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第7話
「どうしたガルシフ、朝から疲れた顔して。よく眠れなかったのか?」
訓練場から営所に戻り、汗や砂ぼこりで汚れた服を清潔なものに着替え、食堂にやってきたガルシフにロッカクがそう聞いてきた。
「いや、眠れなかったわけではない。ただな……」
まだ一日が始まったばかりだというのに、すでに一日を過ごし終えたような気分だ。それほどまでに今朝の出来事は濃かったように思う。 ガルシフは今朝の出来事についてロッカクに語る。
「……なんか、朝からすごいことしてんな、おまえ」
呆れた様子でロッカクが言う。
「というか、何をどうしたらバルバロッサなんていう有名人に第一騎士団に来ないかなんて誘われるんだよ。そもそも、そんな簡単に入れるものなのか?」
「いや、さすがに何もせずに入団することはできないと言っていた」
何をするのかはわからないが、おそらく模擬戦などをして実力をはかるのだろう。
「へぇ、やっぱりそう簡単には入れないのか」
「それはそうだろ。国一番の精鋭集団だぞ、あそこは」
「まあ、そうか。で、おまえはその精鋭集団のひとりに誘われたわけだが、その誘いを受けるつもりなのか?」
「いや、すぐに断った」
「は、嘘だろ?もったいない」
「もったいない」その言葉を聞いて、やはりもったいないのかと思った。しかし、だからといって第四騎士団から第一騎士団に所属を移す気にはなれない。王立騎士団に入団するために受けた試験や、その後の面倒な手続きのようなものがあるとするならば尚のこと。それにユウエンはそこまで本気で言っているようには感じられなかった。
「まあおれは、おまえが第四に残ってくれた方が嬉しいから、断ってくれてよかったけどな」
そうロッカクに言ってもらえてガルシフは嬉しく思う。こういう風に素直に自分の思いを伝えてくれるところがロッカクの良いところである。
「それよりさ、いや、バルバロッサの話も十分驚いたけど、おまえ、なんで今まで魔術師だってこと隠してた?」
どうやらロッカクはバルバロッサの誘いの話よりも、ガルシフが今の今まで自分が魔術師だっていうことを黙っていたことの方が気になっているらしい。
「いや、別に隠していたわけではない。ただ、言う機会がなかっただけだ。それにわざわざ言う必要もないかと思ってな」
「いや、言えよ」
ロッカクはすぐさまそう返す。
「でもなぁ、そう珍しい話でもないだろ。第四にだって多くはないが魔術師はいるし、第一にかぎってはその半数以上が魔術師だ。俺ひとりが言わなくたって問題ないだろ。言えという決まりもないしな。それに魔術は一応使えるが、身体強化の魔術くらいしか使えんしな。もともと魔力量も少ないし、魔術師って言ってもいいのか微妙なところだ」
ガルシフの魔力量は非常に少ない。そして魔術の才能もあまりない。
ガルシフは自分に魔力があると知ってから、さまざまな魔術を試してみたが、どれもまともに発動することはなかった。そんな中で唯一まともに発動したのが身体強化の魔術だった。だが、その魔術も使い勝手が一番いいからと必死に練習して使えるようになったものだった。
「もしかして、おまえ、訓練の時はいつも身体強化の魔術を使ってたのか?」
「いや、訓練の時に魔術を使ったことはない。というかここ数年、ほぼ魔術を発動した記憶がない。だから、よくもまあ今朝は失敗せずに魔術を発動できたなって俺自身が驚いている」
ガルシフは魔術が苦手ということもあって、ほとんど魔術を使わない。それこそ、今朝のようなことでもないかぎり。
ガルシフは今朝のことを思い出し、ため息を吐くのだった。
*
ガルシフとロッカクがたわいもない会話をしていた時、寝起きが悪いトドロキとリュウが遅れるようにして食堂にやってきた。
その二人にロッカクに語った内容と同じ内容を話したところ、二人とも驚いた表情をした。そして予想していた通り、トドロキに「なに美味しい話を蹴ってんだよ」と言われた。さらに今まで手合わせをして一度も勝てなかったのは、ガルシフが身体強化の魔術を使っていたせいかと言われ、それは誤解であるとすぐに訂正した。するとトドロキは少し残念そうな顔をした。
「なんでだよ。おまえ、毎回魔術使ってたとかじゃねぇのかよ」
「使ってない。そんなことでしょっちゅう使ってたら、俺が魔術の使い過ぎでぶっ倒れる」
自分の魔力量は騎士団内にいる魔術師の中でとりわけ少ない。そうトドロキに説明する。
「くそぉ。じゃあ、あれは単に実力の差ってわけかよ」
「そうだろうな」
そうガルシフが言えば、トドロキはもう一度「くそぉ」と言って、朝食を口の中にかきこんだ。
「ガルシフ、この後おれと手合わせしてくれ」
よほど悔しかったのだろう。口に物を詰め込んだ状態でトドロキが言った。
「すまん。無理だ」
しかし、ガルシフは今朝のこともあり、肉体的にというよりも精神的に疲れていたため、トドロキからの誘いを即座に断ったのだった。
*
(なんだろうか。今日はもしかして厄日なのか?)
