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第6話
内心、ガルシフは焦っていた。自分の予想では、ユウエンは様子見程度の威力の弱い攻撃魔術を使ってくると思っていたのだ。しかし、実際はあの時ガルシフが身体強化の魔術を使いユウエンの放った光から即座に逃げていなければ、おそらく、よくて大怪我、悪くて即死だっただろう。
まさか初めからあそこまで凄まじい威力の魔術を放ってくるとは思ってなかった。危うく死ぬところだった。
「すまない。わたしの勘が正しかったのか、それを確かめたかった。もちろん君が避けられないと判断した場合は、すぐに魔術を消すつもりでいた」
その言葉通りユウエンは、ガルシフがあの無数の光を避けることが不可能だと判断した場合は、即座に魔術を消し去るつもりでいた。だが消さなかった。ということはつまり、このままでも大丈夫だと判断したのだ。
(そうだとしても、もう少し威力を抑えてほしかった……)
思わず吐いてしまいそうになるため息を飲み込む。口には出さないが、文句のひとつやふたつ言ってしまいたかった。
「あの、一つ……聞きたいことがあるのですが……」
「わたしに答えられることならばかまわない」
ユウエンは素直にガルシフの質問に応じる。
「では、お尋ねしますが……。なぜ、バルバロッサ殿はわたしが魔力持ち……魔術師であることを知っているのですか?わたしは、騎士団に入団してからというもの、誰ひとりとして、自分が魔術師であるということを言ったことはありません。なのに、なぜ?」
ガルシフは自分が魔力持ちであるということをなぜユウエンが知っていたのか、それが知りたかった。すると、ユウエンはとてもあっさりとその答えを教えてくれる。
「ああそれは、わたしが魔力を感知することができるからだ」
「魔力を感知?そんなことが可能なのですか?」
「可能だ。第一騎士団に所属する者のほとんどは感知することができる。それほど難しいことでもない」
第一騎士団。そこは、精鋭ぞろいのハヴィス屈指の戦闘集団である。ひとりひとりの能力が非常に高く、優秀だ。そして、その半数以上が魔力持ちの魔術師であるという特徴を持つ。
ユウエンはその精鋭ぞろいの騎士団に所属する騎士のひとりだ。第一騎士団に所属しているということは、能力が高いということの証明になる。他の騎士団とは違い、運以外にも実力がなければ決して所属することができない。それが第一騎士団である。
(やっぱり第一に所属しているだけあって凄いんだな)
ガルシフが所属している第四騎士団だって実力がないというわけではない。けれど、第一騎士団とそれ以外の騎士団には実力の差がある。ユウエンを見ているとその差がよくわかるような気がした。
「ところでガルシフ、君は第一騎士団にくるつもりはないか?」
ガルシフが実力の差をありありと感じていると、突然ユウエンがそんなことを言い出した。
(今、なんて……?)
自分の聞き間違いだろうか。ガルシフは何度も瞬きをする。
(俺が第一騎士団に?そんな話……あるわけないだろ……)
きっと空耳だ。聞き間違いに違いない。そう心の中で自分に言い聞かせる。だが、本当は空耳でも聞き間違いでもないことをガルシフはわかっている。だからこそ、この人はいったい何を言っているのだろうと困惑の表情を浮かべる。その表情を見てユウエンは
「まあ、困惑するのも無理もないか。いきなりだからな。だが、よければ考えてみてくれ。君には力がある。きっとアシュレイの役に立ってくれるだろう」
「……アシュ、レイ……?」
どこかで聞いた名前だなと思い、思わず聞き返した。それに気づいたユウエンが
「ああ、すまない。君には陛下と言えば伝わるだろう。陛下の名前だ。アシュレイシス国王陛下。君もこの国の国民ならば知っているだろう」
その言葉にガルシフは頷く。
「ええ、まあ……」
アシュレイシス・ヴィシェヌ・ハヴィス。それがこの国の王の名前だ。前王が早逝してしまったために齢十四という若さで王位についた賢王である。
その王の名前を敬称なしで、しかも愛称でユウエンが呼んでいたことに、ガルシフは顔には出さないが非常に驚いていた。
