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第3話
親友であるかもしれない人物とすれ違った次の日の朝、ガルシフは営所にある食堂で朝食を食べながら昨日の出来事についてトドロキに話しをしていた。
「え、おまえ、今までまったく見つからなかった親友にようやく会えたのか」
「いや、あれは会えたのではなくて、ただすれ違っただけだ。それにまだシスという証拠がない」
同僚であり友人でもあるトドロキには、ある程度シスについて話をしている。だからガルシフが離れ離れになった親友を探しに王都に来たことも、長いことその親友を探していることも、そしてまだ見つけられていないことも知っている。
「というか、まだそいつとの再会を諦めてなかったんだな」
「まあな。俺は諦めが悪いんだ」
遠慮のないトドロキの物言いにガルシフは苦笑した。
「で、どんなやつだったんだよ。その十年以上ぶりに会った親友とやらは」
「いや、だからすれ違っただけで、まだシスだと決まったわけじゃ……」
「どっちでもいいだろ、そんなこと」
「いや、よくないだろ……」
トドロキはガルシフの親友のことが気になるようで、どんなやつだったのかと聞いてくる。
「はっきり言って、俺の想像していた姿とは違った。といっても一瞬だけすれ違っただけだし、顔も襟巻きみたいなもので隠していたから何とも言えないが……」
「そりゃあどういうことだ?」
「俺さ、シスは大人になってもきっと小さくて可愛くて美人なんだろうなぁって勝手に思ってたんだよ。だけど、昨日すれ違った人は確かに雰囲気は綺麗だったけど、身長が俺よりも高かった。俺の知ってるシスは俺よりも身長が小さかったんだ」
昨日すれ違った人物は、長身の部類に入るガルシフよりも幾分か背が高かった。それに体格も良かったように思う。
「つっても、それは子どもの頃の話だろ」
「まあな。だが、もし昨日すれ違った人が本当にシスだったとしたら俺は驚くぞ。何を食ったらそんなに大きくなれるんだってな」
ガルシフの親友であるシスは、村にいる同年代の中でとりわけ小さく可憐な姿をしていた。そのせいで、同年代の特に男子からその姿をからかわれていた。そんなシスをいつも庇い、慰めていたのがガルシフだった。
(あの頃のシスは本当に可愛かったなぁ)
その先入観がいけなかったのだろう。ガルシフはいつも「シスという名の不思議な瞳をした可憐で美しい人を探している」と言ってシスの所在の手がかりを探していた。しかし、本当に昨日の人物がシスだったのだとしたら、それでは見つかるはずもない。
(また、会えるだろうか……)
顔を隠すように襟巻きをしていた姿と、華美ではないが触り心地の良さそうな上質な布の平民装束を着ていたことから、おそらくあれはお忍びだったのだろう。そうトドロキに言えば、
「相変わらずおまえの観察眼はすごいな。それに普通、一瞬すれ違った人間の顔とか服とか覚えてねぇぞ」
と感嘆混じりに言われた。
王都に来てからというもの、時間があれば王都中を歩き回り、親友を探していた。そのせいで、いつの間にかガルシフには会う人すれ違う人どんな人でも無意識に観察してしまうという癖がついてしまった。そして記憶力に優れ、一度見れば大抵のことは覚えてしまうという生まれ持った能力のおかげで、ガルシフは一瞬見た程度の人物のこともしっかりと覚えていた。
「まあ、何はともあれよかったじゃねぇか。親友かもしれないやつが思ってた通り王都にいてさ」
「そうだな」
「そんじゃあ飯も食い終わったし、訓練場に行こうぜ」
話しを終える頃には二人の皿はすっかり綺麗になっていた。
*
「――――というわけで、今日は第三騎士団と第四騎士団で合同戦闘訓練を実施する!」
