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第8話 合流

 カッツとジャハル、そしてアジトの仮の姿であるバーの経営者ヒエノともう一人、紅一点のハピカは以前大きな仕事で組んだ事がある。  カッツは鷲の鳥人、ジャハルは虎獣人、ヒエノは牛獣人、今日は買い出しで出掛けてるらしいハピカはヒト種だ。  カッツ達と組んだときはまだ師匠達と一緒に仕事してる頃だったから、こいつらも師匠達を知ってる。ちょっと見た目怖いけど信用のおける気のいい奴らなんだ。  カッツは山岳中腹にあるアジトに俺達を降ろし仮面マン達がどこにいるか確認する、とそのまま飛び立った。  この時間店はしてないから表は開いてないし、勝手知ったるなんとやらで隠し扉から地下に降りさらに中の扉を開けてまず真っ先に飛んできたのはナイフ。咄嗟にドアを閉めてやり過ごし再び開けた。 「あっぶね!センか!?センだな!?アサギに当たったらどうすんだ!」 「その時はソラしばきまわすだけだよぉ~」 「治癒すりゃ傷も残んねぇしな」  部屋の中央にいたのはかなり久々な気がする二人。アサギが駆け寄ってセンがおいでって広げた腕に飛び込んだ。 《ソラが二人は大丈夫だよって言ったから無事って信じてたけど、無事で良かったです》 「アッ君こそ無事で良かったよ。変態に何もされなかった?」  ギクリとしたけど俺は無言を貫く。いや、俺は我慢しましたよ!?あの後アサギを寝かしつけてちょっと抜きましたけども!でも本人に手は出してませんよ!? 《僕はソラが好きです。でもまだ信じてもらえないから頑張ります》 「……そっか」  ヨシヨシと頭を撫でられてるアサギは顔を上げない限り困惑というか何とも言えない顔をしたセンは見えないと思います。ついでに隣のケイは声無く首を傾げてるし。  あ、これ俺を好きだなんて悪いもん食った?って態度だな!? 「まぁ、アッ君も疲れてるだろうしちょっとその話は後にしようか」  うん、と一人頷き気持ちを切り替えたらしいセンがテーブルに座り直す。釣られたように俺達が座るのを待ったケイが心底嫌そうに言った。 「あの人達はすでにステュクスに行ったらしい」  一瞬の間。  んん?師匠達がどこに行ったって??ステュクス?? 「はぁぁ!?師匠達がステュクスに行った~!?」  遅れて我に変える。  だってステュクスってアサギのスタート地点じゃねぇか! 「何で!?もしかしてあの人達俺達から逃げてんの!?」  タイミングが良すぎる。 「何だかやる事があるとか言ってたわよぉ~?」  奥のドアが開く音と共に野太い声が飛び込んできた。 「ヒエノ!」  牛獣人の名に相応しい筋骨逞しい青年ヒエノ。でもその心は乙女。 「あらぁ?もしかしてこの子がアサギちゃん!?ちょっとお顔見せてぇ~?」  がっしり掴まれたアサギが固まったのが傍目に見てもよくわかる。 「怯えてるからやめてやって!」 「顔見るくらいいいじゃない!ソラちゃんのケチ!!昔は可愛かったのに本当に可愛げなくなっちゃったわ!」  ヒエノの手が離れるなり俺の左腕にしがみついてしまったアサギが何だか複雑そうな顔で見上げてきた。 「ん?」 《ソラの初めての人って……》  ちょっと何恐ろしい誤解しちゃってんのこの子ォォォ!?  そうだよね、あの宿屋でのやり取りの後に初めての人は誰か訊かれて近所のお姉さんって答えたね、俺!てゆーか近所のお姉さん、でどうしてゴツイカマに結びつくのかわかんないなぁお兄さんは!!しかも近所ですらない!あれかな、昔は~、が昔を知ってるからご近所さん、ってなったのかもな。でもね……。 「天地がひっくり返ってもありえねぇ!!てゆーかあれ女ですらないでしょ!」 《でも女の人の喋り方です》 「いや、そうだけど!そうだけどね!?あんなゴッツイ女いてたまるか!!」  そうだよね、きっと周りにこんな人いなかったんだろうね。しかもお兄ちゃんだってこんな人もいるんだよ、なんて教えてあげてないだろうしね。 「アタシの心はいつだって乙女よ!