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第2話
連れてこられたのは音楽が鳴り響き、派手な光が辺りを照らし、酒を飲みかわし、男と女が一晩だけの行為に浸かる場所、そう、クラブだった。
1人用のソファにぶつかった男が座り、俺は、その膝の上に座らされている。
黒人の男は美女を両腕に侍らせ、後ろにいた1人も女を片手に酒を楽しんでいる。
もう1人はいい子見つけた、と言って帰ってこない。苦戦してるのか、今頃しっぽりやっているのかは分からない。
不安定な男の膝の上のせいで、男に寄りかかるようにしていないとすぐに落ちそうになる。
落ちそうになったらなったで一応助けてはくれるが、その時に腰に腕を回され、太ももを撫でられたのでその手を叩き落とし、もう絶対体制を崩さないとばかりに力を入れている。
男は仲間らしき2人と話しながら、強い酒をがぶがぶと飲んでいる。全く酔う気配がなく、酒瓶が何本か足元に転がっている。
どうしてこうなった。
助けられたあと俺は、担がれたままこのクラブに連れてこられた。
日本人は童顔というのは本当らしく、仲良さそうに挨拶していたオーナーらしい人にも嫌そうな顔をされた。
だが、この男が成人してると言うと、怪しみながらも奥の、しかもソファなどが用意されている完全個室の部屋に案内された。
たしか友達が言っていた知識では、ここはVIPルームではなかろうか。
そのままその部屋に担ぎ込まれた俺は、部屋に入ったことでようやく離される。
2人はいつの間にか捕まえていたのか、女を連れて入ってきた。
手際が良すぎるにも程がある。
男達の定位置が決まっているのか、当たり前のようにソファに座る男達に眉を寄せる。俺は、いつでも逃げれるように入口に立つ。
「んな警戒すんな。こっちに来い」
甘い声に綺麗な顔立ちをしたぶつかった男が、ソファに肘をついて俺を呼ぶ。
誰が行くか!と思いながら睨むだけでその場から動かない。
その行動に笑ったのは黒人の男で、横にいた女も「かわいいー」とくすくすと笑っていた。
むっちゃ馬鹿にされてる?
はぁ、と大きくため息をついて、男が立ち上がる。いつでも逃げれるように、横にあるドアノブに手をかける。
少し離れた位置で止まると、男はまたため息を付いて、頭に手を乗せながら首を振った。
「てめぇは俺に助けられたんだろ」
うぐっと喉がなる。
確かに、さっき追っていた奴らが俺を見失ったのもこの人が俺をこの大きな体で隠してくれたおかげだし、引っ張られたおかげでアイツらも完全に見失ったんだと思う。
けど、キスをされて、しかも濃いやつをされてはい、ありがとうございます。なんて言えるほど俺は、きもは座ってない。
「あーあー、日本人は礼儀を重んじる人種らしいが、見当違いだ。お礼も言えねぇなんて犬以下かよ。犬でも飯をやりゃあそれなりにしっぽ振って近寄ってくんのに」
男の正しい言い分に、さらに言葉が詰まる。
「一応、お礼は言う、ありがとう」
「言うだけか?」
「はぁ?」
男が何を言いたいのか分からなくて、思わず睨んでしまう。
「あいつら隣の街で有名なジャンキーだろ。下手に捕まればヤク漬けにされてたかもしんねーんだぞ。
それを助けてやったお礼が言葉だけか?」
あいつらのこと知ってたのかよ。と思い舌打ちを1つ零す。
男は気にした様子もなく楽しそうに笑っている。余裕の笑みだ。
2人の仲間はもう飽きたのか、女も入れて5人で盛り上がりながら酒を飲んでいる。
「.....金はねぇぞ」
あいにく父親も違う州に飛んでしまっている。母親も日本で、ここアメリカには居ない。
当然大学生だからバイトはしているが、そんなに稼ぎは無いため、金なんてここを使えるこいつらからしたらはした金だろ。
「ふっ、金には困っちゃいねーよ。
酌をしろ」
「.....は?」
酒を注げと言う男に意味がわからないと言う顔をする。
酒を注ぐなら扉を出て少し歩けば雑誌のモデルでもやってそうな美女たちが大量にいる。そいつらをナンパしてこいとでも遠回しに言ってんのかこいつ?お前が行ってその顔をふんだんに使えばすぐに掴まんだろ。
「ぼさっとすんな」
グイッと男に腕を引かれ、たたらを踏みながら着いていく。
一応助けられた事に変わりはないので、大人しく着いていく。
男は変わらず1人用のソファにドカりと座り込む。
後ろにでも立って執事の真似事でもしろってか?シャンパンを頭からぶちまけてやる。
変な想像をしながら男のそばに立つ。が、男は俺の方を向き眉を顰める。
「んだよ」
「なぜそこに突っ立ってる」
「あぁ?酒でも作れってか」
酒の作り方なんて知らねぇぞ、と言いながらゴロゴロと足元に何本も立てられている酒瓶を手に取る。
ジンにウォッカにリキュールに、氷水に入れられたものはシャンパンやエール、ビール、良くもまぁこんなに揃えて、と思いながらみる。
だが、どう見ても混ぜ合わせてカクテルを作るような物は無い。
アルコールに混ぜ合わせるのは、大抵アルコールがない着色をするためのものか、味を変えるためのものだ。
それが一切ないので、俺に何をしろと言うのだと首を傾げる。
「ちーげーよ」
グイッと腕を引かれ、男の方に倒れ込む。
は?
