36 / 36
最終話
番になったことを互いの両親に報告をしすると双方の両親はとても悦んでくれた。アルファ至上主義の律の母親だったが、律の想いを受け取ってくれたらしい。
夏休みの間に引っ越しを済ませ、住所変更の手続きやお互いの大学へと報告と慌ただしく過ごしているうちに秋がきた。
律は日本の大学に編入することを決めたが、書類手続きの関係で一度アメリカに戻らなければならない。たった三日程度だったが、寂しさのせいからヒートがきてしまった。
真新しいシーツの上に律の洋服をこれでもかと集め、その中心に入ると安心する。ブランドものばかりの律の服をしわくちゃにしてしまっているからあとで怒られるかもしれない。
うつらうつらとしているとカチャと施錠音と共に律の匂いが届いた。洋服の山から顔を出すとデイバックを肩に下げた律が立っていた。
「ただいま。巣作りしてたの?」
「遅い!」
「これでも一本早く帰って来たんだよ。待たせてごめんね」
やさしい笑顔を浮かべてくれて頭を撫でてもらえた。猫のように擦りつけると律はふふっと笑っている。
「巣作りも上手。こんなきれいな形になってて嬉しいな」
「じゃあ早く来て」
「その前に着替えさせて」
「どうせ脱ぐからいいじゃん」
「ちぃは可愛いな」
無理やり腕を引っ張って巣のなかに律を招いた。洋服よりももっと濃い匂いに頭の芯が痺れる。
すぐに理性を失って、獣のように交わった。
一段落して風呂に入ってもした。そこからまた再熱してしまい、ベッドの上でも何度かして気がついたときには日がどっぷりと暮れていた。
一人で耐えていたヒートとは違い、律がいると気持ちが全然違う。身体の隅々まで愛してもらえる幸福感を瓶いっぱいに詰めてもらえたように満たされる。
何度目かの絶頂に千紘はだらりと律の身体にもたれかかった。
「ちょっと休憩しようか。飲み物取って来るね」
律はハーフパンツだけ履いて台所へ行った。ベッドの上は精液や体液でシーツと洋服がぐちゃぐちゃだ。でもこれが幸せなのだと手短にあったシャツに顔を擦りつける。
「浮気しないでよ」
「あ、だめ」
戻ってきた律にひょいとシャツを奪われてしまった。慌てて取り戻そうとするが身体に力が入らなくて前のめりに倒れてしまう。
「返して」
「俺が戻ってきたからいいでしょ」
そう言ってキスをされる。唇を開けて受け入れるとまた体温が上がり始めてしまう。あれだけシたのにまだ足りないらしい。
それに気づいた律はちゅっと音を立てて身体を離した。
「これじゃあ休憩にならないね。はい、水」
「ありがと」
ペットボトルにストローがさしてあり、ちびちびと啜った。
「あと携帯鳴ってたよ。たぶんメッセージだと思うけど」
「読んで」
「いいの?」
「身体に力が入らない」
セックスがこんなに体力を使うなんて知らなかった。関節はまともに動かないし、全身の力が入らない。タコのようにふにゃふにゃだ。
「じゃあ遠慮なく……大学の友だちだね。今日抜き打ちテストやったみたい」
「うわ~最悪。追試確定じゃん」
それから二、三個の連絡事項を読んでもらい律はふっとこちらを見た。
「そういえば、ちぃはどうして大学はそこに決めたの?」
千紘は幼児教育科に進学した。卒業後には保育士と幼稚園教諭の二つの免許が取れる。
「律みたいな淋しい子が少しでも楽しくなるような場所を作りたくて」
やりたいことが見つからなかったとき、なぜか幼少期の律の話を思い出した。
律の両親は共働きで家族で過ごした時間がない。それを思い出して少しでも子どもたちに楽しい記憶が残るといいなと思ったのだ。
「だから俺の人生を決めたのも律だよ」
「運命だね」
「そうだな。そう言われると運命かもな」
例え一つの魂を分けた「運命の番」ではなくても、律とはかけがえのない絆で結ばれている。
「でもごめんな。俺が抑制剤効かないせいで律も大学休ませて」
一週間という貴重な時間を奪ってしまっている。律は大学でも成績優秀らしく、いくつか研究を発表して賞も取っているようだった。
一人で耐えるからと言っても律は頑なに譲らない。千紘も律がいる安心感を憶えてしまったので強く反発することができないでいる。
しゅんと肩を落とすと律に抱きしめてもらえた。首元から律の匂いがふわりと香る。
「それは違うよ。俺がちぃの時間を貰ってるんだ」
「でも休んだ後変な目で見られるだろ?」
「そんなのどうでもいい。俺はちぃがいればいいんだから」
そう言って笑ってくれる律は昔から変わらない。夏祭りで手を繋いでいるところをクラスメイトに見られても平気だと言っていた頃と同じ。
律がぶれないでくれるから千紘は立っていられる。
「伊吹すごいね」
いつのまにかネットニュースを開いていた律に画面を見せられる。そこには大河ドラマに主演決定の文字と伊吹の写真があった。
凛とした横顔はどこかさっぱりとした雰囲気がある。胸の奥がわずかに痛むが、それは一生付き合っていくものだろう。
「ずっと訊けなかったんだけど、伊吹とはどこまでしたの?」
「どこまでって」
「久しぶりに会ったら伊吹のフェロモンすごかったし」
「だって律があんなこと言うからだろ」
「そうだけどさ」
つんと唇を尖らせる律は子どもっぽく拗ねている。それを隠そうともしないところが可愛い。つい笑ってしまうと律の顔は段々と渋くなっていった。
「やっぱいい。訊くとイライラするから」
キスはしたよ、なんて無粋なことは言わない。それくらいのマナーはわかっているつもりだ。
律の頬を撫でて自分の方に向かせて触れるだけのキスをした。
「俺はずっと律だけだ」
「ズルい。そんなこと言われたら許しちゃうじゃん」
再び覆いかぶさられて、お互いの熱を貪るように求めた。わずかにあった不安が泡のように消えていく。
きっと律が心から愛してくれているのが伝わってくるからだろう。
日付が変わっても境目がわからなくなるほど求め合った。
ともだちにシェアしよう!