純真な子にはわかるのねぇ~」  激しく間違ってると思うよ!!  まぁアサギは純真ですが!箱入り、というより籠の鳥だから世間ずれしてんだってのー!そこも可愛いけどね! 「てゆーか話進めてもいいか」  わぉ、魔王が怒ってらっしゃる。 「あん、ケイちゃん怒っちゃだぁめ!折角のイケメンが台無しよ!」  つん、なんて魔王の頬をつつく怖いもの知らずにケイが光輝く笑顔で言った。 「バラしてサーロインステーキにされたいか?」 「おれカルビ食べたい」  食う気か! 「やん、もぉ鬼畜~!わかったわよ、邪魔しないわ。でもお茶くらい出させてちょうだい」 「あ、アサギは何か甘いのあげて~」  甘いの、って聞いて左側から花吹雪が飛んだ。    アサギはケイ達の無事を確認したのと、ヒエノに貰ったホットミルクを飲んで安心したので相変わらず俺の左側に座って腕に凭れたまま眠ってしまった。  まぁここに来るまで結構無理させたし、最後走ったし疲れてるよね。 「何か本当に懐かれたね」 「刷り込みか?」 「久々なのに失礼すぎない?」  刷り込みに近いものもあるけどさ。  だって仮に最初に出会ったのが俺じゃない他の誰かで、その誰かが俺と同じ考えの持ち主だったらアサギは好きになっちゃったんじゃないかなぁ……、と思う。  でも出会ったのは俺で、俺はアサギが好きだから……刷り込みから始まったとしてもちゃんと好きになってもらえるように頑張る。 「でもやっぱ“ご主人様”については話してくんなかったよ」 「そんなに危険な相手だってのか?」 「でもアッ君がここまで頑なに話すのを嫌がるくらいだし、おれ達もちょっと警戒しといた方が良くない?」 「追手も何だか執念深いしねぇ」 「……せめて向こうの情勢がわかりゃ仮定も立てられるんだがな」  アサギの話からわかったのはヒトハの現状とセンティスの発展具合。それ以外の情報はない。意図して避けたのかホントにわからないのかは微妙だ。何せ外の状況はお兄ちゃんから聞くくらいらしいし。 「ヒトハを個人的に手元に置くのが多いのかどうか……、多くなければ話は早い。アサギの服装を見る限り相手は金持ちだ」 「金持ちですらヒトハを個人的に手元に置けないんだったら、そのヒトハを飼ってるって言い張る馬鹿はその金持ち以上の金持ちだって事か?」 「ついでに権力も相当あったり?でも逆に割りと当たり前の事だったとしたら一気に幅が広がっちゃうよね」 「貴族全部怪しくなるな」 「とりあえずさぁ~、こういう話は師匠達としない?俺達じゃやっぱまだこんくらいが限度だろ」  仮定にすら届かない論議を繰り返してても仕方ない。とにかく今度こそ逃がさないようにステュクスに鳩便送っとこう。  翌朝戻ってきたカッツから仮面マンがこの辺りを警戒してるっぽいという話を聞いて、カッツ達に同行を頼んだ。  仮面マンはセンティス人だ。恐らく獣人の区別はつかないからカッツやジャハルを見分けられるわけないと思うし、何より見つかって戦闘になった時やっぱり戦力が多い方がありがたい。報酬の取り分は減っちゃうけどねぇ……。その辺は我慢だ。  ヒエノが荷馬車の御者台に座ってカッツは上空から警戒する。  鷲の鳥人であるカッツは鳥形態時はヒト種の8倍は視力がいい。仮面マンに見つからないよう遥か後方からの見張りだ。ジャハルとハピカは荷馬車のお供みたいな雰囲気で荷台に座って揺られてる。  そして俺達は荷台の箱の中に二人一組で収まっていた。結構ギュウギュウだ。でもアサギがピッタリくっついてるから幸せ~。 「苦しくない?」 《ちょっと苦しいけどソラが近くて安心します》  あぁぁぁぁ可愛いよぉぉぉ!!抱き締めちゃえ!ギュッてした瞬間ガンッ!と激しい音がして箱が揺れた。 「セクハラしてんじゃねぇぞソラ」  ひぃ!隣のセン様が透視してくる!向こうも箱の中だから見えるはずないのに!! 「ラブラブなんですね~、ソラ様と雇い主様は」  ハピカがからかうように笑う。 「あまり騒ぐナ。隠れてる意味がナイ」  ジャハルは呆れたように溜め息をついて、ヒエノは 「あらぁ、少しくらいいいじゃない。愛の語らいは大事よぉ?」  