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第3話
晴れて、大学一年生の入学式。少し年下の子達と同期になった。四年のブランクがあったのに、一年で合格したのは正直頑張ったと思う。どれもこれも、ずっと付き合ってくれていた凪のおかげ。感謝を一番に伝えたい人にはあれ以来会えていない。連絡しても音信不通。友人に尋ねても首を横に振られるだけだった。
未だに中学生の頃に過ごした凪との記憶は思い出せない。それでも、去年の出会いは濃密で忘れられない人になった。
凪にもう一度会いたかった。でも会う術がなかった。入学式が終わった後、サークル勧誘のチラシを受け取る元気もなくトボトボと帰っていく。ふと視線を上げると静かな川沿いに桜並木。その下には、雪柳。春なのに、地面は白で覆われ雪のよう。
『次会った時に、俺が質問したら答えられるように一つ調べておいてよ。雪柳の花言葉』
入院していた時、そんな質問をされていたことを思い出す。あれから何度か会っていたのに、その質問が出されることは無かった。質問された当日に調べてはいたのに。
ふら、ふら、と引き寄せられるように雪柳に近づく。小さくて白い花が一気に咲き誇っていてとても愛らしい。
「|透《とおる》くん」
声をかけられる。ずっと待ち望んでいた声。そして、初めて名前で呼ばれた。顔を向ければ、静かに佇む凪がいた。
「合格したんだね。おめでとう」
微笑んで。どこに行く?
行くな。勝手に消えるな。
去ろうとする背中を追いかけて抱きしめる。
「会いに来てくれたんですか」
「……ここに来てくれたら声かけようって、賭けてた」
「凪さん。僕が眠っている四年間、どんな思いで勉強し続けて、戸籍作って……大変だっただろう貴方を支えることができなかった」
「勿論俺一人じゃ出来なかった。透くんのご両親が、サポートしてくれたから。それに。無事に俺の母さんも見つかって、不幸があって出生届出されなかったけど、愛されてる名前を見つけることも出来た。……過去の俺があんなのでもいいなら、透くんに教えたいな」
「凪さんの、本名」
「凪は、無戸籍の時に付けられた源氏名みたいなもの。中学生の時に何度もそう呼んでもらってたから」
彼は一度腕の中から抜け出し、僕と向き合う。
「俺の名前は柳田雪。よろしくね」
『俺の存在証明みたいな花だから』
過去の言葉を思い出す。雪の母にはきっと愛されていたのだろうと感じる。やっと存在証明出来るようになった。
「雪さん」
「うん」
「素敵な名前です」
「ありがとう」
「それから、雪柳と雪さんも、お似合いで」
「はは」
照れくさそうに笑う雪を正面から抱きしめる。
「あの。こんなに月日をかけて僕を大学まで導いてくれた。……雪さんは、僕のこと大好きですよね。だったら、もう離れないでそばにいてください」
「透くんからしたらおじさんだよ」
「関係ないですよ。それにもう、僕も二十歳超えましたから。線引きとかしなくていいんです」
「……うん」
ゆっくりと背中に回る両腕が愛おしい。
「雪さん。入院時に出された質問、今答えていいですか」
「覚えてたんだ」
「いつ出されるのかなって思ってましたけど。まさか一年越しとはね」
「なんだか恥ずかしいな」
「聞いてください。だって貴方らしい言葉だから」
雪の耳元で囁く。
「雪柳の花言葉は──」
潤んだ瞳に正解を確信し、その額に口付けた。
──静かな思い、らんまんに弾けて。【完】
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