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第7話 山岳都市ウェンリス

 山岳都市ウェンリス手前。  俺達は逆方向、つまり来た方向に向かって走っていた。ホントにあと一歩だったんだ。なのに仮面マンに見つかった。 「くそ……っ」  ケイ達はどうした。まさか。そんなはずないけど、まさか……。  振り返って人数を確かめ、とてもじゃないけど戦える数じゃないのを再確認。  どうすればいい。どうすれば。せめてアサギだけでも守らなければ。でもどうやって。  堂々巡りの考えにイライラしつつとにかく隠れられそうな場所を、と地図を思い浮かべようとした時。  隣のアサギが視界から消えた。 「は!?」  何!?どういう事!?って思った瞬間、俺の足元から地面が遠ざかっていく。  暫しボーゼン。それから1つの可能性に思い当たって上を見上げる。そこにいたのは巨大な鷲。鳥形態になった鳥人だ。 「カッツ!!」 「久しいの、坊」  鷲頭の向こうからアサギが心配そうに見下ろしてるらしいけど、鷲が獲物運ぶ図そのままにぶら下げられた俺には見えない。遥か下の豆粒みたいな仮面マンが必死に走ってるくさいけど猛禽のスピードには当然ながらついてこれないようで、みるみる距離は離れていく。 「全く、ケイ等も追われておったが坊まで追われるマヌケとは思わなんだ。主らの師匠が泣くぞ」 「しょうがねーじゃん。追っかけてくんだもん……ってケイ達に会ったのか!?」 「会ったも何も今うちにおるわい。ジャハルが連れて来ての。坊と上で儂の毛をモフモフしとるボウヤを捜すの手伝えと喧しい喧しい」  そうか、無事だったのか!信じてたけどやっぱ確信があるとないとでは心持ちが違う。  ◇  追い詰められた二人は覚悟を決めていた。  ソラがいればアサギは大丈夫だ。きっとここで自分達が倒れたとしても、師匠を連れて必ずアサギを守り抜いてその依頼を達成する。 「アティベンティス2位の魔導師を本気にさせたらどうなるか、思い知らせてあげるよ」 「2位は盛りすぎじゃね?」 「もお、ケイ煩い!!」  その瞬間、気配を察したケイは背後へと愛刀イブを振りかぶった。 「待て!」  刀を握る腕を蹴りつけられ崩れかけた体勢を戻しながら再度振るその耳に届いた怒声に、ケイは勢いのついた体を何とか押し止める。 「……は、……ジャハル……?」  振り向いて、さらに視線を上げなければ目も合わせられない巨躯。黄と黒の入り交じる短く刈られた頭髪に鋭い金の瞳。猫科獣人ジャハルは昔馴染みである。 「乗れ、追われているのダロ?」 「何で……」  何故それを、と二人の混乱した頭はなかなか言葉を紡げない。  チラ、と追手の距離を測ったジャハルは何も言わず、3メートルはあろうかという大型の虎へと変化した。 「話は後ダ。ここを離れるゾ」  二人乗っても支障はない。二人は降ってわいた幸運に感謝しつつそのシマシマの背中に飛び乗った。  いくら敵が走ろうとも獣人の速度には追い付けない。例え二人背中に乗せていようともジャハルの速度は落ちず、あれ程間近まで迫っていた敵の気配が消え失せる。それでも雨の中しばらく走り続けて、やがてその歩みが止まったのは森の木々や蔦で念入りに隠された小さな山小屋の前だった。  ジャハルと仲間達の緊急時の隠れ家の1つである。 「ここまで来れば安心ダロ」  長居は出来ないけれど、それでも濡れて冷えきった体を暖める暇はあるはずだ。追手にこの地の土地勘はなく、先程までは遠くとも二人の姿が見えていたから執拗に追いかけてきていたのだろう。見失えば相手も一度立て直す為に退くはず。  全ては希望の入った予想ではあるけれど。  人型に戻ったジャハルが湯を沸かすとその場を去る姿に、人間よりも気配に敏い獣人が風呂に入ろうとするのならば多少なりとも落ち着ける暇はあるのだろう。