頭が追いつかないまま、男の膝の上に座り、男はさっさと俺の上に腕を置き、逃げられないようにされた。
「は?なに?」
「あ"ぁ"?酌をしろっつたろ」
「は?え?酌って、それこそ女捕まえろよ!」
「女はめんどくせぇ」
心底めんどくさいと言うように、男が眉を寄せて首を振る。
はー!いいですね!その顔じゃ大変おもてになるでしょうから?そりゃあ女に困りはしねーよな!なんの嫌がらせでこんなことをされるんだ俺は!
チッ!と大きく舌打ちをして、大人しく男の膝の上に座る。
男は俺を逃がさないために、俺の体に触れはしてないが囲うように腕を体に回している。
逃がす気が一切ない男にムカつき、「おい」と呼ばれるのでそちらを向く。
意外と近くにある整った顔と、その顔とキスをしたという事実から、無意識に仰け反ってしまう。
まぁ、そうすると当然後ろに倒れてしまう。
「うぉ!」
膝の上と言うことを完全に忘れていた俺は、そのままの勢いで後ろに倒れる。
絶対痛てぇ!と思い、体を丸くするが、思っていた衝撃は来なかった。
疑問符を浮かべながら顔を上げると、呆れたような整った顔が近くにあった。
思わずまた仰け反ってしまうが、次は全く後ろに倒れない。
それもそのはず、それの背中には男の腕が回されていた。
「ったく。少し大人しく出来ねぇのか」
「てめぇの顔がちけーんだよ」
「なんだ、この顔に惚れたか?」
「自惚れるな!てめぇの顔なんざそこら辺にいるやつと変わんねぇよ!」
そう言い切ると、男は驚いた顔をし、仲間2人も沈黙を作った。
が、仲間2人は大声を上げて笑った。
「ガハッハッハッ!!!ジャックの、ジャックの顔をそこら辺にいるとか、俺でも言ったことねぇよ!!」
「ジャックが驚きすぎて固まってる!!やべぇ、こいつは傑作だ!!!」
爆笑しながら指をさして笑う男2人と、困ったように微笑んでいる女が3人。
女としては一緒に笑うべきなのだろうけど、こんないい顔を笑えるわけがないと言ったところだろうか。
男は顔を下に下げると、肩を震わせる。
やべぇ、怒らせたか?
さすがにこんなスポーツ選手並みの筋肉を持った3人相手に喧嘩にもならないとゴクリと唾を飲む。
「ぷっ、はっはっはっはっ!!」
次は俺が驚く番だった。
男はいきなり顔を上げると、大声で笑いだした。
初めてそんな事を言われて気でも狂ったか?と思ったが、そんな事言えるはずもなく、男の揺れる膝の上で大人しく収集が着くのを待っている。
「はー、笑った笑った。
てめぇなかなか言うじゃねーか」
「今日は俺が当たりだなジャック!」
「あぁ、今日はてめぇのおかげだ」
男が黒人の男にそう言うと、黒人の男はドヤ顔をかました。
何が何だかついていけない俺は、大人しく男の膝の上に座っている。
ひとしきり笑った後、男は俺に向き直った。
「俺は、どこにでもいる顔か?」
正直言って俳優やモデルと言われても信じてしまいそうな顔だが、「あぁ」と頷く。
「クックックッ、そうかそうか」
男は楽しそうに笑うと、俺の背中をグイッと押す。俺は、その背中に押され、男の顔が近くなる。
「気に入った」
「は?」
無駄に整った顔で悠然と微笑みながら、男が俺にそう告げる。
意味が分からず、そのまま返すと、男は更に笑みを深める。
「ジャック・ヴァン・マシューズ。
覚えとけ」
知るか、と返したかったが、なんとなくそれを辞め、眉を寄せて嫌な顔を作った。
そんな顔でも面白いと思っているのか、笑みを消さずに言葉を続ける。
「名前は?」
「秘密主義」
「住所は?」
「個人情報」
「最寄り駅は?」
「きさらぎ」
「.....きさらぎ?」
「何でもない」
文化が違った。
「俺グレイ・アンバスよろしくなガキンチョ」
女も2人侍らせた黒人が何が楽しいのかニヤニヤとしながら言ってくる。
「よろしくしねぇ」
「なかなか手厳しいことで」
ケッケッケッと笑いながら、横にいた片方の女にキスをする。
当たり前のように反対側の女にもキスをし、手で女の尻を撫で回している。
その光景にため息をついて、近くにあるグラスを手に取る。中には琥珀色の液体が入っている。
「飲めるのか?」
「は?バカにしてんのかよ」
ジャックの言葉にイラつきながら返すと、それすらも面白いのかジャックは笑いながら自分の手に持っている酒瓶を俺のグラスに当てる。
「出会いに乾杯」
「くせぇ」