第三騎士団の団長の号令により訓練が始まる。心なしかガルシフが所属する第四騎士団の団員たちが皆憂鬱そうな表情をしている。それを自分の隣で同じように憂鬱しそうな表情をしていたトドロキに問うたところ
「当たり前だ。今日は貴族連中と一緒に訓練をしなきゃならないんだ。第四連中は皆、嫌で嫌でしょうがないだろうよ」
と言われた。その言葉で合点がいった。
(そういえば、第三騎士団は貴族出身の騎士が多かったな)
王立騎士団には第一から第十までの騎士団が存在する。どこに配属されるかはその時によってさまざまだ。しかし、第三騎士団と第六騎士団、そして第八騎士団にはなぜか貴族出身の騎士が多く、その三つの騎士団に配属されてしまった平民出身の騎士たちは肩身の狭い思いをしている。
ガルシフが所属する第四騎士団は団員がすべて平民出身という、十ある団の中で唯一平民だけで構成されている騎士団であり、逆に第二騎士団は全員が貴族で構成されている騎士団であった。
それに比べれば第三騎士団はまだましな方であるが、それでも団員の約七割が貴族であり、貴族に苦手意識を持つ第四騎士団の団員たちは皆できることならば第三騎士団とは関わりたくはないと思っている。
(まあ確かに、貴族の連中は嫌なやつが多いが……。別にどうでもいいな)
ガルシフは貴族騎士たちの平民騎士たちを見下すような視線や態度を鬱陶しく思うことは多いが、それを気にしたところでどうしようもないということを理解している。それに訓練が本格的に始まってしまえば、平民だろうと貴族だろうと関係ない。最初は憂鬱そうな表情をしていた第四騎士団の団員たち、そしてその団員たちを小馬鹿にした様子で見ていた第三騎士団の団員たち、そのどちらもが真面目な様子で訓練に取り組んでいた。
「訓練止めーー!今日はここまでだ!」
第四騎士団の団長の言葉で皆が一斉に手を止める。今日の訓練はここで終わりのようだ。
「よっ、おつかれガルシフ。いやー、いい汗かいた」
訓練が終わると誰かと手合わせしていたトドロキがガルシフのもとにやってきた。
「おつかれ、トドロキ」
「おう、早いところ戻ろうぜ。この後、ここに第一騎士団と第五騎士団のやつらがくるらしいから」
「第一と第五が?その二つも合同訓練か?」
「ああ、そうらしい。ほら言ってるそばから、第一と第五のやつらがきたぞ」
トドロキが視線だけでそちらを指す。
「お、大本命殿を発見」
「大本命?なんだおまえ、好きなやつでもできたのか?」
「いや、ちげぇよ。その本命じゃなくて、陛下の護衛役の話だ」
そう言って、とある人物を指差す。その指した方向に視線を向ければ、そこにはハヴィスでは珍しい金色の髪をした美しい男が涼しげな表情をして歩いていた。
「おまえも知ってるだろ、あいつのこと」
「ああ、バルバロッサ殿だろ」
ユウエン・フォン・バルバロッサ。バルバロッサ侯爵家の次男で国王陛下とは学舎時代からの友人であるらしい。学問、剣術、魔術、そのどれもに秀で、その見目麗しい姿も相まって王都中の国民、特に若い女性たちから非常に高い支持を得ている。
「皆、おそらくあいつが陛下の護衛になるだろうと予想している。なんたって第一騎士団所属だし。かくいうおれもその一人だ」
歴代王の護衛騎士のほとんどが第一騎士団所属である。第一騎士団は家柄に加え、能力が高い者が多く在籍している。そのため、今回もまた第一騎士団の誰かが護衛騎士になるだろうと皆思っていた。
「確かに、陛下とは友人で能力も高いから選ばれるのは妥当だな」
能力が高く、忠義もある。当然、王もそういう者を選ぶだろう。ガルシフはもう一度ユウエンの方を見た。
(護衛騎士か……。まあ、俺には関係のない話だな)
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