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2話 二人の部屋、待ち受ける人、そして
そしてしばらく二人で談笑しつつ、ゆっくりとした時間を過ごしていると、館内に到着を知らせるアナウンスが流れた。
「お、着いたっぽい!降りよっか。立てる?」
詩音は今度こそ席を立つと、未来に手を差し伸べた。未来は素直にその手を取ると、よろけつつもゆっくりと立ち上がった。
「えへ…飲み過ぎちゃって、ごめんね?行こう」
外へ出ると、痛い程の陽射しが二人を襲った。雲一つない青空、影など自分たちのもの以外存在しない。
到着したここは、正真正銘「南の島」である。あまりの眩しさに二人して胸元のサングラスを掛けてしまう。
「ま、眩しい…これはやばいね…」
「一気に酔い覚めたかも…眩しいね…」
などと二人で繰り返しながら、係員の指示に従いフェリーを降りる。
降り立てば、足元のアスファルトがジリジリと音を立てそうなほどに太陽に焼かれていた。
荷物ももう外に出してあるようで、二人分の荷物を詰めた派手なピンクのキャリーケースはすぐに見つかった。その近くには先ほど詩音に声を掛けたスタッフも何故かいるようだ。
「詩音様、白鶴様、船旅お疲れ様でした。お荷物はこちらです。では、楽しんで」
彼は荷物を詩音に手渡すと、また丁寧に頭を下げた。
聞きなれない恋人の呼び名に、未来は頭を傾げる。また詩音に聞いてみようとも思ったが、またはぐらかされる気がして遠慮しておいた。
到着した港からホテルは程近く、チェックインもすぐにできると案内があった。厳しすぎる陽射しを浴びながら、二人でゆったりと海辺を歩いていく。
「暑いけど、都心に比べたらまだマシかもね、砂浜はコンクリートの熱とは違う感じ」
「うん、カラッとしてて…少し、気持ちいいかも」
ホテルが近付くにつれて視界は白い砂浜と青い海が支配していくが、何故だか海水浴客などはいないようだ。
「海水浴してもよかったけどこの陽射しじゃなー、微妙じゃない?」
「でも、ホテルにプール、あるって…ちょっと楽しみ」
「お、みくちゃんがそういうこと言うの、珍しいんじゃなぁ〜い?」
「そ、そう?かな…」
揶揄うように未来の顔を覗き込む詩音。未来は照れ臭そうに笑っていた。
というのも、未来は詩音の水着姿が気になっているからであるが。
無事ホテルに到着すると、ホテルマンが二人を出迎える。
「葛葉様、お待ちしておりました。お荷物を部屋までお運びしておきますので、チェックインをどうぞ」
詩音は慣れた様子で荷物を渡すと、これまた慣れた様子で受付に向かう。手持ち無沙汰になった未来は、フロントのソファに座っていた。
するとそこへ、一人の男性が近付いて来た。顔を見るに、フェリーから降りた時に荷物を手渡してくれた男性のようだ。
「白鶴未来様ですね」
「あ…はい、えっと…」
「わたくしは葛葉家の執事を担当している者でございます。どうぞお見知りおきを」
「よ、よろしく、お願いします…」
上品な仕草で頭を下げる初老の男性─その執事の態度に、未来は緊張さえしてしまう。
「貴方様の話を詩音様からお聞きした際はとても驚きました…とはいえ貴方様方の邪魔をするつもりは到底ございませんので、ご安心を。…詩音様のこと、よろしくお願い致します」
そう言って彼はまた丁寧に頭を下げる。未来も同じように頭を下げて、それから上げると、彼の姿はもうなかった。夢のような、長いようで短い、一瞬の出来事だった。
「みくちゃん、チェックインしてきたよ〜!俺たちしかいないからプールも大浴場も使い放題だって!…あれ、どうしたの?嬉しくない?」
ぼーっとしていた未来に詩音が心配そうに声をかける。未来ははっと気を取りなおすと、顔の前で両手を振りながら
「そ、そんなことないよ!お風呂も、プールも、楽しみ」
とにっこりと笑った。
部屋はホテル最上階の真ん中辺り、つまりオーシャンフロントのスイートルームを予約しているらしい。
広い館内を、手を繋いで歩いて行く。照明やインテリア、扉の一つ一つまでが豪華な造りで、ここがリゾートホテルであることを未来は実感する。
カードキーで鍵を開けると、まず涼やかな風が二人を迎えた。さすがはリゾート、もう部屋は適温まで冷やしてあるようだ。
それから廊下にあるガラス張りのシャワールームとバスルームはおしゃれなタイルが貼られており、その奥にまた広い部屋が広がる。スイートというだけあり、寝室とリビングは大きく繋がっているようだ。
寝室には寝心地の良さそうな大きなベッドが二つあるが、一つだけでも二人で寝て余りある。隣の広いリビングにはふかふかの大きなソファが鎮座しており、テーブル、テレビ、レンジに冷蔵庫など必要なものは一通り揃っている。
眺めももちろん良く、大きな窓の外には先程まで自分たちが歩いて来た海辺が美しくきらめいていた。
「さ、ようこそ〜」
「よよよ、ようこそ、って…こんな、広い部屋……!」
詩音は上機嫌で中に入るが、未来はまだ入り口で面食らっているようだ。詩音は荷物を転がしながらどうしたの?と言わんばかりに未来を見つめている。
「お任せする、っては、言ったけど…ぼく、そんなおかね」
そこまで言ったところで、詩音が人差し指で未来の口を塞いだ。
「大丈夫、ぜーんぶ俺の奢りだから!」
「でも…そんな、悪いよ……」
「んーん?大丈夫なの。何も気にしないで、今は楽しんでほしいな」
思わず俯く未来。詩音はそんな未来を全力でギュッと抱きしめながらそう言うと、顔を覗き込んで鼻先にキスを落とす。
そしてもう一度、大丈夫、と囁いた。
大切な人とはつくづく不思議なものだな、と未来は思う。先ほどまでの不安や申し訳なさが、そのキス一つで、大丈夫の言葉で、ゆっくりと溶けていくのを感じる。楽しんでほしいと言われたからには、楽しまないわけにはいかないな、なんてことも思ってしまう。
「…うん、わかった。ありがとう詩音くん」
未来はそう言いながら、ふわりと微笑んで見せた。
それからリビングに入り、二人で大きなキャリーを開く。詩音は荷物の中に一つ、入れた覚えのない袋があることに気づいた。
「ねえみくちゃん、俺らこんなん入れたっけ?」
中身の見えないその袋を引っ張り出し、未来に見せる。すると未来は今まで感じたこともない力でその袋を奪い取り、自分の後ろに隠した。
「ぼ、ぼくが!入れた、かも、ね?えっと…秘密!!」
いつになく必死な様子に、はて、と首を傾げる。
そこまでするということは、よほど見られたくないものなのか。まだ秘密があるということなのか。
「そっか、ごめんね出しちゃって」
大事なものだったよね、と申し訳なさそうに言いながら詩音は荷物の整理に戻る。二人の間の空気は珍しく淀み、次の言葉に詰まってしまった。
その沈黙を破ったのは、珍しく未来であった。
「詩音くん!あの……プール、行かない…?」
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