歯が浮くようなセリフに、若干の鳥肌を感じながらグラスの中身を煽る。
それを楽しそうに眺めながら、ジャックも酒瓶を傾けてごくごくと喉を鳴らす。
手に持つ酒瓶はなかなかの値段のもので、俺たちのような大学生では買うのを躊躇する、というより、こんなものを買うなら安いもので酔っ払いたいぐらいの値段だ。しかも度数も強い。
そんなものをごくごくと荒っぽく飲み、1回で3分の1ほど飲んでしまう。
ザルかよ。いや、枠か。なんて思いながら、俺も近くにあった酒瓶を手に取る。
シャンパン。しかも俺も飲めるような甘さが強いものだったので、飲もうかとジャックの方に瓶を向ける。
「ジャック」
「....なんだ」
変な間を置いて、ジャックが返事をする。
首をかしげながらも、別にいいかと気にせずに瓶のラベルを見せる。
「飲んでいいか?」
「あ?これあめーだろ」
「俺は、嫌いじゃない」
「チッ、好きにしろ。」
「あぁ」
これもそこそこの値段がするもので、こんなに簡単にホイホイと人にやるようなものでは無いが、気にせずにコルクを抜く。
「そんなに飲んでたら酔うぞガキンチョ」
バカにするように笑ってくるグレイに、シッシッと手を振りながら応える。
「ガキ扱いすんな」
「どー見てもガキだろ」
ジャックもグレイに便乗してそんな事を言ってくるので、舌打ちをしてからグラスの中にシャンパンを注ぐ。
本当ならこんないいシャンパンはきちんとした形で飲みたいが、この膝の上から逃げられない事にはどうしようもない。
ならば大人しくご馳走になろう、と普通のグラスに注ぐ。
「おい、このシャンパン追加しとけ」
「あ?」
ジャックが誰に言っているのか分からず、無意識に反応するが、ジャックは俺の方を向いてはなかった。
ジャックが向いている方に顔を向けると、そこには俺たちが入ってきた扉とは別の扉の傍にボーイが立っていた。
さっきのはあの人に言った言葉か、と思い気にせずにグラスを傾ける。
「一応ジュースでも頼んでたらどーだガキンチョ!」
「てめーにぶっかける用にか?」
がはっはっはっと笑うグレイを睨みつけ、そう返すと、ジャックはくすくすと笑う。
「仲良くしろよ」
今まで黙っていた(女といちゃついていた)男がそう言うと、ジャックもグレイも乗ってきた。
「あぁ、少しは食いつくのをやめたらどうだ」
「そーだぜ、ガキンチョ。俺は、おめーと仲良くしてーだけだって」
「ならまず、そのガキンチョ呼びをやめろゲス野郎」
売られた喧嘩は主義だ。と言いながらグレイに中指を立てる。
「じゃあ、俺と仲良くしろ」
そんな事を横にいる男、ジャックが言ってくるので、変なやつを見るような目で見てしまう。
「本気で言ってんのか?」
「あ?当たり前だろ」
「ざけんな。誰が無理やりキスしてきたやつと仲良くなんてするかよ。
てめーらとなんかこれっきりだ。」
「つれねーな」
なんて事を言いながら、ジャックの手が腰に回り、俺の太ももを撫でる。
身長に違わず大きな手のひらにムカつきながら、その手を叩く。
「汚ぇ」
「クックックッ」
楽しそうに笑うジャックにまたひと睨みしながら、久々に飲む美味いシャンパンをごくごくと飲み干す。
ジャックが頼んだボーイが近くに来ると、俺の横に置かれている氷水に何本か同じシャンパンが追加される。
それが嬉しくて「ありがとう」とボーイに言うと、ボーイは微笑みながら背を向けた。
イケメンさんだった。
「ちまちま飲んでんじゃねーよ」
ジャックにグラスを取られ、あっ、と言葉が漏れる。
まだクラスの中には半分近くシャンパンが入っているのだ。
ジャックはグラスをテーブルの上に置くと、シャンパンをボトルごと取り、俺に押し付ける。
「は?」
「めんどくせぇからこれごと行け」
俺がグラスで飲んでもお前は面倒くさく無いだろ、なんでザルでもない俺がシャンパンを1瓶飲めると思ってんだよ。とか思ったが、大人しく受け取る。
こんないい酒なのだ、少しぐらい羽目を外していつもより飲んでもいいだろう。
大人しくボトルを受け取り、瓶の口に付けてごくごくとシャンパンを飲む。
シュワシュワとした泡が口の中で弾け、舌を刺激する。
俺が飲んだことに満足したのか、ジャックはグレイ達との会話に戻っていく。
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