そっちにはさほど集中力いらないからな。  普通の魔剣士はだいたい1、2個くらいしか属性変換させられないから、ケイみたいに全属性に変換させられる魔剣士はそういない。  さらにすごいのはその愛刀イブ。剣にも元々の相性があって、氷属性の剣に炎はつけられないし、水属性の剣に雷はつけられない。武器屋では最初から炎の魔剣ー、とかって名称で売りに出されてる事が多い。でもイブはどんな要素でも付加できる優れもの。炎を付ければ炎の魔剣、氷を付ければ氷の魔剣、毒をつければ……ってな具合にどんな魔剣にも変化する。  だからケイとイブが揃えば物理無効の敵以外割りと無敵だ。後は純粋に剣の腕前だけど、それもまた申し分ないし。てゆーか俺ケイに勝てたことないし。  センもまた大人しそうな顔に似合わず普通に強い。攻撃魔法も高位のものばっかだし、回復魔法も得意。しかもアイツ、杖持った魔導師だからひ弱に見えるじゃん。近寄ったら最後、ナイフで貫かれるから恐ろしい。ああ見えて暗器使いだから油断すると一番危ない相手だ。  ……また誰かに説明しちゃってるよ。俺大丈夫かな。 (……てゆーか何か心配するだけ無駄な気がしてきた……)  二人は強い。絶対無事だ。  それを確かめる為にも早くウェンリスに向かおう。雨がやんでる今がチャンス。 「アサギ、起きれる?」  ツン、って頬をつついたら一瞬眉間に皺を寄せてハッ、なんて慌てて目を開けた。 「おはよ」  しょぼん、としてごめんなさいするみたいに頭下げるからその頭にゴツンと頭突き。 「気にしな~いの。つかホントなら雇い主に見張りなんて真似させないのに、ごめんね」  後ろ頭に俺のデコが乗ってるから身動きの取れないアサギが、そのままの体勢で俺の手を取る。 《でも見てるって言ったのに寝てしまいました》 「いいよ、俺もうたた寝しちゃったし。つーか俺のが大問題だって」  ケイにバレたらしばかれる。何もしてなくてもしばかれる気がするのは何でかな。よくわかんないけどそんな予感がヒシヒシするぞ?病気か? 「だからケイ達にはナイショね」  笑って離れたら、アサギもちょっと笑ってくれた。  お詫びに、って昨日の水溜まりにアサギが水を汲みに行ってる間に服を着て地図を広げる。走ってきた方角と大穴の位置、最初にここを発見した時の記憶を合わせて大体の場所はわかった。  まだかなり歩かないといけないけど、普通の地図に載ってない小さな集落がある。俺達はこれまた偶然辿り着いたんだけどさ。センティスの地図がどれ程正確かは知らないけど、アティベンティスでは結構多いんだよ。都市部とかそれなりに大きな集落以外抜けてたりする事。  だから知らない集落見つけたら宝物見つけたような気分になるんだよね~。あの村見つけた時も超テンション上がった記憶あるし。ただ仮面マンが偶然見つけてる可能性もあるから気を引き締めないと。  二日間程歩き続けて運良く通りかかった荷馬車に揺られて一週間。  当たり前だけど二人からの音沙汰はなくて、アサギもすごく気にしてる。だけど今の俺達には二人の無事を確認する術はないし、それは向こうも同じだろう。とにかく互いに無事だと信じて先に進むしかない。  荷馬車に揺られてる間やることもなくずっとくっついてたから色んな話をした。  センティスは科学を発展させたけど、その大元はやっぱり魔力らしい。魔力を凝縮させた石を核に、鉄で出来た乗り物なんかを動かす?とか。それを武器にも転用してるんだって。  銃は元々はセンティスの技術だったけど、交流のあった頃にこっちに流れてきてそのまま残ったもの。本来鉛の弾丸しか使えなかったのを、魔力を込めたらそれが弾になるってゆーようにアティベンティスの魔学者が応用させた。  だから魔弾を使えるのは魔力がある人間だけだったんだけど、似たような事を考えたセンティスはそれを核を使って誰でも使えるようにしてるらしい。ってことはあれですよ。俺なんか集中するの苦手で魔弾嫌いだけど、その核ってのがあったら何もしなくても魔弾になるんですよ。凄くない?めっちゃ羨ましい。  けど良いことばかりじゃないらしい。  