なんて、野太い声で言う。  なんつーか長閑だなー。箱の中にいるんじゃなきゃ追われてる事を忘れそうだ。 「てゆーか退屈だよぉ。景色も見えないし!何か面白い話ないのー?」  箱ごしでくぐもったセンの声がそう言った後暫し沈黙。  やがてポンと手を打った音がしてハピカの声が続いた。 「最近天文学者が空が歪んでるって言うんですよ」 「歪んでる??」 「ええ、何だか良くわからないんですけど」 「だが学術根拠のない勘違いだと大部分の学者は否定してたゾ」 「まぁねぇ、アティベンティスの測量技術じゃ正確さに欠くわよねぇ……」  って言われても正直俺には難しい事はわかんないしな。 《空の異変は地上の異変の兆しとも言います。注意しておいた方がいいかも知れません》 「へぇ、そうなんだ……??」  それは知らなかった。お兄ちゃん情報なのかな。それならお兄ちゃんは随分博識だ。あ、もしかして“自分より優秀”ってそういう意味かな?  なんて長閑な会話をしながら今までの逃避行が嘘みたいに荷馬車は仮面マンの包囲を抜け出した。  最北の古代都市ステュクス。古代、って聞くと遺跡っぽいんだけど普通に人は住んでる。他の都市よりかは人口少ないんだけどね~。都市自体は遺跡ではないけど、センティスと繋がってるのはここだけだから創世時代に深く関わりがあるのかも、って事で古代都市なんて呼び名になった。  包囲を抜け出してすでに箱からは解放されてる。幌ごしに見える景色は少し寒々しいけど懐かしい。 「……そういえばステュクスはソラ様の故郷じゃなかったですか?」  ハピカの声がして何となく腕に抱き締めたままのアサギがピクリと反応する。 「あー、……うん。まあ」 「家には帰られないです?」 「帰らなくていいよ」  反対を押しきって飛び出したし。帰ったらオヤジが煩そう。  ガタゴトと揺られながらステュクスの門に差し掛かった時それは起きた。カッツの発する警戒音とほぼ同時にアサギがさっきよりも激しく何かに反応した。  何?って問う間もなく荷馬車が大きく揺れる。 「駄目ダ!囲まれタ!!」  ジャハルの声と共に轟音がしてヒエノの悲鳴が響く。 「荷台から降りて伏せろ!!」  ケイが叫ぶのを聞きながら俺はアサギを抱えて荷台から飛び降りた。  荷台から降りたそこはもう敵のど真ん中。腕の中でアサギがガタガタと激しく震えてるのは目の前の兵が仮面じゃないからか。それともその兵達と違う服装の青年に怯えているのか。――多分後者。  何となく直感でこの仕立てのいい白い服を着た青年が“ご主人様”だって思う。シルバーブロンドに黒曜の瞳。一見柔らかそうな表情を浮かべているのにまとう気配は怜悧。  案の定彼はアサギに微笑みかけた。 「やあ、久しぶりだね。外は楽しかったかな?」  小刻みに震えたままのアサギが何か言いたげに唇を動かしてるのを見て、青年は「ああ」と合点がいったように声を洩らすと何かを取り出す。  何だ??オモチャの……鳥?  てゆーかアサギが強ばってる。どうしたんだろう。 「お前の為に新たに作らせた物だ。気に入ってくれるかい?」  言葉は優しい。  でもアサギは羽ばたいてくるオモチャの鳥にぎこちなく伸ばした手は可哀想なくらい震えてる。俺達は周りの兵に武器を向けられて動くに動けない。 「お前の声帯に反応するようにした。代わりに喋ってくれるから試してごらん」  わぉ、便利。流石は科学のセンティス。こんな状況だけどちょっと感心。だけどアサギはその鳥を抱き締めて崩れ落ちた。 「アサギ……!?」  瞬間、攻撃されるかもなんて思いもぶっ飛んで思わずしゃがんでその肩を抱く。 『何故ですか……』  ちょっと高い機械的な声はアサギの腕の中から。  うわ、ホントに鳥が喋ってる。  その鳥を抱き締めてる腕にポロポロ落ちたのはアサギの涙。 「お前の“友達”なんだろう?お前が寂しくないように変えてあげたんだよ。殆ど変わりはない筈だ。気に入ってくれたかな」  青年はとっても穏やかじゃない内容をどこまでも優しく語りかける。そうだ、アサギは窓辺に来る鳥が友達、って……言ってた。 