しかし、その王の役に立つとはいったいどういうことだろう。ガルシフは疑問に思う。ユウエンはその疑問に答えるかのように言う。
「わたしは陛下に忠誠を誓っている。その陛下のためならばなんだってする。わたしは陛下に健やかで穏やかな日々を過ごしてもらいたいのだ。そのためにわたしは騎士となり、王直属の騎士団でもある第一騎士団に入団した。第一騎士団はようは陛下のために存在する騎士団だ。陛下の手となり足となり、陛下の願いを叶えるために存在する」
見上げた忠義心だと思った。
「君の動体視力は素晴らしい。おそらく、君の目が特別なのだろう。それに観察眼にも優れているようだ。わたしは、その類を見ないほど優秀な目をぜひ陛下のために役立ててほしいと思っている」
そうユウエンに熱く語られ、満更でもない気分になる。だがしかし、ただ目がいいというだけでここまで言うだろうか。それに、単なる下っ端騎士でしかない自分が、ユウエンの誘いだけでいきなり第一騎士団という精鋭ぞろいの騎士団に入ることが可能なのだろうか。
「バルバロッサ殿。どうしてあなたは、わたしにそこまで言ってくださるのでしょうか」
たまらず聞いてしまった。
「わたしはあなたに比べて能力が低い。魔術を使うことはできますが、魔力量はあまり多くありません。ただ、人よりも目がいいというだけです。それだけのわたしが、第一騎士団に入れるとは到底思えません」
探せば、いや探さなくとも、自分よりも優秀な者はいる。なのになぜ、たまたま今日顔を合わせただけの自分を第一騎士団に入らないかと誘うのか、それがガルシフには不思議でしょうがなかった。
「君の能力は素晴らしい。これでもわたしは自分には人よりも高い能力があると自負してる。そのわたしの、全力ではないとはいえ、わたしの攻撃魔術を避けたのだ。それも身体強化の魔術だけで。普通の者ならば、おそらく消し炭になっていただろう。それにガルシフ、君はわたしがここに来た時、わたしの気配に気づいただろう。実はあの時、わたしは気配を消していた……つもりだった。だが、君はわたしの存在に気づいた。君は勘もいいのだろう。そして剣の打ち合いもなかなかのものだった」
そう言われて、悪い気はしない。だが、本当に本心から言っているのだろうか。実は裏があるのではないだろうか。褒められ慣れていないガルシフは素直に喜べずにいた。
「その……そう言ってもらえて光栄です」
その言葉に精一杯の感謝の意を込める。
「ですが……やはり、わたしが第一に入るのは無理です」
「なぜだ?君ならば、十分やっていけると思うんだが。なにせ、わたしの魔術を避けたのだから。あれを避けられる者は第一にもそういない」
「いや、あの時は必死でしたので……」
一歩間違えれば死んでいたかもしれないのだ。必死に避けるに決まっている。
「それに、わたしは第四を気に入っておりますので……。とても光栄な話ですが、わたしは第一騎士団に入るつもりはありません」
トドロキあたりに「なに美味しい話を蹴ってんだよ」と言われそうだが、ガルシフにとって第四騎士団はとても居心地の良い場所なのだ。そこから離れるつもりは今のところない。だから、非常に魅力的な誘いではあるがガルシフは断った。
「そうか。まあ、わたしも君を無理矢理入れるつもりはない」
やけにあっさりと言った。
「ただ、第一は他の団に比べて団員が少ない。多くて困ることはないが、少ないのは困る。現団員数に問題があるというわけではないが、陛下の駒になる者が多いに越したことはない。特に優秀な駒はな」
(この人……今、駒って言ったな……)
「君の気持ちはわかった。だが、もし第一に入りたいと思ったら、いつでもわたしのところへ来てくれ。さすがに何もせずに入団することはできないが、わたしから団長にひとこと言っておく。おそらく君ならば団長のお眼鏡に適うだろう」
その後、ユウエンは破損した訓練場を一瞬で魔術で直し、それから「今日は楽しかった」と言って去っていった。
ひとり残されたガルシフは
「嵐みたいな人だったな……」
どこか夢うつつな状態でそう呟いたのだった。
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