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5話 選び取った未来
「…あのさ」
そして。
意を決したように顔を上げると、少しだけ震える声で未来に呼び掛けた。
「俺、みくちゃんにちゃんと話さなきゃいけない。俺のこととか…今後の、こととか」
また先程のような、それよりも強く、真っ直ぐに未来の紫の瞳を見つめて、捉えて離さない。未来は小さな不安を胸に抱きつつ、小さく頷いた。
「…あのね。俺実は、御曹司ってやつなんだ。まあ要するに金持ちってことなんだけど…薄々気付かれてたかな?黙っててごめんね」
申し訳なさそうに、ゆっくりと言葉を紡いでいく詩音。未来は、その言葉を聞いても特段驚きはしなかった。
ここまでもてなされて気付かないわけがない上、彼の普段の言動からもそれは見て取れていたから。
彼の金銭感覚でも今回は特別な旅行だった、というのは分かっているが。それよりも気になるのは、これから先のことだった。御曹司ということは、跡を継ぐ話だって出てくるかもしれない。その時彼は何を選ぶのだろう、その時自分は、彼の隣に選んでもらえるのだろうか。
「それで、今の会長が爺さんで…」
説明しようとして、ぴたりと口を閉じる。次に視線を合わせた詩音の瞳は、決意に満ちていた。
「それはいいか。まあ何、端的に言うとさ、俺…跡を継ぎます。だから…」
「だから…僕とはお別れ?これが、最後?」
ハッと気が付き口を閉じ手で覆ってもすでに遅く、大きくなった不安が口をついて出てしまった。思わず詩音を見れば、驚きに目を見開き固まっている。
「あ、あの…ごめ」
「いや待って!違う、誤解してる!誤解してるよみくちゃ〜ん!」
詩音もまたハッとしたように動き出し、ガタガタと音を立てて立ち上がると未来の方に歩み寄り肩を抱いた。
「ごめんね、俺が変な言い方したから…」
「じゃあ…ちがう、の?」
「うん違うよ、逆」
詩音は優しい声で続ける。
「美容師目指すの諦めろって言われたから、じゃあみくちゃんと一緒にいられるなら跡継いでやるよってじじいに言ってやったの」
頭を寄せ、抱いた肩をさすりながら、言い聞かせるように。
こっそり未来の表情を窺うと、今にも溢れてしまいそうなくらい瞳に涙を貯めていた。
「あーほら、泣いたらメイク崩れちゃうよ?あのね、だから…これからも、俺と一緒にいてくれますか?」
思いもしなかった言葉に驚き、胸が熱くなるのを感じる。思わず詩音の方を向けば、彼は照れくさそうに笑っていた。
「そんな、そんなの…当たり前、当然、だよ…」
心と目頭に喜びが込み上げてくる。思わず一粒の涙を溢すと、それに詩音が口付けたのが気恥ずかしく、それ以上は泣かないようにと歯を食いしばった。
「よかった!」
それから。詩音がポケットに手を差し込み何かを取り出すと、未来の手を取りその上に転がした。
「嫌って言われたらどうしようかと思ったけど…これ、よかったら着けて?俺とお揃い」
手のひらを見ると、銀色の指輪が転がっていた。表面はつるりと輝きながらシャンデリアを照り返し、内側には小さなピンク色の石がはめ込まれている。
詩音は自分の右手の中指に着けていた指輪を取ると、石の部分を未来に見せた。
「俺のが紫。みくちゃんのがピンク。よかったら、じゃないな…着けてほしい、今」
詩音は自分の指輪を付け直しながら言うとその手から指輪を取り、もう片方の手で未来の右手を取り、いい?と首を傾げた。こくりと頷くと、中指にゆっくりと指輪が収まっていく。いつの間に測ったのか、サイズはぴったりだった。
「嬉しい、今までで、一番嬉しい…ありがとう、詩音くん」
「どういたしまして」
嬉しさにまた涙が溢れそうになったが、詩音がメイク崩れちゃうって、と言いながらハンカチで拭ってくれた。
しかし、未来はある事に気付き焦り始めた。
「あ!あの、詩音くん、実はね…僕も用意してて、プレゼント」
でも…とまごつきながらクラッチバッグから小さな箱を取り出す。手のひらに収まるくらいのサイズのその箱、中身が何かと想像することは容易で。
「えっと、かぶっ、ちゃった…」
「もしかしなくても…指輪、だねえ」
「うん…そうなんだ…」
箱の中に細いリングが二本収められているのを二人で確認する。そして、顔を見合わせてくすくすと笑い合った。
「えー、おっかしい…二人して同じこと考えてさ」
「でも、お揃いが増えたの…僕は嬉しいよ」
「そうだねえ、うん。こっちはネックレスにしよっか?」
詩音の提案に未来がこくりと頷く。また顔を見て笑うと、詩音は自分の席へと戻って行った。
タイミング良く…おそらく見計らってのことではあるが、ウェイターがデザートを手にやって来た。
「デザートのティラミスでございます」
二人の前に一つずつ小ぶりのカップを置く。エスプレッソの染み込んだスポンジとチーズクリームとが織り成す層が美しい。
「あー、笑ったなあ…これからもよろしくね、みくちゃん」
「うん、こちらこそ、よろしくお願いします」
やがて二人の幸せなディナーの時間は終わりを告げるが、それでも。
たった一年の、たった一夜が終わっただけ。二人の未来は始まったばかりで、きっとほろ苦くも優しく甘かったティラミスのように、ゆっくりと時を重ねていくのだろう。
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