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第2話 君とディナーを
悲しそうな、驚いたような顔をして手を止める商夜。それを尻目に、俺は話を続けた。
「商夜に少し、似ていたんだ。顔ではないよ、雰囲気が…ね。そうやって、美味しそうに食べるところまで」
そこまで話すと、店長がピザを持って戻ってくる。
「マルゲリータをお持ちしました」
「ありがとう。…ほら、冷めないうちに食べよう。ピザは嫌い?」
促せば、商夜は素直にピザを一切れ皿に取る。しかし表情は気まずそうで、話すのは早かったかな、とふと思った。
「ほら、これにもトマトが使われてる。好きなんだろ?…うん、美味い」
俺もピザを手に取り、伸びるチーズを見せつけるように一口。できる限りの笑顔で言うと、軽く咀嚼してビールで流し込んだ。
…本当は、何かを簡単に飲み込めるほどの食欲なんてない。けれどそれを悟られないよう、できるだけ、明るく振る舞った。
商夜は皿に移したピザを手に取ると、真似するように口に運んだ。口元の綻びから、少なくとも美味いと思っていると言うことはわかるが、その目は疑念と不安に覆われていた。
「美味い、美味いよ…でもさ……」
「なに?」
「…俺、今日あんたの弟の代わり、ってこと?」
白いナプキンで口を拭いて、そう、一言。俺が声を上げて笑い出すと、商夜は猫のように目を丸くして肩をびくつかせた。
「は…っははは!いや、面白いこと言うね、商夜は。俺は弟の代わりを探してるわけじゃないよ」
「!じゃあ、どうしてそんな話したんだよ」
「どうしてだろう…君に知っていて欲しかったから、かな」
そう言いながら手元のピザを全て口に入れる。そしてまたビールで流し込むルーティンを繰り返すと、店長を呼んだ。
「何度もすまない、おすすめのワインと…グラスが空だね、オレンジジュースを」
「かしこまりました。私は作りながら飲ませていただきますね」
その間にも、商夜は不思議そうな顔をしながらピザを二切れほど食べていた。さすがは食べ盛り、スピードも早ければ量も多い。懐かしさに思わず目を細めると、三切れ目に口をつけようとしていた商夜が手を止めた。
「なんだよ…そんな顔で見んな」
「そんな顔…って、どんな顔?」
「なんかこう、あれ、泣きそう…みたいな?」
それだけ言うと、商夜はまた口を動かし始めた。
泣きそう、か。彼にはそう見えてしまうのか。気をつけなければ。
「こちらオレンジジュースと、シャトー・シャス・スプリーンです。ちょうど今日入荷したばかりでして」
店長は大きなグラスをテーブルに置くと、トクトクとワインを注ぐ。
「店長そこまで。…店長!またそんなに注いで。あなたって人は……」
グラスになみなみ、とまではいかないが。明らかに常識を超えた量のワインを注ぐと、店長は楽しそうに笑った。
「私からの激励ですよ。それから…そろそろお肉をお焼きしても?」
ピザはすでに商夜の皿に一枚残るばかりで、大皿からは消え去っていた。
「ああ、頼むよ。でも俺の分は少しでいい、残りは彼に。どうやら気に入ったみたいだから」
むぐむぐと口いっぱいに頬張る商夜を見てそう言うと、店長は嬉しいですねえ、と鼻の下を擦った。
「は、悠真ぜんっぜん食べねーくせに何言ってんだよ!」
「俺は少し食べてきたから、気にしないで」
大丈夫、と念を押せば、商夜は不服そうに引き下がった。
「酒だけでいいわけ?」
「うん、十分だ」
十分なものか。本当はもっと強い酒を、浴びるほど飲みたかった。浴びるほど飲んで、前も後ろも、何が現実なのかも分からなくなって───それから。それから?叶斗の幻影でも見る気なのか?
店内の喧騒がぼやけていく。少しだけ心持ちが軽くなっていくような感覚に襲われて。
気付けば俺は店の外で、生温い風に髪を揺らされていた。
「あ、いた!!!ほら、水買ってきたから飲めよ」
ぼんやりと空を見上げていると、商夜の声が聞こえた。どうやらここは公園のベンチらしい。もう、店を出ていたのか。
「あぁ、ありがとう…ごめんね、迷惑をかけただろう」
「ほんっとだよもう!ワイン飲み始めたと思ったらいつの間にか一気してさ、店長さん?も悪い人だよね!あんたが拒否しないからどんどん注いでいって……」
商夜が言うには、俺はそのまま気分が良くなってしまったらしい。店の様々なテーブルに酒をご馳走したり、味わって飲むべきワインを3本ほど空けたり…そして商夜も手をつけられなくなった頃、パスタを食べる商夜を残して、支払いだけ済ませて出てきてしまった、と。
「それは本当に…本当に、迷惑をかけて申し訳ない。せめてほら、水代だ。ありがとう」
自分を見失うほど酒を飲んでしまうなんて、俺としたことが──思わず商夜に深々と頭を下げる。それから、財布の中を確認して五千円札を取り出すと、商夜に手渡そうとした。が、
「いや、もう十分もらってるって!水くらい、大丈夫だよ」
と遠慮されてしまった。ここで押し付けてしまってはまた距離を取られてしまうような、そんな気がして。俺はすごすごとその金を引っ込めた。
商夜が開けてくれた水を受け取り、口の中に流し込む。食道を通っていく冷たい感覚は、俺に冷静さを取り戻させるようだった。
「そうか…うん。俺はもう、君を買ったんだもんな」
「そうだよ。今夜はもう、俺は"アンタの"だから」
そこまで言うと、商夜は笑い─先程までとは違う、色めいた表情で─俺の手を取ると、自分の腰を抱かせた。
「…アンタ、虚しいんだろ?」
「やめてくれよ、虚しいなんてそんな」
「じゃなきゃあんな飲み方しねーよ。なあ悠真、俺、弟に似てるって本当?……だったら、俺が………満たしてやるよ」
重ねられた彼の手も、少しだけ震えている気がした。
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