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第39話

「って、ことで、あそこにニアちゃんと潜入してきてくれ」 「は?」 「よろしく!」 キラーんとカッコつけて行ってくるそいつの顔面を叩く。痛い!と叫ぶが、容赦なく拳を握るが!振る前にそいつに止められる。 「殴らせろ、5発ぐらい。」 「5発!?普通1発じゃね!?いや、それより話し聞いて!」 「うん、10発ぐらい殴らせてくれたら考える」 「増えた!」 ぶは!と吹き出すケニーに1発蹴りを入れ、拳を下ろす。ちなみに道路に転がってゴロゴロと痛がっているのがケニーだ。 「で、どこに行くんだ?」 「行って、くれ、る、なら、蹴った意味ある!?!?!?」 叫ぶケニーにうるせぇ、と言いながら踏みつける。それだけでキューと言って小さくなる。 「で?」 「前俺が連れていった所の一つ、BARラオン」 BARラオン.....あ、あそこか。確か静かなBARで、初老のおっさんがバーテンダーをしていたはずだ。 「あの雰囲気がいい所か」 「そうそう、今から設定とか教えるからそれ通りにしてくれ。あとこれ衣装」 「.....設定?衣装?」 「ん?」 ん?と首を傾げると、ん?とケニーも首を傾げる。え?俺が悪いの?違うよな? 「設定?」 「え?まぁ、そりゃあ1人釣るんだから。美人局と思ったらいい」 あぁ、美人局みたいなもんか、うんうん。うん?え?美人局って美人がホテルに誘うんだよな?なんで俺?は?俺男だぞ? 「あ"?」 「設定は恋人に振られたばっかで辛くて飲みに来た設定な。ん〜服装は.....」 「まてまてまてまて。俺、男」 「あぁ、一緒に風呂入ったしな」 「俺、ゲイじゃねぇ」 「1回後ろ掘られたんならだいじょぶふぅっ!」 「殺す!!!」 ケニーにトドメを指そうと足をあげると、ケニーの周りの黒服に抑えられる。離せ!!一発殴る!!殴ったけど殴る!!てか殺す!!! ———————————————————— シックな感じのBAR。落ち着いた雰囲気のメロディが流れながら、カウンターでは白髪の目立つマスターがグラスを磨いている。きっちりと着こなしたバーテンダーの制服は、自ずと高級感を漂わせる。 客は5人のみ。 1人はソファ席で女を2人侍らせて飲んでいる男だ。酒の味も分からないような街のギャングのそいつは、最近古参のやつが連れてきた役立たずだ。連れてきた奴は、あいつに目線を向けさせろと言っていたが、あんなやつでは使えない。 もう1人は良く薬を買いに来るかもだ。俺じゃないやつから買っているので俺は知らん振りを決め込み酒を飲む。 そして、最後の1人は俺。誰でもいいから一緒に寝たくなってここに来たが、あの馬鹿ゴリラのせいで女も男も顔を出して直ぐに逃げ出してしまった。まぁ、そんな根性無しこっちから御免こうむるが。 コトン。 ちょうどグラスの中が無くなると同時に、マスターが新しい物を置く。いつも飲んでいるそれが置かれ、当たり前のようにグラスを引くマスターに苦笑する。長年通っているが、本当に全身に目が着いているのかと言うほど何事にも気づきやすい。 チリンチリン。 扉が開く音ともに軽い足音が聞こえる。メンバーではない足音に警戒し、カウンターで足を止めたその人物に目をやる。 そこには、黒髪の少し気の弱そうな男がダボダボの服を着て座ろうとしていた。デカい服で短いズボンが隠れ、スラリとした焼けてない足が見えている。 少し目じりが赤いことから泣いていたのが伺える。長い袖がいい具合に指先だけを出している。間違えなく男だが、何とも言えない色気が目に止まる。 「ご注文は?」 「甘いのを、お願いします」 思ったより声は低いが、泣いたせいなのか軽く声が枯れている。マスターの声にこたえ、少し落ち着かないように当たりを見渡して、ゴリラを見つけると少し反応して、急いでマスターの方に体をむけなおす。 俺もゴリラの方を見ると、女と濃厚なキスをしていた。また男を見ると、黒髪に隠れた耳が微かに赤いように見える。可愛いな。 「サングリアです」 「あ、ありがとうございます」 置かれたカクテルに、嬉しそうに笑いマスターにお礼を言う。 『綺麗』 呟かれた言葉に驚いて男を見る。すると、目が合ってしまう。やば!と思ったのは一瞬で、直ぐに男が微笑んで会釈をするので俺も笑って手を振って応える。 両手でカクテルグラスを飲んでコクリと喉を鳴らす。 「マスター」 小声で話しかけると、マスターは簡単なツマミを皿に盛る。