そもそも魔力を凝縮させるなんて相当の集中力が必要らしくて、限られた人間しか出来なかった。  それが機械とやらを使って右指一本で簡単に作れるようになったんだけど、たまに失敗して凝縮途中で弾けて大爆発!とかあるみたい。やっぱ便利なばかりじゃないんだねー。  他には……ご主人様の事はやっぱり話してくれなかったから、いつも何してたのか、とかお兄ちゃんとはどんな話するの?とかも話した。  外に出れないアサギはひたすら本を読んでたんだって。よくよく聞くと何故か渡されるのが童話ばっかだったみたいだけど。雷神様もその童話に出てたようだ。  アサギにとってはその本と窓からの景色とお兄ちゃんの話が外の世界を知る全て。だからちょっとズレてる所があっても仕方ないかも。ちなみにお兄ちゃんも雷神様が来る日は一緒に布団に隠れてくれるそうだ。  俺絶対お兄ちゃんは雷神様信じてるアサギが可愛くて訂正してあげないんだと思うけど……違うのかな。もしやセンティスではホントに目玉くり抜かれるのか……!?真実は謎だ。  他にもとりとめのない話をしながら、何となく思い始めてた。  危なっかしい、ほっとけない。プラス俺が側でずっと守りたい。出来ればお兄ちゃん助けた後も側にいたいなー……、とか、家作って帰ったらアサギがいる、とか幸せそうだなー、とか多分無理な事を切実に思ってた。  その小さな村に辿り着いたのは、荷馬車の主と別れてもう二日程歩いてから。森の木々に囲まれた静かな村……なんだけど。何だか子供がわあわあ騒いでる。何だろう、何だか愉快そうな雰囲気じゃないな。 「どうしたヒトハ!!悔しかったら何か言ってみろ!」 「……」  怒鳴り声に反応したのかアサギがそっちへ視線を向けた。  体格のいい少年達が細っこい少年を囲んで見下ろしてる。  あー、典型的なガキ大将によるイジメみたいなヤツだなぁ。残念ながらネコ型の何かはいないけど。 「あの教会のヤツ等はみーんなヒトハなんだろ?ヒトハは出てけ!」 「化け物!!村から出てけよ!!」  細っこい少年は悔しげに唇を噛み締めて何も言わない。  そして周りでそれが聞こえてる筈の大人達も、まるで聞こえてないふりだ。 「出てけ!ヒトハは出てけ!!」  ついに一人が投げつけた石を叩き落とした。  てゆーかアサギが細っこい少年抱き締めて庇ってるし。  危ないなぁ、俺が間に合わなかったらどうするんだ。 「な、何だお前ら……」 「ただの通りすがりだよ。お前ら何やってんの」 「他所モンに関係ねぇだろ!!」 「そうだけどー、なーんかつまんねー事してるからさぁ」  アサギの腕の中の少年は多分……10歳くらいかなぁ?大事そうに分厚い本を抱えてて、その本は乱暴に扱われたのか汚れて少し破れてる。 「大体なぁ、ヒトハは伝説の種族だろー?そんな簡単にお目にかかれるかよ」 「だってそいつ魔力全然ないんだぜ!!」 「しかも孤児だしな!」  悲しいことにアティベンティスでは孤児に対して冷たい人間がいる。  孤児はヒトハだ、なんて言って虐げる奴らもいるくらい。全ての人がそうなわけじゃない。むしろ都市部ではヒトハ伝説と同じように若干違う目では見られるけど、進んで虐げる人間は殆どいない。  だけどこんな閉鎖的な田舎じゃあ今でも普通に孤児=ヒトハがまかり通る。  何故そうなったのか、っていう理由なんてないと思う。  ただ日頃の何かへの鬱憤を晴らしたいだけ。その対象にされたのが身寄りのない弱い者だった。  ヒトハは化け物。  化け物だから迫害しても罪じゃない。  例え殺してしまってもヒトハだから、じゃあしょうがないよね、で済む。 「生まれがなんだ?魔力がないからってなんだっつーんだよ?他人と違うのがそんなに罪か?だったらお前とそのお友達はみぃんな同じ魔力の持ち主なんだろうな?」 「お、同じわけねぇだろ!」 「自分と違うからヒトハっつーなら、お前もその子から見たらヒトハになるじゃねーか」 「俺はヒトハじゃねぇ!!」 「じゃあそれは誰が決めるんだ?お前らか?」 「それは……っ」 「大体なぁ、迫害してもいい人間なんかこの世にいねぇよ」 「綺麗事言ってんじゃねぇよ!!」 