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プロローグ「十七歳のハク」

「ジン、この子が男巫?」  甲板にヘリコプターで降り立った豪華客船のオーナーは、細い身体の少年を横抱きにしていた。今年十七歳になった少年は眠っており、手がダランと下がっている。さらさらとした髪は黒く、身体には痛々しい痣や傷があった。 「あぁ、ハクだ。昨日、リュウの本殿から連れ出した」 「当主であるリュウは必死に探すでしょうね」 「だが、ハクがこのシャングリラ号にいる限り、手出しはできない。チェック体制は万全だ。教団関係者は船に近づけないさ」  ジンはハクを保護するためだけに、この豪華客船を買い取りオーナーになった。幼馴染だった私を総支配人に任命し、この子を守る大役を与えた。  豪華客船を買い取るというアイデアを最初に聞いた半年前「事業として赤字になるのでは?」と進言した私にジンは言った。 「イツキ、ハクは自分の力で、自ら大金を生み出すことができる」 「リュウに無理やり引きだされた力を利用するのですか?」 「無理やりだろうとなんだろうと、ハクはリュウのせいで、もう神の力を身につけている。だったらそれを使って生きていくしかないだろ?」  この子のために用意してあった客室デラックススイートに、ジン自らが連れていき、ベッドに寝かせた。 「イツキ、今夜は一晩、ハクに付いていてくれ」  そう言ってジンは部屋を出ていった。それからまもなくヘリコプターが飛び立つ音が窓ガラス越しに聴こえてきた。  ハクは何らかの薬を飲まされ、眠っているだろう。スースーと寝息は安定していた。ベッド横の椅子に座った私は、ハクに向かって「むかしむかし」と昔話でもするように話を始める。 「私が生まれ育ったのは海から遠い、山間部の小さな村です。これといった特徴もない村で、唯一のシンボルは真っすぐと天に伸びる大きな一本の樹のみでした。村には土着信仰が根付いていて、大きな樹の横に建つ家に全ての神事を任せていました」  ハクの首元が寒そうに見え、真っ白い掛け布団を引き上げてやる。 「その家には代々「ひびきさま」という神様の声で歌う巫女がいました。私が子どもの頃は五十代くらいのおばさんがその役割を担っていました。「ひびきさま」はその家族の中で受け継がれていくものなのです。とはいえ私には、おばさんの声が神様の声に聴こえるなんて神秘は、なかったですけどね」  やはり少し暑かっただろうか?不安になり空調を一度下げた。 「私が十歳のとき村に、ある一家が引っ越してきました。狭い村の中で生きていた私には大事件です。だって突然、三人も友達ができたんですよ。四つ年上のユイコ、二つ年上のリュウ、同い年のジンの三兄弟です。私は特にジンのことが大好きになり、ずっと一緒にいたいと、その頃から思っていました」  ハクが「んー」と小さく声を出す。なにか夢を見ているのだろうか? 「彼らの父親は力のある人で、何もなかった村に大きな本殿と呼ばれるお社を建てました。そしてひびきさまの一家をそこに住まわせたのです。私は子どもでしたから、村で起きている出来事を理解できていませんでした。ただ立派な建物を「すごいすごい」と眺めるばかりで」  冷蔵庫からミネラルウォーターを出し、グラスへと注ぐ。冷たい水が喉を潤した。 「いつしか村の人たちは、ジンたちの父親と対立することが多くなりました。転出していく人もいましたが、私にはジンがいたので、悲しくはありませんでした。けれど、リュウとジンの仲が険悪になっていくことには心が痛みました」  ハクがまた「んー」と声を漏らす。もうすぐ目が覚めるのかもしれない。 「大学進学を機にジンが村を出るというので、私も行動を共にしました。私たちが村を出る少し前、ひびきさまの家に男の子が生まれたのです。その子が次の「ひびきさま」として男巫になるだろう、と村の皆がとても喜んでいたのをよく覚えています」  まだ幼さが残る少年の目がゆっくりと開いた。 「こんばんは、ハク。気分はどうですか?」  ハクはきっと、このまま何年もこのシャングリラ号に乗り続けることになるのだろう。  ……そして六年後。記憶がリセットされたハクは、ルイの前で再び目を覚ました。

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