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第1話 輿入れですか?
1ー1 淫魔の血✳
俺は、うずくまって自分の体を抱え込んで息を殺してただ時が過ぎるのを待っていた。
俺の背後から俺の腹に手を回して覆い被さって息を乱している男の気がはやく静まることを祈りながら。
うずくまった俺の背に被さって鼻息荒く俺の首もとの匂いを嗅いでいる男は、俺の実の兄だ。
いつからだっただろうか。
俺より3歳年上の兄ギードが俺の匂いを嗅ぐようになったのは。
普段は、俺や母さんには近寄ろうともしないくせに、時々、俺をこうして馬屋やら倉庫の暗がりに連れ込んで無理矢理匂いを嗅ごうとするのだ。
こういうときの兄には、逆らうことはできない。
逆らえば殴られる。
だから、俺は、すぐに兄の好きなようにさせることにしたのだ。
兄は、飢えた獣のように激しい息づかいでかがみ込んだ俺の項の匂いを嗅いでいた。
時々、首筋に冷たい水滴が垂れてくるのは、おそらく兄の唾液だろう。
兄は、狂ったように俺の項の匂いを嗅ぎながら手淫していた。
俺は、もう驚いたり騒いだりすることはない。最初の頃、兄の行動に驚いて抵抗して酷く殴られたことがあった。
「お前が悪いんだぞ、アンリ」
兄は、そう言いながら俺の匂いを嗅いだ。
「俺の言う通りにしないお前が悪いんだ」
それからは、もう、抵抗することを止めた。体を固くして目を閉じて堪えるしかない。
ただ、はやく終わることを祈るだけ。
でも、最近は、兄は、なかなかいくことができないようだった。
そんな兄の様子に俺は、不安を感じていた。
このまま匂いだけですんでいればいいが、万が一にもそれ以上のことをされることになったら。
俺には、兄弟であること以外にも兄を
拒まなければいけない秘密があった。
もしかしたらそれが、兄の奇行の原因となっているのかもしれない、と思いつつも俺が隠すことしかできない秘密。
それは、俺がアンギローズという特別な存在だということだった。
アンギローズ
それは、淫魔と呼ばれるもの。
人間でありながらも、魔物のように嫌悪されるものであるそれであることがわかれば俺は、最悪生きてはいられないだろう。
アンギローズとは、魔性の存在だ。
人を越える力を持つことと引き換えに人を惑わしその精気を吸収する業を持つアンギローズを人々は、忌避してきた。
アンギローズであることがばれれば、きっと俺は、この屋敷を追われることになる。
別にそれはかまわない。
俺からすれば、こんな屋敷で使用人同様に働かされて食事もまともに与えられない生活なんてなんの未練もない。
だが、俺には、そうすることができない理由があった。
それは、俺の母のこと。
病弱で気弱な母は、きっとこの屋敷を追われたら生きてはいけないだろう。
だから。
母のために俺は、こうして堪え続けなくてはいけないのだ。
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