「綺麗事じゃないくて事実だよ。後さぁ、魔力ないからヒトハって根本から間違ってね?ヒトハは魔力が高いだろ。んなこともわかんないままイキがってんじゃねぇぞガキ共」  バツが悪そうなガキ大将達は放置、あの教会とか言ってたし……向こうに見える教会っぽい所に行くか。  教会兼孤児院の院長は、少年の語った出来事に悲しそうに微笑んでそれから礼を言った。  あの光景はやっぱりと言ってしまうのもどうかと思うけど、良くあることなのだそうだ。何とかしたい思いはあるけど全てを救えると思う程思い上がってない。  ただ、1つだけ出来ることがあるとするなら。 「もしこの子達連れて村を出る気があるなら、これ持ってステュクスに行ってください」  ステュクスにいる知り合いへの紹介状。ここにいるより悪いことにはならない筈だ。 「鳩便で傭兵の手配もできるんで」  アサギはより確実性を得るため使わなかったらしいけど、わざわざティルニソスまで来なくても伝書鳩で傭兵を手配する事も可能だ。  ただ難点は時折鳩が脱走したとか不慮の事故で死んでしまったとかで手紙が届かない事がある。あととにかく急いで傭兵を雇いたいって時も鳩便が届くスピードは早くても二週間。  向こうが直ぐ様出発しても、着く頃には傭兵要らなくなってたって事もある。  少し考える、と言った院長に進められ今日はここに泊まる事になりました。  他所の人間が珍しいのかワラワラ集まってくる子供達と戯れて一緒に御飯を食べて。  しばらく滞在してほしそうな院長に、申し訳ないけど明日すぐに出発する、って話をしたら少ない食糧から日保ちする物をわけてくれた。  翌朝、院長は引っ越すことに決めました、と鳩便を飛ばしに行って。俺達はその村を後にした。  ウェンリスより僅か手前にある集落。  ウェンリスまではもう目と鼻の先だけど流石に夜通し歩くわけにいかないからここで一泊。ところであの村以降何だかアサギの様子が変。  何か考え込んでるみたいな?話しかけても上の空。どうしたんだろう?  ってゆー疑問は、この日解消された。宿屋です。二人きりです。ベッドに腰かけたアサギが何か言いたそうにしてるから隣に座る。  同じベッドに座ってるなんてソラドッキドキ~。なんて未だ連絡つけらんない二人が聞けば罵倒必至の事考えながら、どした?って訊いてみた。  もしかしてご主人様の事話してくれる気になったのかも。 《この国でもヒトハは嫌われてるんですか?》  あ。違った。こないだの子が苛められてたの気にしてたのか。 「……アティベンティスの言い分は、元々自分達の世界だったここにセンティスを繋いだヒトハは悪だってゆーヤツだから……。確認の仕様もないのに勝手な言い分だけどね」 《ヒトハではない子を苛めてました》 「人間てさ、自分より下を作りたがるでしょ?自分はアイツより優れてるって思いたくて、弱い立場の人間に当たり散らすの。そうやって自分が価値のない人間かもしれない不安を解消してるんだよ」  ただ、ヒトハってゆーアティベンティスで一番分かりやすい悪の名前を弱い人間に擦り付けて黒い愉悦を満たしてるだけ。 《ソラはしませんでした》 「へ?……あー、別にヒトハだって人間だろ?ヒトハがみんな悪いヤツだったら仲良くなれんけど、そうじゃなかったら差別する理由なんてないよ」  なんて答えた途端。何やら一瞬泣きそうな顔になったアサギが立ち上がって……。 「…………」  いきなり目の前で服を脱いだ。  いや上だけですけど!上だけでも破壊力凄いですけど!!  華奢な肩に細い腰、しかも白くてきめ細かい。目が一瞬ズームになりました。触り心地良さそうな肌に釘付けになった!  これは誘われてるんですか!?試されてるんですか!?ピンクの乳に吸い付けって事ですかー!?  動揺して片手で目を覆った俺なんてお構い無しでアサギはあいた手を取る。  何々!?何なのこれ何の罠!?手を出したらケイとセンが降ってくるとかそういう罠!?てゆーか柄にもなく心臓が破裂しそうなんですけど!  でも俺の動揺なんかお構いなしにアサギは俺の手を、多分腰骨の辺りに押し当てた。 (あれ……?)  