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第1話
「はぁはぁはぁはぁ」
壁を埋めつくす程の落書き。酒の香りとネオンの煌めきだけが自身の辺りを包む。
いくら走ったか覚えてないが、息が切れ切れで今すぐにも倒れ込みそうなほど疲労が全身に蓄積している。
細い裏路地を抜け、観光客もいる道に出る。行き交う母国語ではない言葉に、舌打ちをひとつこぼして人混みに紛れるように歩き出す。
辺りを見渡しても、警戒している顔はひとつも見えない。息を整えながらも歩き、辺りを警戒しながら進む。
くそ!あいつが女なんかに引っかからなければ!てか、俺を巻き込むな!
ここには居ない友人の顔を思い出しながら悪態をつく。だいたい俺もあいつの話に乗って飲みに来なければ良かったんだ。
数時間前の自分を恨みながら、家に向かう道に出る。
スマホを見ると、まだ日を跨いで浅い。大きくため息をついてスマホをポッケに戻す。
「いたぞ!!!」
異国の言葉で聞こえてきた言葉に、ハッとして振り向くと、そこには2人の知った顔。
前を向いて走り出そうとするが、前にはニヤニヤしながら1番会いたくない顔があった。
『クソ!!』
母国語で悪態をつきながら右手にある細い路地に逃げ込む。
ようやく整った息を荒らげるように走り出すと、遅れてバタバタという足音が聞こえてきた。
裏路地に逃げ込むのは相手の思うつぼだと分かっていても、それ以外のルートがなく、大人しく足を動かす。
嬉しいことに、母国でもこんな体験はいくらでもしてきたので、逃げ足の自信はある。違うところといえば、逃げる相手が母国では規格外サイズだということだろう。
物を倒しながら進むと、見知った路地に出る。もうすぐすれば家の近くに出る道だ。
後ろから聞こえる騒音を気にしながら、前を向いて走る。
「待て!ぶっ殺すぞ!」
ぶっ殺すなんて怖いことを聞いて止まる奴がいたら見てみたい!と心の中でバカにしながら、少し距離が離れた後ろの奴らを見る。
敵は3人。
確か8人グループだった筈だが、5人は逃げ始めてから見てないと思う。
あらかた友人の方を追っているのだろう。
だいたい、俺は友人と違ってこのグループのボス格の女に一晩お世話になった訳では無いので、たまたま一緒に友人と飲んでいたと言うだけで巻き込まないで欲しい。
叶わないであろう願いを思いながら、見知った道に出る。
後ろの奴らはまだ俺が倒した物に手間取っているのか、姿は見えない。これ幸いと、家の方に足を向ける。
わざわざあいつらに家を教える気はないので、ラッキーと思いながら進む。が、天は俺に味方しなかったようだ。
遠くからでもわかる、他の家と比べると少し小さな俺の家。
アメリカではあまり好まれない小さな二階建ての家の玄関には、見知った顔が2人居た。
なんで俺の方に8人中5人も割り振ってんだよ!だいたいなんで俺の家を知ってるんだ!と頭が混乱する。
ムカつく顔で笑っていた後ろにいるボス格にfuck!と叫ぶ。
下手したら、俺の家に連れ込まれて集団リンチになるかもしれない。元々ここら辺は治安のいい場所ではないし、しかも、貧困層に近い連中が集まるような住宅街だ。
多少うるさくしようが、近所の住人がリンチされようが、レイプされようが見逃されるような街だ。
家から離れるように足を左側に切る。
ようやく追いつき始めた後ろの3人が、俺に向かって声を上げる。
「てめぇ!いい加減にしろ!!」
お前らがいい加減にしろ!そう叫びたいが、少しでも体力を残すために黙って走り出す。
男のせいで俺の存在に気付いた俺の家の前にいた2人が、俺を追いかけ始める。
1対5とかどんな無理ゲーだよ!しかも、全員俺より最低顔半分はデカい。
喧嘩になったら勝てるはずもなく、結局逃げるしか選択肢がない俺は、またネオンが大量にある街に向かう。
疲労が溜まり溜まった足は、最初ほど早くは走れず、追いつかれることはなくても離れることは無くなった。
「ぜぇぜぇ、ぜぇ」
呼吸も怪しくなってきて、がむしゃらに走る。
しかし、がむしゃらに走っていたせいで気づくのが遅かった。
やばい。
ここら一帯は、そこらの荒くれ者でも足を踏み入れないほど、欲に溺れたようなギャングが集まるような道で、このテキサス州サンアントニオでおこるレイプの半数がここで起こっていると言ってもいいほどやばい所だ。
観光客が迷い込めば物は取られる、レイプはされる、下手すればヤク漬けにまでされる。
後ろから聞こえる男たちの声は消えることはない、むしろ近づいてきている。
くそ!
