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第1話
その人に恋をしたのは高校2年に進級した日だった。
同じクラスでもない、話したこともないその人。
ただ教室の窓から見ただけの新入生。
胸元にピンで止められた入学祝いの桜の花。
緊張したような面持ちで、前を見据えたその姿が綺麗だと思った。
平均身長より幾分か高そうなその背丈は彼を大人っぽく見せていて、隣に並ぶ女生徒をより華奢に見せている。
なんで僕は女の子より彼に惹き付けられているんだろう。
――普通になれない自分が好きじゃない。
誰にも相談できないこの感情が憎い。
でも心がそちらに向いてしまったらなかったことにはできないから。
こうして僕の片想いは幕を開けた。
***
2年生の教室は1階、体育館への渡り廊下がよく見渡せる位置にある。
そのせいで彼をよく目にする。
そのせいって言葉には語弊があるかもしれない。
だって嬉しくないわけがないんだから。
「辰巳 まーた外見てんの?」
同じクラスの長谷部 京一郎 は椅子に座る僕の目線に合わせて身を屈めると、体育館へ移動する1年の列を見た。
「なに、高校2年にしてはじめて好きな子でもできた?」
にや、と笑う長谷部を軽くいなしてまた外に目を向ける。
―――あ、いた。
僕が好意を寄せているからだろうか。
誰よりも目立って見える。
こんな距離でしか見ることが出来ないのが少し切ない。
体育館へ入るその姿をぼんやりと見送る。
あれだけ顔が整っていればすぐに恋人なんてできてしまうんだろう。
僕はといえばそういうのとは無縁で。
身なりに気を使わないわけじゃないし、女子から告白されたことはある。
ただ僕の恋愛対象が同性だっただけ。
告白してくれた人が好きでも嫌いでもなく、ただ好きになれない相手だっただけ。
『付き合っていくうちに好きになるかもしれない。』
そう言ってくれた人もいた。
それでも僕の本能が100%無理だっていう。99%じゃなくて、100%だ。1%の余地もない。
そんなの断る以外ないじゃないか。
だってそう考えているのが他でもない僕自身なんだから。
最後に人を好きになったのは小学生の頃。
同じクラスの友人を好きになった。
その頃にはもう同性を好きになることが人と違うことは知っていたから誰にも言えなかった。
好きになった人にどうにしかしてバレないように、変に思われないように振る舞った。
友達でいれば近くにいられるから。
嫌われるのが、嫌悪されるのがこわかった。
そんな中クラスで流行ったのは最低の遊び。
不特定の誰かを同性愛者として囃し立てる遊びだった。
子供の中でよくあるもの。最初のターゲットは女子だった。
「いっつも女同士でベタベタしてるー」
「手繋いでるのみたぞー」
とかそんな軽口からスタートした。
そうして何人かまわったのち、僕の好きな人が次のターゲットになった。
何人かが軽口をたたいた後、誰かが口にした言葉。
『お前、 辰巳のことすきなんだろー』
それから僕に『お前もこいつ好きなんだろ』その言葉が投げられた。
両想いコールが響きはじめ、このまま聞き流せばきっと次のターゲットに移ったんだろう。
好きな人は僕に、俺と仲良くしてるせいでごめんな、と小声で謝った。
「な…なんで、」
途中で詰まってしまって何も言えなかった。
でも言いたかったよ。なんで君が謝るのって。
こんな遊びをしているクラスメイトが元凶なのに、なんで。
僕が同性愛者だからこんなふうに馬鹿にされる。
僕が彼を好きだから囃し立てられる。
僕が普通じゃないから。
そんな考えがぐるぐると幼い頭を駆け巡っていく。
言葉に詰まってしまった僕の口からは何も言えず、涙だけが静かに落ちた。
元凶のクラスメイトはあからさまにでかいため息をついてその行為をやめたが、僕はそいつを許せなかった。
好きな人だけがずっと申し訳なさそうにこちらを見ていたのを、今も忘れられない。
好きなくせに彼を守ることも、元凶のクラスメイトに歯向かうこともできない。
申し訳ない気持ちなのはこっちなのに。
僕は好きだった彼と友達をやめた。
なにも友達をやめようって口に出したわけじゃない。
でも僕が彼に近づかなければ無駄に茶化されなくて済む。
そう思って彼から声をかけられてもあまり反応しないようにした。
本当は嬉しいのにわざと興味無いふりをして適当な返事。
そんな僕の態度に彼も少しずつ離れていった。
それから僕は中学受験をして、無事に合格。
そして卒業式の日、好きの言葉もさよならの一言さえ言えないまま、彼とは二度と話すことも会うこともなかった。
そんな苦い初恋のあと、好きになったのがあの人。
小学生の頃とは違い、もう高校生で同級生でもない。あんな最低なことは流行らないはず。
それでも僕にトラウマを植え付けたのは間違いない。
誰にもこの想いは伝えない、絶対に気付かれないようにする。
中学1年からずっと同じクラスで仲良くしてきた長谷部は親友と呼んで差し支えないほどに仲がいいと思う。
だからこそ長谷部には僕が同性愛者だと知られたくなかった。
もし知られてしまえば僕自身はもちろん、僕と仲良くしている長谷部も好奇と嫌悪の眼差しで見られる。
そもそも長谷部にも嫌悪の眼差しで見られるかもしれない。
それが僕にはどうしても耐えられなかった。
授業終了のチャイムが鳴って、僕はまた外へ目を向けた。
ぱたぱたと急ぎ足で更衣室へ向かう列の中に彼を見つける。
汗をかいたのが長袖から半袖になっていた。
制服よりラフな体操服姿を見てかっこいいとか、思ったより筋肉のありそうな体つきとかを見ていちいち反応する心がしんどい。
好きっていう気持ちは少しのことで大きく揺れる。それが少し面倒だと思う。
どんな声をしているのかも、どんなふうに笑うのかも知らない。
ただ見ているだけ。それだけで満足しなければ。
求めることも、理解されようともしてはいけない。
―――なんで好きになっちゃったんだろう。
見かけるだけで嬉しくなる気持ち、すぐに彼を考える気持ち、そのすべてが本当は喜ばしくて嬉しいことのはずなのに、僕には全てが忌々しい。
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