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第1話
「必ず帰ってくる。だから待っていてくれ」
涙ながらにそう告げた彼は、次の日ガルシフの前から姿を消した。
彼は親友だった。幼い頃からずっと一緒に暮らしていた家族同然の仲だった。しかし、そんな彼は、ある日突然見知らぬ大人たちによってどこかへ連れて行かれてしまった。
何もすることができなかった。子どものお前にいったい何ができるというのだと周りの大人たちから言われたが、それでも何かしたかった。本当は彼を連れて行かないでと泣き叫びたかった。彼と二人でどこへ逃げてしまいたかった。けれど、自分にはそれをする勇気も意気地もなかった。
それに、その行為は無謀と言える。この時のガルシフは、まだ十を少し過ぎたくらいのただの子どもでしかなかった。ほかの村へ逃げたところで、すぐに連れ戻されてしまう。そして町へ行ったとしても、親無しの身元不明な成人前の子どもを雇ってくれるような場所はどこにもなかった。二人だけで生きていくにはあまりにも辛い道しか残されていなかった。
あの時は、ああするしかなかった。彼に心配をかけまいと必死に涙を堪えることしかできなかった。大人たちも言っていた。彼は彼が本来いるべき場所で幸せに暮らすのだと。ならば、笑顔で見送るのが最良というものだ。彼は自分のもとへ帰ってくると言っていたが、おそらくもう会うことはないだろう。ガルシフは下手くそな笑顔を浮かべて、最後は最愛の親友を見送った。
そして――――。
あっという間に数年の時が過ぎ、ガルシフは長年暮らしていた孤児院を出て行かなくてはならない歳になっていた。
「なあ知ってるか、ガルシフ」
ガルシフと同い年で村長の倅であるシヴァが、物知り顔で言ってきた。
「なんだよ、シヴァ。俺、今仕事探しで忙しんだけど」
「まあまあ、ちょっとくらいはいいだろ?多分おまえが喜ぶような話だからさ」
「俺が喜ぶような話?なんだ、仕事でも紹介してくれるのか?」
「いや、そうじゃないけどさ。何年か前にいただろ、あいつ。おまえと特に仲が良かった……確か名前は……シス、だったか?」
「シス」その名前を聞いてガルシフは息を呑んだ。それは数年前に会えなくなってしまった親友の名前だ。
「――――っシス⁈シスがどうした⁈あいつに何かあったのか⁈」
思わず、ガルシフはシヴァに攻め寄った。
「ちょっ、落ち着けって!あいつに何かあったとかじゃないから!ただ、あいつの居場所がわかったから、せっかくだからおまえに教えてやろうと思って、ここにきたんだよ!」
「なんだって?あいつの居場所がわかったのか。どこだ、どこにいる?教えてくれ!」
「ああ、もちろん教えるさ。でもその前に、このおれの肩を掴んでいる手を離してくれ!おまえの馬鹿力のせいで肩が痛いんだよ!」
その時初めてガルシフは、自分がシヴァの肩を爪が食い込むくらい思い切り掴んでいることに気づいた。
「おっと、すまない」
気づいたガルシフはすぐさま肩を掴むのをやめた。
「で、シスはどこにいる?」
「切り替え早いな、おまえ……。ま、いいけどさ。おれも親父の話を盗み聞いただけだから、ところどころあやふやではあるが……」
「なに、村長がシスの居場所のことを話していたのか?というかシヴァ、なんで盗み聞きなんてしてるんだ」
「いや、たまたまだって。近所のおやじさんたちと酒盛りをしていた親父が、たまたまその話をしてたんだよ。まあ、あの時の親父、けっこう酔っ払ってたし、ぽろっと言っちまったていう感じだったけどな……」
「ぽろっと……」
親友がいなくなってしまったあの日から数日後、やはり親友に会えないのは辛いと思ったガルシフは、唯一シスの居場所を知っているであろう村長に彼の居場所を聞きに行った。今は会えなくても、もう少し大人になれば自分から会いに行けるのではないかと思ったからだ。しかし、村長は頑なにシスの居場所を教えてくれなかった。おそらく、シスを連れていったあの大人たちから口止めをされていたのだろう。
シスを連れていった大人たちは皆、素人目にもわかるほど立派な戦装束を着ていた。今思えば、シスは名のある貴族の御落胤だったのかもしれない。そういう話がたまにあると誰かが言っていた。
「それで、結局どこにシスはいるんだ?」
もう二度と会えないと思っていた親友に会えるかもしれない。ガルシフはシスの居場所を聞きたくてたまらなかった。
「親父の話によると、シスは王都にいるらしい。そんで、すごく広くて綺麗な豪邸に暮らしてるんだとよ」
