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第28話

 「はい?今なんて」  ガルシフは思わず聞き返す。  「ご懐妊でございます」  すると、王族専属医師であるロードルが再び答える。ガルシフは意味がわからず、何度もその言葉を脳内で繰り返す。  「ご懐妊……先生、あの俺、男なのですが」  男の身でありながらご懐妊とはいったいどういうことなのか。  昨晩、喜びに興奮したシスによりいつもよりも激しく抱かれたガルシフは、久しぶりに次の日まったく動くことができないという体験をした。その体にはシスに愛されたという証がこれでもかとついており、何というか色々と痛々しい。その状態を申し訳なく思ったシスが自分付きの医師であるロードルを呼んでくれた。しかし、そこで判明した驚きの事実にガルシフの脳内はパンク寸前だった。  それに前に医者に診てもらった時はそんなこと一言も言われなかった。そうロードルに言えば、竜について知識がない医者だから仕方がないと言われた。  ガルシフの隣には無言で佇むシスの姿がある。何を考えているのか、その眉間には深い線が刻まれている。しばらくはその状態が続き、それからシスは小さく頷いた。  そしてーー  「結婚しよう」  突然だった。何を思ったのかシスがそう言った。  「へ?結婚」  いったい誰と誰が。混乱のあまりガルシフは素っ頓狂な声を出す。  「そうだ、結婚だ」  「俺とシスが」  「ああ、おまえと私が」  シスは当然とばかりに繰り返す。どうやらシスの中ではすでに決定事項のようである。だが、ガルシフは意味がわからず焦る。  「いやいやいやいや、待て、待つんだシス」  ただでさえ、意味のわからないこと続きなのに、これ以上は理解が追いつかなくなってしまう。ガルシフはシスを制止する。  「結婚の話も大事だが、まずは子どもの話をだな……えーっと、何というか、その……」  どう言えばいいのかわからない。けれど、このまま何も言わなければ何もわからないままシスと結婚することになる。まずは男の身でありながら子を孕んでいることについて聞かなければとガルシフは思った。  「おまえは、その、驚かないのか。俺の腹に子どもがいることに」  恐る恐るそう聞けば、シスはきょとんと不思議そうな顔をした。  「もちろん驚いているとも。だが、それ以上に喜ばしいと思っている」  シスはロードルを呼ぶ。ロードルはシスの言わんとすることを瞬時に理解し、ガルシフに説明する。  「ガルシフ様、確かに普通は男は子を産むことはできません。しかし、竜の子孫たちはそれを可能とするのです」  この国の中でも一部の者しか知らない話。実は竜は性別に関係なく相手を孕ますことができる。ただし、それはツガイ契約を行った後のことで、ツガイ契約をする前は起こり得ないことである。つまり  「ええ、そうです。陛下とガルシフ様はすでに契約を結んでいる状態になります。ただ……」  そこで一度、ロードルが言葉を切る。  「ただ、お二方の契約は未だ未完全の状態です」  未完全であるからこそ、二人は互いの居場所を感じることができず、またシスはこれまで何度か熱を発散させるために幾人かの相手を抱こうとしたが、そのすべての相手に対して拒否反応を起こしていた。  「どうも初めて魔術を使ってガルシフを治した時に無意識にツガイ契約を行っていたようでな、幼かったということもあるがあの時は無我夢中で私も詳細には覚えていない。ロードルに言われるまで、私がすでにガルシフにツガイ契約をしていることに気づかなかった」  シスはあっけらかんとそう言う。    「ちなみに、ツガイ契約は双方の承諾を経て初めて完全に結ばれる。私はすでに了承しているからあとはガルシフ次第だ」  「俺次第……」  「そうだ。だが、おまえが私のツガイになってもいいと思ったらでいい。無理に急ぐ必要はない」  シスは安心させるように微笑みを浮かべる。対してガルシフは本当にそれでいいのだろうかと不安そうな顔をする。  そんな二人の様子をロードルは生暖かく見ていた。  きっと、そう遠くないうちにガルシフはシスの本当のツガイになるだろう。ロードルはそう確信していた。なぜなら  (ツガイ契約が未完全でありながら同性同士で子ができることはまずない。にもかかわらず、ガルシフ様は懐妊なされた。おそらく無意識のうちにガルシフ様は陛下を受け入れていたのだろう)  未だ完全にツガイ契約が結ばれたわけではない。けれど、ガルシフは妊娠した。それが答えである。  不思議なことに竜は想い合っている同士でなければ子ができない。愚かなツガイによって愚者に成り果てた竜たちには不思議と子がいなかった。ロードルが読んだ文献にはそう記されていた。  「ガルシフ様、安定期に入るのはもうしばらくは先でしょう。その間、無理は禁物です。そして陛下、くれぐれも今後は昨日のような行為は控えてください」  安定期に入るまでは激しい行為は禁止だとロードルは言った。