ひとけのない廊下を歩きながらガルシフは考える。今朝のあの出来事以降、もう二度とユウエンとは関わらないだろうと思っていたが、早々に関わってしまいそうな仕事を第四騎士団の団長から頼まれた。
仕事といっても書類を第一騎士団の団長に届けるというもので、いつもならば副団長がその役目を任されている。しかし今日はその副団長が不在のため、たまたま団長の目についたガルシフが、副団長の代わりに書類を第一騎士団の団長のもとへ届けることとなった。
(帰りたい……)
今すぐ第四騎士団の営所に帰りたい。ガルシフは憂鬱な気分で廊下を歩く。そんなガルシフの目にある人物の姿が映る。
(あれは……)
その人物は背中を向けており、ガルシフがいる場所からは距離も離れているため、はっきりとした姿はわからない。それにすぐにどこかへ行ってしまったため、じっくりとその姿を見ることはできなかった。それでも、その背格好は城下の街ですれ違ったあの人物にーーシスと同じ瞳をした人物によく似ていた。
(なんで、こんな場所に……?)
ここは第一騎士団の営所である。ならば、あの人物も第一騎士団に所属する騎士ということになる。しかし、ガルシフの記憶の中にシスという名前の騎士は存在しない。もちろん王立騎士団に入団しているすべての騎士の名前を覚えているわけではないが、第一騎士団に所属する騎士は総じて有名であるため、ガルシフは団員すべての名前を覚えている。
(だけど……第一騎士団にシスという名前の騎士がいるなんていう話、一度も聞いたことがない)
必死に過去の記憶を辿り、シスという名前の騎士が第一騎士団にいたかどうかを探す。しかし、いくら思い出そうとしても、やはりガルシフの記憶の中にシスという名前の騎士は存在しなかった。
(それなら、あれはいったい……)
ガルシフは第一騎士団に所属するすべての騎士の名前は覚えているが、顔まではっきりと覚えているというわけではない。あの後ろ姿が第一騎士団に所属する誰かのものだったという可能性は大いにある。
(もしかして、新しい団員か……?いや、もしそれが本当ならば、騎士団で話題になっていてもおかしくはない)
廊下の真ん中でガルシフは頭を悩ませる。そんなガルシフに声をかける者がいた。
「そこにいるのは誰だ」
考えごとに夢中だったガルシフは、背後に誰かがいることに声をかけられるまで気づかなかった。ガルシフは勢いよく後ろに振り向く。
「なんだ、君か。今朝ぶりだな」
そこには、ガルシフがあまり関わりたくはないと思っていたユウエンが朝よりもぴしっとした姿で立っていた。
「あ、バルバロッサ殿。どうも、今朝ぶりです」
ぎこちなく頭を下げる。
「どうした、君がこちらに来るなんて珍しいな。いや、初めてか。もしかして、第一に来る気になったのか?」
「いや、そうではなくて……。この書類を第一の騎士団長殿にと……」
「ああ、なるほど。なら、わたしが団長に届けよう。今から団長のところに行く予定だからな」
「いいのですか?」
「かまわない」
第四騎士団の営所にさっさと帰りたいと思っているガルシフは、その言葉に甘えることにした。
「では……お願いします」
「ああ」
そこで会話は終わるはずだった。だが、先ほど見かけた後ろ姿が脳裏に浮かび、ガルシフはユウエンにあることを尋ねる。
「……あの、バルバロッサ殿。ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「第一騎士団に、シスという名前の騎士はいらっしゃいますか?」
「シス、という名前の騎士か……」
ユウエンはガルシフの質問を聞き、しばし考える。
そして
「──いや、すまないが、我が団にはシスという名前の騎士はいない」
と答えた。
「そうですか……申し訳ありません。変なことをお聞きしてしまって……」
「大丈夫だ。他に聞きたいことは?」
「いえ……もうありません。ありがとうございました」
「そうか。ならわたしはもう行くが、もし第一に来たい時はいつでもわたしのところへ来てくれ」
そう言って、ユウエンはガルシフの前から去っていった。
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