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第5話
珍しく朝早くに目が覚めた。いつもならば、まだ眠っている時間だ。だから二度寝でもしようかと思い再び目を閉じたが、一度覚めてしまった眠気が戻ることはなく、仕方なくガルシフは起きることにした。
しかし、何もすることがない。常ならば眠っている時間であるため、その時間をどう過ごせばいいのかわからない。
ふと、剣の素振りでもしようかと思った。ただの思いつきだ。だが、何もしないで部屋にいるよりはましだろうと思い、ガルシフは素振りをするために訓練場に向かうことにした。
営所から訓練場までの道のりには誰もおらず、非常に静かだった。ガルシフは鳥のさえずりを聞きながら静かな道を歩く。
訓練場に着いた時、そこには誰もいなかった。
「やっぱり、この時間じゃあ誰もいないか」
静寂に包まれた訓練場でそう呟く。昼間の訓練場には多くの人がいる。騎士団の訓練で利用されるのはもちろんのこと、それ以外でも自主訓練などでやってくる騎士たちが大勢いるからだ。
(なんか変な感じだな、ここに誰もいないってのは)
早朝の訓練場に一度も来たことがなかったガルシフは、声や剣同士がぶつかり合う音がしないその様子を不思議な気分で眺めていた。
(まあ、たまにはこういう日があってもいいかもな)
訓練場に置いてある刃が潰れた訓練用の剣を持ち、ガルシフは素振りを始める。無言で剣を振るう。それを何度も何度も繰り返す。そうしているうちに徐々に身体が温まっていき、じんわりと汗が出てきた。
(おお、なんか楽しくなってきた)
それからしばらくの間、ガルシフはただひたすらに剣を振るっていた。
その時、どこからか誰かの視線を感じた。ガルシフは素振りをやめる。
(誰かいるのか……?)
こんな早朝に誰かが訓練場に来るとは思っていなかったガルシフは、訝しげにそちらを見やる。
(なんで、あの人がここに……?)
まさかの人物の登場にガルシフは驚く。朝陽に照らされた黄金が眩いほどに輝いている。ガルシフの記憶の中でその色を持つ者はひとりしかいない。その人物はどういうわけかガルシフの方に向かって歩いてくる。その麗しい顔に笑みを浮かべて。
(どうして……ユウエンが、ここにいるんだ?)
どうしたらよいのかわからず、ガルシフは固まる。その間にもユウエンは確実にこちらに向かってくる。なぜ、どうして、と混乱する頭で考えるが、答えが浮かぶはずもない。ガルシフはユウエンの顔や名前は知っているが、彼と面識があるというわけではない。彼が何を思って自分の方に向かってくるのか、まったく見当がつかなかった。
そして、ユウエンはガルシフの前に来た。
「驚いた。わたし以外にも、こんな早朝に訓練場に来る者がいたとは」
高すぎず低すぎずな声がガルシフの耳にとどく。ユウエンは開口一番にそう言った。
「君、名前は?どこ所属の騎士だ?」
ガルシフに興味があるのだろう。名前とどの団に所属しているのか聞いてきた。
「………」
しかしガルシフは今の状況を飲み込むことができず、何も反応を返せずにいた。
「ああ、すまない。いきなりだったな。わたし以外にも朝ここで鍛錬する者がいるということが嬉しくて、ついな」
ガルシフの困惑を感じ取ったのか、ユウエンがそう言う。その言葉から、彼がこの訓練場でよく朝早くから鍛錬をしていることがうかがえる。
「あ……い、いえ。こちらこそ、申し訳ありません。少し、驚いてしまって……」
相手は侯爵家の子息、貴族であるためなるべく丁寧に話す。けれど、貴族とほとんど話したこともなければ、第四騎士団では上官以外と敬語で話すこともないので、少しどもってしまった。
「俺、いや、わたしは、ガルシフと言います。所属は第四です」
「そうか、ガルシフと言うのか。わたしはユウエン・フォン・バルバロッサと言う。それでガルシフ、いきなりで悪いのだが、わたしと手合わせをしてくれないか」
本当にいきなりである。
(というかこの人、俺が平民でも気にしないのか?)