そして、それを俺の横に持ってくるためにカウンターの方に回る。 「20前後の男。恋人がいたようです」 「どっち?」 「男かと。首に強いキスマークが残っています」 「泣いてたよな?」 「袖も濡れていたので相当かと」 ふーんと言ってテーブルの上に金を置く。マスターは慣れたようにそれを受け取り元の位置に戻る。すると、仕事の早いマスター、は早速違うカクテルを作るとちょうど前のカクテルを飲み終えた男の前に差し出す。 「え?」 「あちらのお客様からです」 男がこちらを向くので、笑って手を振る。黒色の瞳が俺を見て、はにかんだように笑う。 その様子に、俺は自分のグラスを持って男の横の席に移動する。 「さっきずっと見ちゃってたから。ごめんね」 「いえ、わざわざありがとうございます」 いただきます。と言って両手でカクテルグラス持つ男。うん、可愛い。 「俺はサルジ。君は?」 「こうって言います」 「本名?」 「ふふっ、サルジさんはどうですか?」 口元を袖で隠しながら笑うこう君に、可愛いと思いながら笑い返す。 「参ったな。一本取られた」 また、くすくすと笑うこう君は、コクリとカクテルを飲む。その様子を笑いながら横顔を見つめる。鼻の低い日本人らしい顔立ち。黒色の瞳に黒いの髪の毛。いいな、と思っていると、こう君がこちらを見る。 「見すぎです」 「あぁ、悪い。可愛い横顔だなって思って」 こう君は少しだけ驚いた顔をすると、またはにかんだように笑う。しかし次は、少し寂しそうだ。 「日本では、普通の顔立ちなんですけどね」 「なら、日本は可愛い男の子の宝庫だね」 きっと君はその中でも特別なんだろうけど。と言うと、少しだけこう君が赤くなる。その様子に今日のターゲットをこの子に定める。 「サルジさんは、常連なんですか?」 「まぁね、マスターと古い馴染みで」 ねっ、マスターと言うと、頷くだけでマスターは何も言わない。その様子にこう君がくすくすと笑う。 「君は?」 「え?」 こう君がコテンと首を傾げる。うん、可愛らしい。 「どうしてここに?言ってはなんだけど、ここ入りにくいだろ?」 「あ〜、恋人がよく来るところだったので。僕も少しだけ一緒に来たことがあって」 そういうこう君にふ〜んと考える。よくここに来るということは薬物依存性が売人か、どちらでもいいけどそいつは気に入らない。と思っていると、こう君のグラスが空く。 「マスター、いつものをこう君にも」 合言葉でもあるそれを言うと、マスターは何も言わずにカクテルを作り始める。 「いつもの?」 「ほら、お近付きの記念に俺がいつも飲むものをプレゼント」 「え!悪いですよ!これも貰っているのに」 目をキョロキョロさせながら言うこう君の手を握る。それだけで少し反応し、手をどうしようか戸惑っている。うん、とても可愛い。 「俺がやりたいから、ね?貰ってくれる?」 そう言うと、こう君は俺を伺うように見て、軽く微笑む。 「では、お言葉に甘えて」 素直な反応にうんうん。と頷くとマスターがカクテルグラスをこう君の前と、俺の前に置く。いつものカクテルに頷くと、こう君の前に掲げる。それを察したこう君も両手で大切そうに持ち上げる。 「出会いに」 「あなたに」 好印象であるという意味を持つ返しに、少し嬉しく思いながら乾杯する。 「アァん!」 乾杯した瞬間後ろから甘い声が聞こえる。せっかくいい気分だったのが阻害され、むかつきながらそちらを見ると、ゴリラが女の乳首に噛み付いていた。イラッとして殴りに行こうと席を立とうとするが、こう君がそういった男が嫌いだった場合ダメだな、と思いこう君を盗み見る。 顔を真っ赤にさせ、口元を洋服の袖で隠している。もう1回ゴリラが噛み付こうとしたところで顔をマスターの方に向け、恥ずかしそうにカクテルグラスを握りしめている。うん、可愛い。 珍しく、ゴリラによくやった!と心の中で賞賛を送る。こう君は急いでカクテルを飲み干すと、立ち上がろうとするので手を握る。驚いた顔をするが、それに向かって微笑む。 「送るよ」 「え、でも.....」 「さっきから顔が赤いよ?酔ってるんじゃない?」 実は違う事は分かっているが、こう君からしたらそういった事を言うのも恥ずかしいはずだ。逃げ道を無くしながら言うと、こう君ははにかんで俺の手を握り返す。 「よろしくお願いします」 うん、と頷くとこう君の手を引いてBARを後にする。 カウンターの上には、いつもより多い量の札束を乗せて。

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