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第4話

 その日はガルシフとシスは二人で村の裏にある山に、ソラシアスという花を探しに出かけていた。シスがその花を欲しいと言ったからだ。  本当は子どもだけで山には行ってはいけないと、村の大人たちから言われていた。けれど、どうしてもソラシアスが欲しいとシスが言うものだから、ガルシフはいけないことだとわかっていたが、シスとともに山にのぼった。  ソラシアスは満月の日にだけ咲くという非常に珍しい花だ。満月の日の朝に蕾が開き、夜になると花弁が光るという特徴を持っている。  そして、その日は丁度満月だった。  暗くなる前にソラシアスを摘むために、二人は朝から山にのぼっていた。しかし、ガルシフもシスも山のどこかにソラシアスが生えているということは知っていたが、その正確な場所までは知らなかった。そのため、いくら探してもソラシアスは見つからず、二人は諦めかけていた。  そんな時だった。一輪のソラシアスが大きな木の枝の上に生えていた。ソラシアスにはもうひとつ特徴があった。それは土に根を張るのではなく、木や他の植物に根を張るというものだった。  二人はそのことを知らなかった。だから地面の上いくら探してもソラシアスは見つからなかったのだ。ようやく見つけたソラシアスは、とても高い場所に生えていた。  非常に危険だ。落ちたらひとたまりもないだろう。  頭ではそう理解していたが、ソラシアスを前にして残念そうにうつむくシスを見ていたガルシフは、どうにかしてあのソラシアスを取ってきてあげたいと思った。  そして、シスの制止の声も聞かずに木にのぼった。  それがいけなかったのだろう。いや、もとより大人たちの言葉に従っていれば、こんなことにはならなかったのだろう。 「ーー危ない!!」  耳をつんざくような叫び声が聞こえた。  そして、ガルシフはびくっと目を覚ました。  たった今、見ていた景色はあっという間に消え去り、そこには見慣れた自室の天井が広がっていた。 (………………夢か)  ガルシフは寝ぼけ眼をこすりながら身体を起こす。  先ほどまで見ていたものはすべて過去の記憶だ。実際に過去に起きた出来事だ。 (あの後、こっ酷く院長に怒られたんだっけな)  日が暮れても帰ってこないガルシフとシスを心配した孤児院の院長が、村の大人たちとともに二人を探しに山まできた。そこで発見された二人は、大人の言いつけを守らずに山に入ったことを院長に酷く叱られたのだった。 (というか俺、あの時木から落ちたんだったよな……。よくもまあ無傷ですんだな。普通、あの高さから落ちたら、怪我のひとつやふたつくらいはすると思うんだが)  今でも不思議に思う。あの日、シスとともにソラシアスを探しに山にのぼった日、運良くソラシアスを見つけることはできたが、それは子どもでは手に入りにくい場所に生えていた。ガルシフは、自分は諦めるから危険を冒してまで無理に取りに行かないでくれ、と言ったシスの制止の声を聞かずに木にのぼり、結果、木の上から落ちた。  落ちた瞬間に聞こえたのはシスの悲痛な叫び声だった。そしてガルシフは勢いよく地面に叩きつけられ、そのまま気を失った。気を失う前に感じたのは激しい痛みだった。  しかし、シスのすすり泣く声で目が覚めたガルシフの身体は無傷だった。気を失う前に感じた痛みもまったくなく、それに驚いたガルシフは自分が気を失っている間ずっとそばにいたであろうシスに、あの後自分はいったいどうなったのか、と聞こうとした。けれど、そのことを聞く前に、自分たちを心配して山に探しに来てくれた大人たちに発見され、そのまま院長に怒られ、孤児院に帰ってきた頃にはすっかりそのことについて忘れてしまっていた。 (そういえば……シスが村を出て行ったのって、確かあのすぐ後だったよな)  二人で山にのぼった日から数日後、シスは村から去って行った。 (あの時も、あいつ泣いてたな……)  シスは泣き虫だった。見た目は村にいる誰よりも可憐で美しく、黙っていれば女と見間違うほどだった。しかし、その見た目に反し、口調は男らしく、けれどやはり泣き虫だった。そして、その涙を止めるのはいつもガルシフの役目だった。 「おまえ、今どこにいるんだよ……。また、泣いてたりしてないよな……」  思わず口からこぼれた言葉は誰にも拾われることなく、静かな部屋の中に少しだけ響いたのだった。 * 「おい、おせぇよおまえ」  営所にある自室からガルシフが外に出た途端、なぜか部屋の前にいたトドロキにそう言われた。 