名前を名乗った時、ガルシフは家名を言わなかった。それは、つまり自分は貴族ではないと言ったも同然だ。そして、何より第四騎士団に所属していることが平民であるという証拠になってしまう。なぜなら第四騎士団には平民出身の騎士しかいないからだ。
「どうした?もし、この後何か予定があるのならば、断ってもらってかまわない」
再び反応を返さなくなったガルシフを気づかい、ユウエンがそう言った。その表情から見下しや馬鹿にしているといった感情は見受けられない。そこから思うにユウエンはガルシフが貴族ではなくても気にしないらしい。
(希有な人だ)
そんな人の誘いを断るのはなんだか申し訳なく思う。それにこんな朝早くに自分のような者に予定が入っているわけがない。
「わたしでよければ……ぜひ、手合わせをお願いします。ですが、わたしなんかがバルバロッサ殿の相手になるかどうか……」
そう言えば「大丈夫だ。軽く手合わせをする程度だから」と言われ、ガルシフとユウエンは手合わせをすることになった。
「ではさっそくだが、剣の打ち合いをしよう。それが終わったら、少し実戦的なものを。いつもはわたししかいないから君がいてくれて嬉しく思う」
二人は剣の打ち合いを始める。
ガルシフはこんな経験をすることはもう二度とないだろうと思った。今日はたまたま朝早くに目が覚め、たまたま訓練場にやってきたのだ。偶然が重なり合った結果が今である。
ユウエンと一緒にいることが嫌というわけではないが、自分からわざわざ関わりを持つ気にはなれない。ユウエンが訓練場に来ると知っていれば、おそらく自分は素振りをしようとは思わなかっただろう。そう思いながら、ガルシフはユウエンに向かって剣を振り下ろす。
「…………はっ」
重い打撃がユウエンの剣にのしかかる。そして離れては近づき、打たれては打ち返すをお互いに繰り返す。
「ガルシフ。君はいい目を持っているな」
打ち合い中にユウエンが楽しそうに言った。
「君ならば、もっと本気でやっても問題ないだろう。だから、今この時から魔術ありで手合わせ願おう。……君も魔力持ちだろう?」
「ーー……えっ」
突然、魔術ありで手合わせをしてくれと言われ、ガルシフは驚く。
(なんで、この人は俺が魔力持ちだって知ってるんだ?)
騎士団に入団してからは誰にも言ったことがないことを、なぜかユウエンが知っている。それを不審に思ったガルシフは思わず眉をひそめる。
ガルシフは別に魔力持ちであるということを隠しているというわけではない。しかし、ガルシフが魔力持ちであるということを知る者は極めて少ない。シスでさえもガルシフが魔力持ちであるということを知らない。なぜなら彼が村を去った後にガルシフは自分が魔力持ちであるということを知ったからだ。
ガルシフが魔力持ちであるということを知っているのは、孤児院の院長を含む故郷の村にいる数名の大人たちくらいのものだ。だからユウエンがガルシフが魔術を使えるということを知っているはずがないのだ。だが、ユウエンはガルシフが魔術を使えると確信しているようだった。
(なら、隠していてもしょうがない。もとより隠してるというわけではないしな。……といっても俺、あまり魔術は得意な方ではないんだが)
なぜ自分が魔力持ちであることを知っているのか気にはなるところだが、それは一度置いておく。
「バルバロッサ殿、ひとつ先に言っておきますが、わたしはあまり魔術は得意ではないので、お手柔らかにお願いします」
「わかった。危なくなったらすぐに止めることを約束する」
そう言ってユウエンは右手を軽く上に振る。
次の瞬間。
(ーー……嘘だろっ⁈普通、初っ端からこれはおかしいだろ!)
頭上に浮かぶ無数の光。それはユウエンの魔術によって生み出された光だ。それがガルシフに向かって目にも留まらぬ速さで迫ってくる。
(ああ……勘弁してくれよ……)
このままでは無事ではすまない。そう瞬時に判断したガルシフは、すぐさま自身に身体強化の魔術を施す。
そして――。
凄まじい騒音が鳴り響く。広い訓練場の地面には無数の巨大な穴があいていた。
ユウエンは魔術の光を放ってすぐにその場を退いたため、無傷である。そのユウエンは砂ぼこりが立ち込める中、誰に聞かせるわけでもなく呟く。
「ああ、やはり、わたしの勘は当たっていた」
ユウエンの視線の先には、先ほどとまったく同じ場所に悠然と立つガルシフの姿があった。
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