何かそこだけ手触りが違う。サラサラのお肌に……、何とも形容しがたい違和感。  ソッと目を開けたらアサギの綺麗な背中がまず目に入った。  それから視線を落とした手の平のその下に何か黒いものが見えてる。アサギが手を離すからつられたように離れた俺の手の平の下。  綺麗に葉っぱの形をしたそれは子供の頃読んだ絵本に描かれていたそのまんまの、一葉の模様。  ――ヒトハの、模様。 「お前……!ヒトハ、なのか……!?」  そんなバカな。ヒトハは伝説上の人種。実在してるのなんて誰も見たことない筈だ。  なのにアサギは頷いた。ヒトハだと、認めた。 「とりあえず服着て?目のやり場に困るよ」  今にもその慎ましやかな乳に吸い付きそうなんです、俺。 《服を着なくてはダメですか?》  何て思ってたら縋るように見上げて爆弾投下。 《あなたを感じたいんです》  さらなる追撃。  いやいやいやいや、ヤバイヤバイ!これはヤバイ!!理性頑張れお願い頑張って頼む逃げるな理性ィィィィ!! 「待って待って!!お願い待って!!何でそうなったの!?」 《僕ではそんな気になりませんか?》 「なりますとも!」  今すぐ理性にさよならしてやりたいくらいですよ!  このままライドオンしたいとゆーかしてもらうのも楽しいよねってゆーか、イヤ、だからダメだって!しっかり、俺の理性!! 「お願い、ホントにそんな気になっちゃうから!せめて何でそうなったのか教えて!」  それでも服を着てくれないアサギを布団でくるくる巻きにして抱き締める。  抱き締めるというよりは布団はがないように縛り付けた、の方が正しいかも。 《……ヒトハが人間だと言ってくれたのはソラだけです》  それは俺達アティベンティス側が知らないセンティスの現状。  アティベンティスで伝説上の種族であるヒトハはセンティスには当たり前のようにいる。と、いうより過去アティベンティスにもヒトハがいたが、みんなセンティスに移住してしまったのだ。  理由はわからない。自分の先祖の事をアサギはよく知らないと言った。  そんなことより、その日の御飯の方が大事だったからだ。  センティスのヒトハは家畜以下。いつそうなったのかもわからない。アサギが生まれた頃には殆んどのヒトハは奴隷にされてて、残った一部は枯れた大地に追いやられていた。  奴隷にされたヒトハは魔力を要求された。ヒトハは魔力の塊とでも言うべき存在、って伝わってたけどもうそんなに力の強い者はいないようだ。  原因は異種間交配だと思う。ヒトハの女からは相手が何であれヒトハが生まれる。だけどそれで生まれたヒトハは半分異種族。そうやってヒトハの模様だけを残し段々と魔力は薄まっていった。  それでも普通よりは魔力が高く、彼らは一様に魔力の搾取をされている。センティスの大元を支える核は大勢のヒトハから搾取した魔力が使われてるんだ。  そうやって中味がスッカスカになるくらい魔力を吸いとられ、彼らは便利な核を産み出すために死んでいく。  そして死んでいくのに合わせて、その循環確保の為に女達は望まぬ子を宿らされ生まされる。その子供達もまた同じ道を辿るんだ。それでも彼らはまだ食糧面だけでは外のヒトハよりマシだった。魔力を引き出すのに鞭打たれたり無理な労働を繰り返されようとも、少なく粗末な食とは言え食事に与れるからだ。  一方外のヒトハは自由があるものの食は乏しかった。一生懸命枯れた大地を耕して種を蒔いて、だけどたった一度の嵐で作物は枯れる。  だから外のヒトハの女や少年達は身を売るしかなかった。男達も稼ぎに出るけど、やっぱりまともな職にはつけず賃金も通常の半分以下。とてもじゃないがそれでは生活ができない。  だが身売りをしてもヒトハだとバレたら散々嬲った挙げ句金を払わない人も多いし、くれても一杯の飯代にすらならなくていつもみんな飢えていた。  囲われた者も外の者も、例外なく迫害され時に理不尽に痛ぶられ殺され、安らげる日はない。  アサギはそんな状況のセンティスに生まれたヒトハ。  アサギ達の両親はアサギが2歳の頃流行り病で死んでしまった。