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第2話
その日は昼から非番だった。トドロキとの手合わせを終え、営所に戻ってきたガルシフは、訓練用の戦装束を脱ぎ、着慣れた自分の服に着替えた。そして、ある場所へと向かった。
「お、ガルシフじゃねぇか。いつものでいいか?」
そう厨房から話しかけてきたのは、この店の店主であるホビだ。ホビは王都の表通りから少し外れたところに店を構える恰幅のいい男で、見た目は怖いが面倒見のいい性格をしている。
「こんにちは、ホビさん。いつものでよろしく」
「はいよ。すぐに作ってきてやるから少し待ってろ」
ホビはガルシフにとって恩人だ。王都に来たばかりの頃の話だ。心の赴くまま勢いに任せて王都にのぼったのはいいが、ガルシフは右も左もわからない状態で途方に暮れていた。
そんなガルシフに救いの手を差し伸べてくれたのがホビだった。彼は自分の店にガルシフを住まわせ、温かい食事を与えてくれ、さらには王都で暮らしていく上で必要な知識までも教えてくれた。そういう経緯があり、今でもガルシフはホビに多大な恩を感じている。
そして現在、ガルシフは騎士となりホビのもとを去ったが、居候中に食べた料理の味が忘れられず、こうして暇な時間を見つけては彼の店に足繁く通っていた。
「はい、お待ち!」
ホビがガルシフの前に料理を置く。
「おまえが好きな、ホルッサのスープとミモサのパンだ」
「おお、今日もうまそうだ」
「んなこと当たり前だ。なんたって、おれが作ってんだからな」
「はは、そうだな」
ホルッサのスープとミモサのパン。その二つをガルシフはホビの店に来た時は好んで食べている。
ホルッサとは少し苦味のある葉物野菜で、熱を通すと苦味が和らぐという性質を持っている。そのため、炒め物や汁物にしてよく食べられている。
ミモサとは小さな赤い実が稲穂のようにみのる果物で、ガルシフの前に置かれたパンの中にはそのミモサが練り込まれている。
「……にしてもおまえ、毎回同じもんばっか食ってるけど、よくもまあ飽きねぇなぁ。たまには違うものを頼んでくれてもいいんだぜ?」
「気が向いたらな」
「その言葉、いったい何回目だよ。いつも同じこと言ってるぞ」
「そうか?」
「……まあいい、おれは厨房に戻るが何かあったら呼んでくれ」
そう言って、ホビは厨房へ戻っていった。
*
ホビの店で食事を終えたガルシフは王都の道を歩いていた。
王都ハヌマンはこの国、ハヴィスの中で最も人口が多く、栄えている。国王陛下の御膝元である城下の街並みはそれは美しく、立派な建物、舗装された道、その上を行き交う人々の数、どれをとってもガルシフが暮らしていた村とは雲泥の差である。
(ああ、今日もだめか……)
しかし、そんな街並みには目もくれず、ガルシフはただひたすらに親友を探していた。そして、いつも親友の面影を見つけられずに心の中で嘆くのだった。
自分の前から親友が去って十年以上もの時が過ぎた。あくまでガルシフの記憶の中にある親友の姿は彼が村にいた頃のものだ。自分が子どもから大人になったように親友もまた大人になっている。そんな彼を探すのは大変なことだろう。
しかし、親友にはひとつだけ他の人とは違う特徴があった。親友はとても不思議な瞳をしていた。見る角度によって色が変わる美しい瞳だ。そんな瞳をしている者はそう多くないだろう。実際、ガルシフは親友以外にその瞳をしている者に会ったことがない。ガルシフは瞳を目印に親友を探していた。だが、今まで見てきた人々の中でそんな特徴的な瞳をしている者は誰一人としていなかった。
王都の中は商業や身分などで区画されており、おそらく貴族に引き取られたであろう親友は、ガルシフが訪れるような場所にいることはないだろう。それをガルシフもわかっているが、もしかしたら会えるかもしれないという気持ちが少なからずあり、親友探しをやめられないでいた。
(まあ、それもあと少しだ……)
時折、思うことがある。自分は親友に会ってどうしたいのか。彼に再び会えた後、いったい彼と何がしたいのだろうかと。
親友と再会できたからといって、また昔のような関係に戻れるとは限らない。もしかしたら、もう自分のことも、別れの時に告げたあの言葉のことも忘れているかもしれない。
王都に来たばかりの頃は、ただただ親友に会いたいという一心で、親友と再会した後のことなんてまったく考えていなかった。
王都の暮らしにも慣れ、心にも余裕ができた今、ふとした瞬間に「もうシスを探すのはやめよう」と思ってしまうことがある。
そして、ガルシフは思った。
(シスを探すのは、今年で終わりにしよう)
親友との再会を諦めたのではない。ただ、彼を探すことをやめるだけだ。そう自分自身にガルシフは心の中で言い訳をした。
(……そろそろ帰るか)
結局、今日も親友らしき人物は見つからなかった。だが、それでいいのかもしれない。親友には親友の人生があるように、ガルシフにはガルシフの人生がある。いつまでも親友にとらわれているわけにはいかない。
(まあ、縁があればまたあいつに会えるさ)
その時だった。
「――――え」
一瞬だけ、確かに見えた。角度によって色が変わる不思議で美しい瞳。顔は襟巻きのようなもので隠されており、はっきりとは見えなかったが、間違いなく親友と同じ瞳をしていた。ガルシフは、今し方すれ違った人物の方に思い切り振り向いた。
「いない……」
そこにはすでにだれもいなかった。急いで辺りを見渡すが、影も形もなかった。
(嘘だろ……。だって、あの目は……シスの目だ)
ガルシフは親友の面影を持つ人物が消えた先を、呆然と眺めていた。
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