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第5話

なんの変化もないまま、おれはマウォルス様の屋敷で日々を過ごした。 避けられていることをわかっているのか、マウォルス様は毎日夜中に部屋の扉あたりで佇む以外は近づこうとしなかった。 おれは徐々に食欲を取りもどし、屋敷の中を自由に歩き回る。庭までは出ることもできたけど、入口の門は固く閉ざされているように見えた。ここを出たところで、当てもない。 不本意に番にされてしまったことには未だ憤りを感じるし納得いかないけれど、なってしまったものはどうしようもない。こうなったら責任を取ってもらおうじゃないか。 せめてもの救いは、いまの暮らしがおれの理想としていたものに近いということだった。必死になって働かず、一日三食昼寝付きだなんて贅沢三昧している気分だ。 気付けば着せられていた服も毎日用意される着替えもすべて上等なもので、着心地がいい。食事だって、おれが食欲のないときに手を付けた料理や食材から、気に入りそうなものを頻繁に作って出してくれる。おかげで毎日好きなものを食べられている。 ここの使用人は気遣いに長けていて、これぞ貴族の屋敷にあるべき姿だと実感した。 理想はそこにパートナーがいて、相思相愛とまではいかなくても仲良く一緒に暮らしていけることだ。しかしいまだって十分に至れり尽くせりなんだから、それ以上の贅沢は言うまい。 外の状況はまったく分からないが、幸か不幸かおれは引きこもりに慣れていた。当たり障りない内容に限るものの、使用人が会話の相手もしてくれる。 唯一の懸念事項のために、ここへ来てひと月ほど経ったころ、おれはマウォルス様を捕まえた。 捕まえ方は簡単だ。夜半の訪れのときに寝たふりをやめるだけ。 「マウォルス様!逃げないでください!……話があります」 「……わかった」 なにやら覚悟を決めたような顔をするマウォルス様は、寝間着にローブを羽織っていた。胸元から見える逞しい胸筋につい視線を引き寄せられてしまうけど……体格がいいから物珍しいだけだ。 深い色の碧眼に上から見下ろされると、また訳もなく背筋がピリピリと痺れた。この緊張感はなんなんだろう? 部屋の明かりを灯し、俺たちは向かい合ってソファに腰かけた。 「これが事故だったのなら、もういいです。納得はしてないけど……。マウォルス様は責任を取っておれを養ってください」 「すまない……。もちろんそのつもりだ」 おれは項を指さして告げた。長いシルバーの髪に隠れているが、かさぶたがなくなっても噛み跡はくっきりと残っていた。 「あと、おれを放置してくれるのは構わないのですが、オメガには三カ月に一度ほど発情期が訪れます。その相手もあなたの考える『責任』に含まれていますか?」 「っ。――そう、だ」 「毎日お仕事が忙しそうですが、休みをとってちゃんと付き合ってくださいね。あと!避妊薬を用意してください」 初体験のとき、たくさん子種を注がれたのに子どもができなかったのは運がよかった。そもそも子どもができる可能性については混乱して思いつきもしなくて、先日やっと思い至ったおれは慌てて医者を呼んでもらったのだ。 発情期にアルファの精を受けることでオメガは心身が安定する。番であればなおさらだ。しかし、その期間の妊娠率がとても高いらしい。 おれはいつか伴侶となるアルファとの間に子どもを授かるために、今まで薬に頼らず発情期を乗り越えてきた。でも、いまは……そんなことまで考えられなかった。 マウォルス様はしばらく躊躇っていたものの、おれが「ね?」と駄目押しするとしぶしぶ頷いた。えー……もしかして、子ども欲しいのかな?自分勝手すぎない? 兎にも角にも、そうしておれは安定を手に入れた。マウォルス様とはふだん顔を合わせることもなく、のんびりした生活を満喫している。 特に書斎はお気に入りで、朝から晩まで読書にいそしみ書斎にこもることもたびたびあった。たまにそのまま眠ってしまってしまうこともあったけど、朝はちゃんと自分の寝台で目覚める。 使用人の男性が運んでくれているのだろう。ちょっと申し訳ないけど、ありがたい。 そして発情期を迎えると何かを察知するのか、呼ばなくてもマウォルス様はおれの元を訪れる。 そのときばかりは理性もどこか遠くへ行ってしまい、番との性行為に没頭した。マウォルス様と繋がると、おれの中のオメガ性が歓喜するのだ。やっと来た、と。 マウォルス様はきちんと『責任』を果たしてくれた。いや、それ以上の心遣いを彼は見せた。 絶えずおれの要望に応えながらも、途中途中で湯浴みに連れて行き、綺麗になった寝台へ戻し、食事を与える。おれはただただマウォルス様に甘えるだけでいい。 発情期後の回復が圧倒的に早くなったのはマウォルス様のおかげ。耐えたり我慢したりしなくて良いというのは、体力的にも精神的にもすごく楽だった。 番のいないオメガの寿命は短いと聞いたことがあるが、身体と心への負担が大きいからなんだろう。 発情期が終わって目覚めると、いつもひとりだ。それがなぜか寂しいことのように感じてしまうのは、反動のようなものかなぁ。目覚めるまで一緒にいてくれたって、良くない?

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