その時たったの7歳だったお兄ちゃんは懸命にヒトハだという事実を隠しながら働いて薬代を稼ごうとしたけど、間に合わなかった。  それからはアサギと二人懸命に生き延びて……。  その日がやってきた。今のご主人様とやらがアサギ達兄弟を捕まえて、囲った日。アサギは5歳だった。何で捕まったのか、相手は誰なのかは結局教えてくれなかったけど。  アサギ達兄弟は他のヒトハに比べればかなりの厚待遇をされている。  食事も普通に出る、着るものも上質、その上金細工で琥珀の填まったブローチなんて贈り物まで。  でも代わりに彼らが要求されたのは不自由と体。鎖に繋がれ一切の自由もなく、見知らぬ男に暴かれ嬲られる。そして彼らもまた例外なく魔力を搾取されていた。  お兄ちゃんが時々“連れ出される”って言ったのもその関係じゃないかと思う。  アサギの魔力は声に宿るんだって。だから声が出ないのは生まれつきじゃなく封じられてるかららしい。  大勢の奴隷達は建物に封じがかかっているから必要ないが、個人でヒトハを手元に置く人間は魔力封じを使う。万一歯向かわれたら危ないからだ。  そうやって抵抗する術も奪われ、力で屈服させられ、世界中どこにも居場所はないのだと言われ続けた。 《今まで僕はヒトハだから、と諦めてました》  この世界にヒトハが安らげる場所なんかない。 《あの村でヒトハだと苛められてる子を見たとき、ここにも僕達の味方はいないんだ、って絶望しました》  アサギはセンティスから逃げたら安寧があるのだと信じてた。だからあの瞬間の絶望感は凄まじかっただろう。  でも微笑んで続ける。 《僕達もみんなと変わらない人間だと言ってくれる人がいるなんて、思ってませんでした》  きっと探せばどこかにはいたのかもしれない。  でも大勢に逆らえば危ういのは自分。ならば例えそんな人がいても表だっての動きはなかったんだろう。 《最初に助けてくれたのがソラで良かったです》  愛しそうに俺の手に頬擦りするアサギを今度はホントの意味で抱き締めた。 「俺も出会えて良かった。だけど、やっぱり服着て?」 《汚れた体では嫌ですか?》  悲しそうに目を伏せる。  アサギは汚れてなんかいないのに。 「違うよ、そうじゃない。つーか今どんだけ我慢してると思ってんの」  むしろ褒めてよ。  だけど勢いのままで体を繋げてアサギが傷付くのは嫌だ。 《我慢しないでください。僕はソラが好きです。今ソラを感じたいんです》  もう自分で止められません、って綴ったアサギに唇を重ねられてなけなしの理性がどっか行きかけたけど、何とか持ちこたえる。 「アサギ、ダメだよ」  何で、と言いたげに不安そうに揺れる綺麗な琥珀の瞳。  本当は全部忘れてこの肌を余すことなく堪能して、快楽に歪む顔とか見たいんだけど。でも、ダメだ。 「俺はアサギが大好きだよ。アサギと家族になりたい、って思うくらい好き」  する、と指を絡めるとアサギは俺を見つめる。瞳はまだ不安そうに揺れてる。 「だけどね、アサギは本当に俺が好き?」  ずっとずっと虐げられてきたアサギ。自由を奪われて、思想を奪われて、体を奪われて。だからそれとは反対の人間にただ驚いて、俺しかいないって錯覚してるだけじゃない?  アサギはしばし考えて、でもやっぱり悲しそうに目を伏せる。 《僕の言葉では信じてもらえませんか?》 「信じたいよ。本当に両思いだったら嬉しくてお祝い飯作っちゃうくらい!というか逆に信じて!俺はそれくらいアサギが大事で大好きなの」  ハッキリ言って一目惚れに近いくらいです。  でもね、大好きだからこそ大事にしたいんだよ。 「だから今ヒトハを苛めない珍しい人だなー、ってビックリしてるのを恋だって思って俺に抱かれてから、え、やっぱり違う、好きじゃない……ってなったら俺泣いちゃう」  絡めた指を離して胸に抱き込んだ体は暖かい。 「アサギがお兄ちゃん助けて、自由になって、色んな物見て、知って、それでも俺が好きだって言うなら……その時は覚悟してね?」  アサギはしばらく考えた後、こくりと頷いた。

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