「作り変えたって……殺したってのか!!」  周りの兵なんて忘れ去って食ってかかる。 「殺した?おかしな事を言うね。その子は永遠の命を手に入れたじゃないか」 『……っ、あんまりです……ッ!!何故こんな……っ!!』 「その子だけではダメなのかい?なら……」  青年の視線が俺達に移ったのに気付いたアサギがハッとして言った。 『彼らはこの国の傭兵です。僕が雇いました。それ以外の関係なんかありません』 「雇った?あぁ、そう言えば俺のあげたブローチがないね。それを使ったのかい?」 『それしか僕にはありませんでした』 「入れ知恵はお前の兄かな?」  またアサギの肩が強ばる。  チラリとケイを見るけど、割りと自由なのは俺だけで後はみんな背後にぴったり兵士がくっついてて身動きは取れないようだ。  くそ、内側からじゃ煙幕で逃げるのも難しいか……?つーかヒエノの姿もない。さっきの轟音で死んでなきゃいいけどな。カッツは上空を旋回してるけど何もして来ないってことはそれだけ隙がないって事か? 「まあいい。それより……」  青年は黒曜の瞳を細めて笑う。それは優しく見えて酷く冷たい笑顔。 「外は満喫出来ただろう?帰ってきなさい」 『彼らに手を出さないって約束してください』 「何故だい?関係ないのなら死ぬのも関係ないはずだよ?」  この男は本当にどこまでも穏やか。  だけど瞳が全てを裏切って底知れない光を宿してる。アサギは小鳥を抱き締めて震えながら、それでも俺達を庇おうと言葉を紡いだ。 『カツキ、僕は貴方の物だ。貴方の他に大切な物などありません』  カツキが相手の名前か?  青年……カツキは当たり前の事を聞いている顔。殴ってもいいですか。 『だからこそアティベンティスで余計な争いを起こして欲しくありません。他国で犯罪歴などついては貴方の父上に申し開き出来ません。彼らは何も知らない。このまま解放してください』  カツキは少しの間の後喉の奥で低く笑い出した。 「それは知らないから見逃せ、と言うことかな?……確かに彼らは本当に何も知らないようだ」  隙あらばアサギを連れて逃げようとしてる俺達を嘲笑う。 「だがお前は勘違いをしているようだね、俺の可愛いヒトハ。我がセンティス王家はそう甘くはないよ」 「な、に……?」  王家?センティス王家って言った?  つまりアサギは王様万歳!なセンティスの王家に囲われたヒトハって事か!?そりゃ着てるものも上質だよね! 「さあ、こっちへおいで。お前の兄も随分と帰りを待っていたよ」 『!兄上……っ、兄上に何か……っ!!』 「知りたければおいで、可愛いヒトハ」  アサギはスッ、と差し出された手を凝視してほんの一瞬俺の手に触れた。  冷えて酷く震えてるその手を、ホントは掴みたい。だけど今の言い方はお兄ちゃんの命はお前次第、だ。お兄ちゃん大好きなアサギに抗える筈もない。  一歩一歩重たい足取りでカツキの元へ向かったアサギの最後の一歩は、カツキに抱き寄せられて乱れた。  そのまま唇が重なる。そんなもん見たくないのに。  アサギは小鳥を抱き締めてたから抱き締めてくるカツキを抱き返さなかった。それがせめてもの救い。 「帰ろう、俺のヒトハ」  俺達の目の前で細首に鈍く輝く首輪にカシャン、と鎖が掛けられる。  あぁ、ホントにそんな扱いなんだね。ヒトハは家畜以下。カツキがどういうつもりかはわかんないけど、人権なんか無視なんだ。マジでイラつく。 「残りは殺せ。上の鳥もな」 『やめてくださいカツキ!!』  そんな声を残してアサギが引き摺られていく。  目があった。泣きそうな顔をしてる。  泣かないで、大丈夫だから。って言いたいけどなぁ。本音は結構なピンチだ。カツキとアサギが去った後一斉に光始めたのは兵士の持つ銃。光ったてことはヒトハの命で作られた核を持つ魔弾。 「伏せろガキ共!!」  声に反応して伏せた瞬間響いた魔弾による轟音と煙幕は俺達を離脱させるには充分な威力だった。

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