その言葉でますますシスの生まれが高貴であるかもしれない可能性が高くなった。だが、それがなんだというのだ。確かに身分という壁はできてしまうが、それが親友に会いに行ってはならないという理由にはならない。
「そうか、王都か……」
王都に行けばシスに会えるかもしれない。希望の光が淡く輝き始めた。
「教えてくれてありがとう、シヴァ」
「おうよ」
その日、ガルシフは王都ハヌマンへ行くことを決めたのだった。
*
数年後。
ガルシフは王立騎士団に入団していた。そして現在、同僚のひとりと一緒に訓練場にいた。
「今日もよろしく頼む」
「おう、こちらこそ」
ガルシフは親友が王都にいるとわかったその日に孤児院にある自分の荷物をまとめ、その足で王都にのぼった。もともとあと少しで孤児院からは出て行かなくてはいけなかったので、丁度いいと思ったのだ。
仕事は王都で探せばいい。人口が少なく、仕事も少ない村で無理に探す必要はない。きっとひとつくらいは自分を雇ってくれる場所があるだろう。そう思い、少ない荷物と少ないお金を持ってガルシフは村を飛び出した。お金は孤児院の院長が王都に行くならばと持たせてくれたものだった。
「で、今日も三本勝負か?」
「ああ、それで頼む」
ガルシフは王都で見事に職を手に入れた。それが騎士だ。王都に来たばかりの頃は慣れないことが多く、非常に苦労をしたが、持ち前の図太い性格のおかげその苦労を乗り越えることができた。今は騎士団の営所に暮らしている。
「それじゃあ、いくぜ」
「いつでもこい」
こうして剣の手合わせするような同僚もできた。村にいた頃よりも充実した日々を過ごしている。しかし、ひとつだけ不満がある。それは未だ親友と会えていないということだった。
騎士団に入ったばかりの頃、ガルシフは自身の数少ない伝手と足を使い、懸命に親友の所在を探し回った。けれど彼が見つかることはなかった。今でもガルシフが知っていることは「シスは王都にいる」ということだけだった。
だが、ガルシフは親友と会うことを諦めたわけではない。王都にいればいつの日かまたシスに会えるのではないかと思っている。そうであって欲しいと願っている。
「よしっ!今日も俺の勝ち!」
今回の手合わせの勝敗が決した。
「だああああぁ!今日もガルシフに負けたぁ!」
勝者はガルシフだった。
「なんで一本もおまえから取れないんだよ!つか、どうしたらおまえに勝てんだよ!」
「いや、自分で考えろよ」
その言葉にガルシフの同僚、トドロキは言い返す。
「わかんねぇから聞いてんだよ!」
「いやいやいや、そんなにほいほい自分の弱点を言うわけないだろ」
トドロキは騎士団に入団してからできた友人で、波長が合うのか時間がある時はよく二人で剣の手合わせをしている。
「ああ、どうにかしておまえに勝ちたい」
「まあ、頑張れ。と言っても、今後とも負ける気は毛頭ない」
「はは、次こそぜってぇ勝ってやる」
ガルシフは何度負けてもめげない、そんなトドロキの性格を非常に気にいっている。
「そう言えばおまえ、今度陛下が新しい護衛を選ぶっていう話知ってるか?」
ふと思い出した様子でトドロキが言う。ガルシフは初耳だった。
「その話、本当なのか?」
「おそらく本当だ。そのせいで最近貴族連中が、皆そわそわしている」
「ああ、あれはそのせいだったのか」
トドロキが言ったように最近貴族出身の騎士たちが、皆鬱陶しいくらいにそわそわしている。ガルシフはいったい何事かと思っていたが、トドロキの話を聞いて納得した。
貴族出身の騎士とガルシフたちのような平民出身の騎士との間には、決して小さくはない溝がある。全員がそうというわけではないが、貴族出身の騎士の多くが平民出身の騎士を見下している。そして、自分たちが上に立つべきであると当たり前のように思っている。
今代の国王陛下は実力主義者なため、平民だろうと貴族だろうと能力が高ければそれ相応の地位を与えてくれる。それは平民にとっては非常にありがたいことであり、貴族にとっては面白くないことであった。
そして今回、トドロキの話が本当であれば何百何千もいる騎士の中から王の新しい護衛が選ばれる。王の護衛に選ばれるのは騎士の誉だ。地位や名誉を気にする貴族たちにとってその地位は喉から手が出るほど欲しいものだった。だから、是が非でも王に選ばれようと貴族騎士連中は必死なのだ。
「まあ、俺たち下っ端騎士には関係のない話だな」
「それもそうだな」
自分たちには夢のような話だ。そうガルシフが付け足し、王の護衛選定の話はそこで終わりとなった。
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