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エピローグ②

 後期に入って、単位が心配になってきた。吉植先輩によると、一年生の頃に取れるだけ取っておくと二年三年で楽できるらしい。それを信じていろいろ履修していたのに、シンがいなくなった一週間のせいで最終テストに出席できず、単位を獲得できなかった講義がいくつかある。  宇宙科学もそのひとつだったが、教授が優しい人でよかった。夏休みの間に二度テストをするから、どちらも合格点を取れたら単位をくれるというのだ。  そのために、高校生に戻ったのかと思うくらい勉強まみれの日々を送った。茶化して笑うシンは、構ってもらえなくてちょっとだけ寂しそうだった。俺もシンとくっついていられないのは嫌だったけど。  勉強漬けが功を奏したのか、俺は二度のテストで合格点どころか満点を取った。先輩にもこうちゃんにもほめてもらえて、シンとの触れ合いも解禁になった。  ちなみに、こうちゃんはちゃんと出席していたにも関わらず、最終テストで点数が足りず、俺と同じ夏休みのテストの場にいた。なんならテストも合格点ぎりぎりだったらしい。もっと真面目な幼なじみだと思っていたけど、案外そうでもないらしい。  後期はどんな講義を取ろうか、こうちゃんと相談してほとんど同じ講義を履修することにした。聞けば俺と同じ学部学科にいるらしいことがわかった。友人がひとりでもいるのといないのとでは大違いだ。  それをシンに言ったら、「オレがいるからいいだろうが」と言ってきた。きみは俺が大学に行っている間にお仕事をするんだよ! 何度も言い聞かせないと納得してくれなかったのは、もはやいい思い出だ。  俺の左手薬指にはずっと、うす紫のリングがはまっている。これがあれば、妖精やら悪魔の誘惑から逃れることができるらしい。悪い虫がつかないようになるし、他にもいろんな効果がある、とかなんとか言っていたけど、本当だろうか。  悪い虫って、もしかしてこうちゃんのことじゃないだろうなと思っていた時期もあったけど、夏休みが明けてもこうちゃんと一緒にいられるから大丈夫らしい。  こうちゃんと先輩にシンとのことを説明すると、ふたりとも笑って祝福してくれた。隣で誇らしげに威張っているシンすら、ふたりにはほほえましく見えているようだったのがおもしろかった。天使だっていうのに、全然人間からありがたがられていない。  こうちゃんに「どっちも鈍感でおもしろかったね」と言われたときは心外だったし、先輩が苦笑いでそれに同調したときは頬を膨らませた。けど、ふたりの協力がなければ俺たちはうまくいってなかったかもしれないから、仕方なく飲み込むことにした。ちゃんとありがとうが言える大人になった。  夏休みには四人で夏祭りにいった。  俺とシンが付き合っていると知っていながら、未だに腕を絡めてくるこうちゃんにシンが怒っていたのは言うまでもない。アンタからもなんか言えよ、そう言われると困ってしまう。俺は左腕をこうちゃんに、右手をシンに絡め取られて、その様子を先輩に笑われながら屋台を回った。花火を見るときだけは、ふたりきりにしてくれた。  部屋でふたり、のんびりしているところを母さんに見つかったときは大変だった。あのときぼろぼろの姿でやってきた美少年が、玄関を通らずに部屋にあがっているのだから、そりゃあ驚きもするだろう。  ローテーブルに置いてあるサイダーとアイスココアを見て、なにか納得したような顔をした。 「あんた、ここ最近サイダーとココアの減りが早いと思ったら、そういうこと。今日こそ、しっかりと説明してもらうからね」  あのときはひやっとしたけど、焦った顔のシンが俺の手首をつかんで窓から飛び出したときは、本当に心臓が止まるかと思った。ぴょん、と屋根から飛び上がって、昼間の空を泳いだ。これじゃあ、シンが人間じゃないって言っているようなものじゃないか。天使だってすぐにバレてしまう。  振り向くと、窓から乗り出した母さんが呆気に取られている様子が見えた。そのときだけは笑えたけど、帰ってからのことを考えると頭を抱えるしかなくなった。 「そういうことだったら、空き部屋をつかってもらったらいいじゃないか」  家について正直に天使のことを話したら、父さんがそう言った。 「天使だってこと、信じてくれるの?」 「そりゃあ父親だからね、|優亮《ゆうすけ》の言葉は信じるよ」  なんの質問をすることもなくそう言ってくれたときは、逆に父さんのことが心配になった。詐欺にでもあってしまうんじゃないだろうか。むしろもうなにか盗られているんじゃないか? こんなに簡単でいいわけない。 「いいや、オレはゆうすけの部屋で寝泊まりする」 「あらあら、年頃の男の子ですものねえ」 「どういう意味だよ母さん」  意味深ににやける母は、天使がどうのという説明は真面目に聞かなかったわりに、こうなると話が早かった。  どういうつもりかは知らないけど、シンのことをふたりめの息子として受け入れる心づもりらしく、我が親ながら恐怖した。俺にはこの人の血が流れているのか……。  こうして俺たちふたりの日常がリスタートした。すべてに認められている日常が。 「ねえねえ、ゆーくん」  俺の左腕を絡めとりながら、こうちゃんはにこやかに言う。今日はめずらしく男装の日らしい。大学に男装して来るのは片手で数えられるほどしかなかったはずだ。それでもこうちゃんはかわいい。 「ボクと結婚することにしてくれた?」  なにがどうあってもこうちゃんは相変わらずだ。どこにいてもなにをしていても、シンと付き合っていても、口説いてきたり結婚を迫ってきたりする。  ただ、少し前と違うのは、この言葉に返答しようと口を開く俺より先に、シンが叫び出すことだ。 「アンタなんかとゆうすけが結婚するわけないだろ、ブス! ゆうすけはオレのなんだっての、何度言ったらわかるんだ!」 「またブスって言ったぁ! ねえ翔太くーん!」 「……僕、帰ってもいいかな」 「すみません、俺のせいで」  俺が大学にいる間は近くで――というかもはや大学構内なんじゃないかとすら思わされるくらい、いつでも呼べば俺の隣に来る――お仕事をしているらしい。だから結局いつも通り四人でいることが多い。そんな日常も悪くはない。  俺たちはいつだってにぎやかだ。  先輩とはいろいろあったし、事件も起きた。こうちゃんとは素直に仲良くするというわけにもいかないのは、百も承知だ。けど、こうして四人並んでいると、俺はやっぱり幸せだと思うのだった。  関係は変わってしまったけど憧れの先輩といられて、想いには応えられないけど大好きな幼なじみと並べて、そして愛する恋人と隣合わせでいられる。  見上げると、まだ夕方だというのに真っ白な月が浮かんでいた。

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