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第4話
朝だ、と思って目が覚めた。
ここはどこ?いまはいつ?おれは……ジューノ=カンピドリオだな。それはわかる。
アヴェンティーノ伯爵家へと向かう途中で発情期を迎えてしまったのは思ってもみないトラブルだった。
それで、それで……
「うわぁぁあああ~~~!」
なんてことだ。はじめてを見知らぬアルファに……ちがう。おれの伴侶になる人の兄なんかに捧げてしまった!!
まさかマウォルス様がアルファだったなんて、発情期に入るまで全然分からなかった。ベータ以外の人に初めて会ったからな……
たぶんおれのフェロモンのせいで、ラット?っていう状態に入っていたんだろう。アルファも発情するって本に書いてあった。だから、あの事故はおれのせいでもある。
はぁ。やっちゃったよ……
ゴロゴロと寝台の上を転げまわりながら、ふと痒いなと思って首の後ろに手で触れた。
「え?ま、まさか……ぎゃーーーーー!」
「ジューノ!どうした!」
見知らぬ部屋の扉がバタンと開き、おれを悶絶させている張本人が走って現れた。
一緒に移動していたときと違って、紺色の騎士服を纏っている。そのやけにガタイの良い男を目に入れた瞬間、おれは起き上がってもう一度叫んだ。
「勝手に番 にするなんて……ふざけんなぁぁあああ!!」
まっさらだったおれの項には、どう考えても噛み跡としか思えない大きなカサブタができていた。
性行為に及んだのは、まぁ仕方ない。目の前にアルファがいると気づいたとき、どうしても欲しくなって抗えなかった。本能、こわ……
しかし曖昧な発情期中の記憶を掘り起こしても、ぜったいにおれは同意していない。……たぶん。
もはや敬語なんて使うどころじゃなかった。怒りをぶつけていないと、絶望してしまいそうだ。
マウォルス様は碧い目を伏せて申し訳なさそうに謝りながらも、ここが王都にある自分の屋敷であることを告げた。
は?王都??
宿で発情期を終えたあと、眠るおれをここまで連れてきたらしい。伯爵領でもない、マウォルス様個人の屋敷だ。
もう一度言わせてもらおう。
「は??」
マウォルス様はおれがどれだけ罵倒しても謝るだけで、おれを本来の目的地へと連れていくとも、ディアーナ様に連絡を取ってくれるとも言わない。
そして屋敷の中は自由に行動していいとだけ言い残して、騎士団の仕事があるからと出て行ってしまった。
ひとりになって、いまだ寝台の上から動けないまま途方に暮れた。
これまでずっと薬にも頼らず発情期を我慢して乗り越えてきたのは、安定した結婚相手のアルファにはじめてを捧げ、番にしてもらうためだった。
それなのに、おれの夢がもうすぐ叶う、というところで別の人によって番にされてしまったのだ。
そんなの、そんなの……ひどい。これからどうすればいんだ。目の前が真っ暗になった気がした。肩が揺れ、目頭が熱くなる。
ひっく。ぐす……
ぼろぼろと流れ落ちる涙もそのままに、おれは絶望に身を浸らせた。
マウォルス様が仕事でいないあいだ、この家の侍女や家令といった人たちが、代わるがわるおれの様子を見にきた。
湯浴みの準備をして、着替えを用意して、食事を運んできてくれる。おれが発情期の間に求めていた世話はこっちだったのだ。間違っても下の方の世話じゃない。
おれの頼み方が悪かった?どんな言い方したっけ……?
でもでも!……やっぱり悪いのはマウォルス様だ。
発情期を抜けて身体は元気だったけれど、食欲なんてなくて食事もほとんど残してしまった。自分の家にいたときは、もったいなくて食事を残すなんてあり得なかったのに。
ショックで寝込んだまま一日がすぎ、マウォルス様も仕事から帰ってきていないのか会うこともないまま眠れない夜を迎えた。
目を閉じても眠気はやってこない。どうしてこんなことになってしまったのか、考えても考えてもわからない。もうディアーナ様の番になることはできないのだと思い至るたび、涙があふれた。
ディアーナ様からすれば、おれが裏切ったようなものだ。婚姻の申し入れをしてくれたのに、違うアルファの……ましてやディアーナ様の兄と番になってしまうなんて。
少ない知識からの想像だが、番というのはもっと相手を無条件に愛おしく感じるものだと思っていた。ところがどうだ。おれはいまもマウォルス様に対して、怒りしか湧いてこない。
その前は緊張感と畏れだった。それが後に起こることの前触れだったのかと今さらながら思う。
真夜中を過ぎたころ、ふいに部屋の扉がカチャ……と開いた。部屋が静まり返っていたからこそ聞こえた小さな音だ。
おれは不思議とそれがマウォルス様であると分かった。彼は部屋の入り口付近から、おれが横になっている寝台を見つめていた。
身じろぎもしないまま息を殺していると、彼はそのまま出て行った。……なんだったんだ?でもいまは会いたくない。なにを聞いてもはぐらかされるのがわかってたし。
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