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第2話 輿入れですか?
1ー2 嫁入り✳
「んぐっ!」
突然、兄に項に噛みつかれて思わず声が出てしまう。
兄は、夢中で俺の首を噛みながら欲情を迸らせた。
暗闇の中、兄の切なげな呼吸音が聞こえていた。
しばらくして落ち着くと兄は、ようやく俺から体を離した。
「すまないな、アンリ。痛かったか?」
兄は、身なりを整えながら俺の項にそっと触れる。優しく撫でられて背筋がぞっと冷たくなって思わず払い除けてしまう。
「アンリ?」
咎めるような兄の声に俺は、びくっと体を震わせた。
殴られる!
俺は、ぎゅっと目を閉じて身構えた。
だが、兄は、俺の頬をそっと撫でただけで俺を殴ることはなかった。
俺は、兄から解放されるとすぐに裏の井戸へと向かった。
薄汚れたシャツを脱ぐとすぐに頭から水をかぶる。
季節は、冬。
井戸の水は、冷たかったがそんなことより兄の形跡をはやく消してしまいたかった。
俺は、2、3回水をかぶるとはぁっとため息をつく。
いったいいつまでこんなこと続くのか。
俺は、さっき兄に噛まれた項に触れた。
じくじくと痛むそこは、熱をもっていて血も滲んでいた。
俺は、さらに水をかぶって傷を洗うと目を閉じる。
ぽぅっと体が暖かいものに包まれ、首の痛みがすぅっと消えていくのがわかった。
「ほんと、便利だよな。魔法って」
俺は、魔法で傷が癒えたのを確認するとついでに濡れた体も乾かしてシャツを身に付けた。
屋敷の裏庭にある俺と母の暮らしている離れに戻るとなぜか、そこに父の姿があった。
久しぶりに見た父は、にやにやといやらしい笑いを浮かべて俺を向かえた。
「喜べ、アンリ」
うん?
俺は、嫌な予感にそっと母をうかがう。
母さんは、当惑した様子で俺を見ていた。
なんだ?
父が俺の肩をぐっと掴んで俺を覗き込んだので俺は、顔をしかめてしまう。
だって、この人、息が臭いから!
だが、父は、かまわずにやにやしながら俺のことを舐めんばかりの勢いで見つめてきた。
「お前の嫁入り先が決まったぞ!」
はい?
俺は、ぎょっとしていた。
まさか、俺がアンギローズだってことがばれた?
俺は、母さんの方をうかがう。
母さんは、顔を横に振った。
どういうこと?
俺がアンギローズだってばれたから嫁にとか言ってるんじゃないの?
俺も母さんと同じく困惑して父を見上げる。
父は、その賎しげなにやにや笑いを浮かべたまま俺のことをぎゅっと抱き締めた。
「よかったな、アンリ。玉の輿だぞ。喜びなさい」
俺は、父の腕に抱かれて気持ち悪さにえずきそうになっていた。
この男が俺を抱き締めたのは、俺が俺になってから初めてのことだ。
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