進む道はそのギャングの街に行く道しかない。下手に走ったせいで、間違った道を曲がり、もう引き返す道はない。
とりあえずガヤガヤとしたイカつい男と、洋服か?と言えるほどうっすい服と、布の面積が少ない女達が行き交う人混みに入る。
俺のような日本人が珍しいのか、それてもいいカモと品定めされているのか、不躾な視線が刺さる。
「あのガキ!どこに行きやがった!」
「散々逃げやがって!ぶち殺してやる!」
不穏な声が近くで聞こえる。
ありがたいことに、日本では平均より少し高めな身長の俺だが、アメリカでは小さいおかげで簡単に見つかることは無い。
人の隙間をすり抜けながらどんどん奥に進む。
友人の手癖が悪いせいでスリを避けるのは得意だし、むしろ俺もスリを出来る方だ。
俺なら絶対スリの標的にしない人間の動きをしながら、スリもされずにスルスルと抜けていく。
「どこ行った!」
「あいつ!!おい!あれ!!」
っ、バレた!と思い、後ろをむくと、ボス格と目が合う。
ボス格が笑うと同時に、周りのヤツから「いたぞ!!!」という声が聞こえる。
後ろを向きながら走ろうと地面を蹴る。が、勢いをつけた所で何かにぶち当たる。
先回りされた!?!?驚きながら前を向くと、見えたのは分厚い胸板。
え?
身長が高いアメリカ人の中でも、頭1つ近く飛び抜けた身長。驚きながら顔を見るために上をむくと、眉を潜めた凛々しい顔立ちが俺の方を眺めていた。
えっと.....
あいつらの仲間では無いはずの男に、首を傾げ眺める。
男でも見惚れるほどの美丈夫で、綺麗な金色の髪はサラサラと流れている。しかもぶつかって分かったが体も出来上がっているようだ。
ストリートファイターのようなヤンキーでは無く、綺麗に引き締まった体から、ジムやそこら辺で考えて鍛えられているのがわかる。
「おいジャック、なんで止まって.....なんだこいつ?」
後ろからピョコッと出てきた、ぶつかった男よりまた身長の高い男に驚いて体が無意識に引く。
「急げ!捕まえろ!ぜってぇぶち犯して殺してやるあいつ!!」
忘れていた存在の声に、さっきよりも大きく肩を揺らす。
声を聞く限りもうすぐそこまで迫っているし、なんか不穏な言葉が1つ増えてしまっている。
やばい!と思い、ぶつかった男を避けるように体を捻る。
男を避けて通ろうとした時、何かが俺の腕を掴む。捕まっ.....!?!?
ガツン!と音がするのと同時に、唇に何か熱いものが当たる。
「ふっんぁぅ」
近くにあった壁に押さえつけられ、キスをされる。
驚いて目を見開くと、目の前にはサラサラしてそうな金髪と、宝石も嫉妬しそうなほど綺麗なパール色の瞳。
パール色の瞳に射抜かれ、背筋がビクッと反応する。
っ!?
ガッ!と顎を掴まれ、口が開く。それと同時に薄い舌が俺の中に侵入し、優しく俺の舌を包み、いい子、と言うように舌と上顎を舌で撫でられる。
感じたことの無い快感から逃れるように後ろに引くが、後ろはもちろん壁だ。
手は男の手により押さえつけられており、好き勝手に蹂躙されるしかない。
「ヒュ〜」
茶化すような口笛が、男の後ろから聞こえる。どうやら男の仲間が吹いたらしい。
「おい、あいつどこいった!?」
「はぁ!?さっきまでそこにいただろ!」
男がキスの角度を変えた瞬間、視界の端に俺を追いかけていた男達がどこかに走っていくのが見えた。
たす、かった?
安堵すると共に唇を離される。
同時に、男からの支えも無くなり、疲労とキスのせいで力が入らなくなった足から重力に従い崩れ落ちる。
「おいおいガキンチョ
そんだけで足が立たなくなったのかよ。」
バカにするように声をかける男を睨みつける。
バカにしてきたのはさっきぶつかった男の後ろから俺を覗いてきた男だ。
キッ!と睨む、バカにしてきた男がニヤニヤと笑っている。
真っ黒な黒人で、短い灰色の髪の毛がトレードマークで、ぶつかった男よりさらに体格がいい。
「うるせぇ」
ゴシゴシと唇と手で拭きながら言うと、黒人の男は更に笑う。
「おい!俺こいつ気に入った。連れていこうぜ!」
俺がぶつかった男の肩に腕を置きながら、黒人の男が面白そうに言う。
後ろにいる2人も仲間なのか、後の奴は呆れたようにため息を付いている。
「おい、グレイ。
いくら金を落としてる俺らとはいえ、あそこは未成年をいれちゃぁくれねぇぞ」
後ろの男が発した言葉にムッとする。
「悪いが成人してる。」
「はぁ!?」
「嘘だろ」
後ろの2人が驚いた声を上げ、黒人は嬉しそうに口笛を吹く。
キスされた時に口笛を吹いたのもこいつだろ。
ムカつく、と思いながら黒人を睨むと、その間にぶつかった男が割ってはいる。
白人の綺麗な白い肌に、染めても出ないような綺麗な金髪。そして何よりさっき射抜かれたパール色の瞳。
無意識のうちに壁の方に体を引く。
「着いてこい」
「はぁ!?ふざけんな!誰が.....お、おい!!」
ぶつかった男が俺の腕を引くと、まだ足に感覚が戻ってなく崩れ落ちそうになる。
ぶつかった男は、器用に俺を支えると、ヒョイッと俺を俵担ぎにする。
「おい!おろせ!!!」
「どうせ腰が抜けて歩けないんだ大人しく着いてこい」
「ふっざけんな!
おろせ!!!」
「目的地に着いたら下ろしてやる。」
「諦めなガキンチョ。」
俺の顔の高さに合わせるように覗き込む黒人に、一発当たるように腕を振るう。
だが、当然ように避けられ、舌打ちをすると、黒人は声を上げて笑う。
くっそ!!んだよこいつら!!
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