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第3話 心が欲しかったんだ

そのまま、商夜の顔が近付いてくる。頭の中では理性が警鐘を鳴らすが、商夜はそんなことお構い無しだった。 「ッ…商夜、だめだ」 「何がダメなわけ?言ったよ、俺は…"アンタの"だって」 商夜の唇が艶めかしく動く。先程の無邪気さなど感じさせないその雰囲気に、俺の心臓がどくんと脈打った。 商夜はゆっくりと俺をベンチへ押し倒す。 「どうする?ホテル行く?俺はココでもいいけど」 その問い掛けに俺は答えられない。答えてしまえばそれは承諾となり、本当の意味で商夜を「買った」ことになってしまう。 「…いけないよ、商夜。俺はそういう意味で金を出したんじゃない」 「ねえ、何?さっきからさあ…」 商夜は俺の気持ちなど知る由も無く、俺のシャツの隙間から手を這わせてくる。すべすべとした手に腹を撫でられるのは存外に気分がいいが、本人は怒りの表情と共に俺を見ている。 「俺に…っ」 怒りと、それから、怖がるように言葉を詰まらせる商夜。次に口を開けば、その言葉は唐突だった。 「俺に!抱く価値はないって言いたいわけ!?」 ズキンと首筋が痛む。商夜が歯を立てていると気付くまでに、そう時間は掛からなかった。 「ねえ、痛いよ商夜。そんなこと言ってない」 「だって、だって…ッ」 首から口を離した商夜を見れば、その瞳は涙に潤んでいた。 「抱かれたい、って思って、何が悪いんだよ!おれ…っ初めて、誰かを好きになれるかもって、思ったのに…」 涙が溢れるわけではない。しかし耐えるように、途切れ途切れに言葉を紡ぐ彼は、今にも壊れそうだった。 俺の胸に身体を預けるように促し、その背中をトントンと叩く。 「やめろ…優しくすんな…」 「大丈夫、大丈夫だから…」 いくらか商夜の呼吸が落ち着くと、彼は俺の上から身を退かす。俺も身を起こしてベンチに座り直すと、隣に座るよう促した。 「抱く気がないなら、もうどっか行ってくれよ…」 「いいから、座って。聞いて?」 項垂れながらも、素直に座る彼。無造作に投げ出された手を握ると、やはり冷たかった。 「身体を重ねて、それだけが愛情だなんて、それは勿体無いよ。君はこんなに綺麗なのに」 顎に手を添え、逸らそうとする視線を無理矢理合わせる。それから、商夜をそっと抱きしめた。 「確かに、俺は虚しい奴だよ。でも……もう、叶斗はいない。抱くなら、あの子の幻影じゃなくて君でないとだめだ。だからね商夜。俺が君に触れて欲しかったのは───身体じゃなくて、心なんだ」 商夜の手が、そっと俺に回されようとするその前に、身体を離す。すると、商夜は今夜のいつだかに見た、また不思議そうな顔をしていた。 「アンタ…変なの。他のやつとは違うんだな」 「まあ、そうかもね」 そう言い残し、もう行くよ、とベンチを立つ。すると商夜の手が服の裾を掴んだのを感じた。 振り返ると彼自身もどぎまぎとしており、どうしていいのか分からない様子だった。 「え、っと、あの……あ!連絡、連絡先!」 「知りたいのかい?」 「そ、そう!」 そう言って焦ったようにスマホを取り出す。そして画面に自分の連絡先を表示させると、俺のスマホも取り出し器用に読み込ませた。 「ほら、これ。追加押して」 「ん、追加したよ」 「ありがと!…ねえ、また会える?」 嬉しそうな表情に、俺の返答への不安を滲ませながらそう言う商夜。どうだろうね、と茶化すように言いながら頭を撫でると、彼が絶対会ってやる、と呟いたのが聞こえた。 「連絡するよ、必ず」 また君に会うために。それを、お利口さんに待っていられるかな、商夜。 fin

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