「なんでおまえが俺の部屋の前にいるんだ。飯はどうした?」  そう問えば、 「いやー、そろそろ飯の時間だなと思って食堂に行ったんだが、おまえの姿がなくてな。いつもならとっくにいるはずなのにいねぇから、こうしておまえを呼びにきたんだよ。つっても、呼ぶ前に出てきたがな」  どうやらトドロキは、いつもならばいるはずのガルシフが食事の時間になっても食堂に現れないことを心配して、わざわざ部屋まで戻り呼びに来てくれたらしい。 「それは面倒をかけたな。悪い、今まで寝てた」  久しぶりの合同訓練だったためか、いつもよりも疲れていたガルシフは、訓練所から営所に戻り昼食を食べた後、昼から非番であったこともあり、自室に戻るなりすぐに寝入ってしまった。 「珍しいな。おまえが飯の時間になっても起きないなんて。いい夢でも見てたのか?」 「いや、夢は見ていたが、いい夢ではなかった」 「ほう。なら悪い夢か?」 「それも違うな。いい夢でも悪い夢でもなかった。ただ、懐かしい夢を見ていた」 「ふうん。まあよくわかんねぇけど、飯食いに行くぞ。このままだと食いっぱぐれる」  自分から話を振ってきたもののトドロキはガルシフの夢の話にははあまり興味がないようで、そう言って先に行ってしまう。その後を追いかけるようにガルシフも食堂に向かった。 *  ガルシフとトドロキが食堂に着いた頃、食堂はそれなりの賑わいを見せていた。明日、非番な者は同じく非番な者同士で酒を酌み交わし、非番でない者はそうでない者同士で楽しげに食事をしていた。  この食堂には多くの騎士が食事をするためにやってくる。営所に住む者はもちろんのこと、所帯を持つ者や実家暮らしの者も時折この食堂にやってくる。 「なあなあ聞いてくれよガルシフ。こいつ、エマさんと結婚するんだとよ」  ガルシフが空いている席に座ろうとした時、右隣の席にすでに座っていた同僚で友人のひとりでもあるロッカクが突然そう言ってきた。そして、エマさんと呼ばれた人物と結婚するのであろう人物にガルシフは視線を向ける。 「なんだリュウ。おまえ、ようやくか」  まだ結婚してくれと相手に言っていなかったのか、と言わんばかりにガルシフはそう言った。  それを雰囲気から感じ取ったリュウは  「仕方ないだろ!恥ずかしかったんだから!だけど、昨日ようやく言えたんだよ!」  と顔を真っ赤にして言った。  リュウもガルシフの同僚で友人のひとりである。リュウにはそれは可愛らしい恋人がいて、聞けば幼馴染みだという。そしてついに昨日、その幼馴染みと結婚の約束をしたらしい。 「エマさん、おまえがいつ自分に結婚してくれと言ってくれるのか、ずっと前から待ってたぞ」 「なんだって?なんで、ガルシフがそんなことを知ってる?」 「いや、前に非番な時にたまたまエマさんに会ってな、愚痴ってだぞ。恋人になってほしいのになかなか言い出せないリュウの代わりに、わたしの方から告白してあげたんだから、今度はリュウの方から言ってほしいってな」 「嘘だろ。あいつ、おれがずっと前から好きだったこと知ってたのか⁈」 「はは、おまえはわかりやすいんだよ」  そう言えば、リュウはさらに顔を赤くして頭を抱えてしまった。そして、しばらくの間その状態が続いた。 「まあ、何はともあれおめでとう」 「おう、ありがとう」  そう言ってリュウははにかんだ。 「ということはリュウ、おまえここから出て行くことになるのか」 「まあな。といっても、すぐに出て行くわけじゃない。結婚するには、いろいろと準備が必要だからな」 「なるほど。じゃあ、その準備が終わるまではここにいるんだな」 「そうなるな」  結婚するからといって、すぐに営所から出て行くわけではない。二人で住むための新居探しやその他いろいろ、まだまだやることは多いらしい。だから、それが終わるまではここにいるという。 (それでも、あと少しでリュウはここから出て行ってしまうんだな……)  そう思うと少しばかり寂しく思う。 (まあ、リュウが幸せならそれでいいか)  恥ずかしがりながらも周りから祝福されて笑うリュウを見て思う。そして同時にいつか自分もここから出て行く日がくるのかと考える。 (おそらく、まだ当分先の話だな)  結婚する相手どころか恋人すらいない自分には、ここから出て行く予定は今のところない。もしかしたら今後そんな予定ができるかもしれないが、すぐでなくていい。そう思いながらガルシフは再び友人に祝福の言葉をおくる。 「本当におめでとう、リュウ」

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