ケイは流石に詰めていた息をホッ、と吐き出しながら同じように床に座り込んでいる小柄な相手を見る。 「大丈夫か?」 「ん、何とかね。ごめん、足手まといだった」  センの上がりきっていた息はジャハルの背に揺られる内に整っていたが、それでも先に根をあげたのは自分の方だと眉尻を下げてしまった。 「ケイだけだったら撒けたよね」 「バカ言うな。俺だけだったらとっくに諦めてたわ」  守る相手がいるから必死に走ったのだ。アサギを守るのは雇い主だから。でもセンを守るのは大切だからだ。そのセンを無駄に命の危機にさらすわけにはいかない。例え普段から命懸けの仕事であったとしても、だ。 「凹んでる暇があったらもっと鍛練しとけ」  くしゃくしゃと撫で回された艶やかな漆黒の髪を「もう!」と口ばかりは怒りながら整えて、 「ありがと」  と頬にキスをした。これはソラ達が洞窟で過ごしている頃の事である。 「それにしてもすごいタイミングで来たね。助かったよ、ジャハル」  雨に濡れた体を熱いお湯で温め、少し湿った毛布にくるまりながら熱い紅茶を一口。ほ、と吐息を溢れるのは仕方がない。本当にもうダメだと思ったのだから。 「アルマーが鳩便を寄越したんダ」 「アルマーが?」  体は温もったのか毛布もかけず、下着姿のケイが片眉をあげた。  流石にこんな時に酒を飲むつもりはないらしく、センと同じ紅茶を一息に飲み干しジャハルへと視線を投げた。 「お前達が店に来たが敵に追われているらしい、ウェンリスへ向かっているから迎えに行って欲しい、とナ」  随分と可愛い雇い主を連れているらしいな、と笑う。 「アルマーが店の娼婦達からあの子は無事に目的地まで着いたのか連日訊かれて困っているそうダ」  あの熱烈歓迎ぶりと今生の別れのような去り際を思い出し苦笑いしながらも 「また助けられたな」  と息を吐く。いつもいつも情報を流してくれてお陰で助かったことは数知れず。しかし今回もまた彼女に助けられたとあれば今度こそ誰かの相手を、と迫られそうだ。もちろんアルマーもしてくれたら良いな、程度で本気で迫ってくる事はないだろうがその内きちんとした礼をしなければならないだろう。 「でも……“連れているらしい”って事はアッ君はまだ保護されてないんだね……」 「アッ君……雇い主か?俺がアジトにいる間には見つかっていない。ソラがいないのならあいつと一緒にいるんダロ?」 「ソラもバカじゃない。アサギの体力を考えれば今は身を潜めてるはずだ」  普段バカバカと罵っているけれど、本当にバカなわけではないことを二人は知っている。二手に別れ戦力も分散してしまった以上無駄な戦闘は避け隠れているはず。アサギに戦う知識はなく、走る速度も早くはない。ケイとセンのように走り続けるのは難しいのだから。  ケイは地図を取り出し広げる。 「あの小屋がここ」  トン、と湿地の中の一点を指しそこから逃げた時の方向を指す。 「おれ達とは反対に逃げたから……あの洞窟かもね」  くしゃみで転がり落ちたソラが見つけた見つかりにくい場所にある洞窟。  センティスから来たはずの仮面の男達がこちらの地理をどこまで把握しているのかはわからない。早い段階で湿地の小屋に辿り着いた事を考えると多少の知識があるのか、それともアサギが隠している何かの中に答えがあったのか。 「ジャハル、先にアジトに戻ってこの辺りを捜してくれないか」  洞窟と近場の村を指した。  携帯食料はあるしこの雨だ。水はなんとか確保出来ているだろう。自分達傭兵だけならあえて危険を犯して人前に出るより村を避けて逃げることを選ぶ。しかし連れているのは旅慣れていないアサギだ。恐らくソラは村に寄るはず。  果たしてそれは当たり、ジャハルの仲間であるカッツは追われているソラ達を見つけ保護したのであった。

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