安定期に入った後ならば、そこまで激しくなければ性交してもいいとも言われ、シスは喜び、ガルシフは頬を赤らめながら何とも言えない顔をした。  「それでは、そろそろわたしは失礼いたします。陛下、ガルシフ様に無理だけはさせないでくださいね」  ロードルは何度もシスに念を押し、部屋を出て行った。  それからの二人の関係は変わったと言えば変わったが、変わっていないと言えば変わっていなかった。  相も変わらずシスはガルシフにべったりで、そこに過保護が加わった。ガルシフが少しでもシスから離れれば、転移魔術を使いすぐにガルシフのもとへ行く。ガルシフが悪阻で苦しそうにしていれば、いついかなる時でもロードルを呼ぶ。そんなシスの行動をガルシフは鬱陶しく思うこともあるが、同時に嬉しくも思う。  周りはそんな二人の様子を微笑ましく見守っていた。  「そう言えば、昨日ユウエン様に会ったんだけど……」  ふと、昨日のことを思い出す。  「ユウエンに嫌なことでも言われたか」  すぐさまシスはそう返してきた。それに対してガルシフは首を振った。  「いや、なんか謝られた」  昨日、たまたまシスがいない時にガルシフはユウエンと会ったのだが、気まずさもありこれまでなかなか話しかけることができなかったガルシフにユウエンが突然謝ってきたのだ。  「今更、何を言おうが言い訳になるが、アシュレイの様子に我慢ができなくて」  ユウエンはいつまで経っても自分の気持ちを伝えないシスに呆れていたそうだ。はたから見ればガルシフをどう想っているのかダダ漏れなのに、その気持ちを伝えようとしないから発破をかけたそうだ。確かにガルシフに対しても思うところはあったそうだが、それに対してもユウエンは謝ってきた。  「これまですまなかった、ガルシフ」  「ちょ、頭を上げてくださいユウエン様」  ガルシフは自分にも問題があったことを理解している。理解していながらそのままにしていた。だから謝らなければならないのは本当は自分の方であるとユウエンに伝えた。  「いや、ガルシフは悪くない」  「いえいえ、俺にも問題はありました」  このようなやりとりが何度もあり、最終的にガルシフとユウエンは和解した。そして  「今後は私が陛下とガルシフ、そして二人の御子をお守りしよう」  そう言われたのだった。  「そうだな、さすがに次期王妃を王の護衛騎士のままにしとくわけにもいかない。確かにユウエンが適任であるな」  その言葉を聞いてガルシフもユウエンが適任だと思った。いつになるのかまだ決まってはいないが、シスは時期を見てガルシフからユウエンに護衛騎士を変えると言った。  そして、先程の言葉でわかる通り、ガルシフ は王妃になる。本当ならば側妃になることも難しいはずなのに、シスはガルシフを王妃にすると家臣たちの前で言い放った。当然、反対の声も上がったが、ガルシフが妊娠していることを伝えれば多くの者が黙った。先代のこともあり、このままシスが妃をひとりも娶らないと思っていた者たちも多くいたため、次代の存在に大半の家臣たちは歓喜したのだった。  「ぜひとも誕生祭でおまえが王妃になることをほかの貴族たちにも伝えねばな」  にやりと悪い笑みを浮かべてシスが言う。シスの妃の座を狙っていたご令嬢たちには酷なことだろうなとガルシフは苦笑いをした。それと同時にガルシフは思い出す。  (あ、まずい。まだシスに何を贈るのか決めてない)  ハヴィスでは誕生日に贈り物をおくる習慣があり、今年こそガルシフはシスに贈り物を渡すと決めていた。しかし、最近色々とあり過ぎて未だシスに贈る物を決めていなかった。  (いったい何を贈ればいいんだ)  ガルシフは悩む。シスはこの国の王である。願えば大体のものは手に入るし、そもそもシスが欲しいものがわからない。  ガルシフは唸る。そんなガルシフの様子をシスは不思議に思う。  「どうしたんだ、ガルシフ」  その声にガルシフは閃く。  (いっそのこと、本人に聞いてしまおう)  ガルシフはシスに何が欲しいかを聞くことにした。  「シス、誕生日に何が欲しい?」  その言葉に一瞬シスはぽかんとするが、それからすぐになるほどなと納得し、ガルシフのまだ膨らんでいない腹を優しく撫でた。  「もう、欲しいものは貰った」  それはそれは大切なものを。だから、何もいらないとシスは言った。  そしてーー  「ちょ、いきなりどうした!」  驚きにガルシフが声をあげる。シスが思い切りガルシフを抱きしめた。  「ガルシフ、私を見つけてくれてありがとう。私のそばにいてくれてありがとう。この世界の誰よりもおまえのことを愛している」  シスが本当に愛おしそうにガルシフに言った。ガルシフもそんなシスを愛おしそうに見つめながらその言葉を返す。    「俺もシスを愛してる」    一年後、二人は結婚式をあげた。子どもも無事に産まれ、ガルシフは王妃となり、王であるシスを隣で支えた。そして、二人は最後の最後まで互いを愛し続けたのだった。

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