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第38話
「お、久しぶり功祐」
いつものように、よっ!と手を挙げてくるスーツを着たそいつに軽く殺気が湧いてくる。
「遺言はそれでいいか、いいよな。よし、」
「待て待て待て待て!悪かったと思ってる!反省してる!」
「あ"ぁ"!?」
「ほら、お詫びの印のリーキュレのシュークリーム」
「..........」
「.....はぁ、わかった。追加のケーキ」
そう言って俺の手のひらに2つの箱を乗せるケニー。うむ、許してやらんことも無い。うむ、と言って頷くと、ケニーは俺の横に座る。いや、香里奈の所行けよ。
まぁ、そう突っ込むのもめんどくさいので放っておく。俺が生き生きと箱を開けていると、バーテンダーが皿とフォークを出してくれた。優秀か。
「怖くねーの?」
何が?と聞く前に察する。怖くないか、と言われたら怖いのかもしれない。ケニーがわざと俺とグレンをあの3つの店に連れていったのも何となく察している。それでも、
「別に。怖がって欲しいなら怖がるけど」
「怖がって」
「ごめんなさいケニー様!殺さないで!」
「くっはっ!」
わざとキーを高くして言うと、ケニーはバンバンと机を叩きながら大笑いする。いや、そんなにか。え?これでも文化祭で女装したんだけど。ダメだった?無理?まじかよ。
あれ〜?と思いながらケニーを見ていると、ケニーは笑いすぎで出てきた涙を拭いながら俺の方をむく。
「腹は大丈夫か?」
「ははっ、まぁ、微妙にな」
「捻れろ」
未だに面白いのか吹き出しそうな程笑っているケニーにため息をつくと、ケニーが席を立つ。
「なぁ、俺がアイザックの件で手伝って欲しいって言ったら、お前は助けてくれるか?」
珍しく真剣な顔をしているケニーに微かに驚く。まぁ、驚いただけでどうもならないが。
「それは、俺の友達のケニーとして?それとも香里奈の兄ケニーとして?」
「友達として」
「なら、助けてやらんことも無い」
「くはっ、ありがとう」
「おう」
とんとんとケニーが背中を叩く。
「ちなみに、香里奈の兄として、って言ったらどうする?」
「ん〜、それなら、友達になってから出直せって言うかな」
次はケニーが驚いた顔をするが、直ぐにくはっ、と笑うと嬉しそうに背中を叩く。
「ケニー様」
見たことない黒服。多分ケニーが連れてきた黒服が、ケニーに何か耳打ちをする。俺は、それを絶対に聞かないようにしながら酒を煽る。
「じゃ、次は乾杯でもしようぜ」
「お前の奢りな」
「ばっかお前。ケーキ持ってきてやったろうが」
「むっ、それはお詫びだろ」
「割り勘だ割り勘」
「チッボンボンのくせに」
「てめーの彼氏の方が金持ってんだろ」
「あ?.....はぁ!?」
酒を飲もうとしていた手が止まり、しばらくケニーの言葉が頭の中で巡り、その後直ぐに俺の頭の中で理解する。そして、理解すると共に叫ぶが、ケニーは後ろ手に手を振りながらだいぶ遠くに行ってしまってる。
「くっそ!あいつ!」
絶対俺がニアと仲良くなったの恨んでんな!チッ!と舌打ちをしてシュークリームにかぶりつく。うま!
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ヴィーラント家。
アメリカ史にこそ登場しないが、元々はイギリスからアメリカに逃げてきたピューリタンの幹部の子孫である。由緒正しいイギリス王室の血も混じっており、アメリカに移住したあとも、先住民と共に共存を選んだ珍しい一族である。
もちろん、ヴィーラント家を遡るとイギリスの歴史に繋がるが、今のヴィーラント家はその絶頂期を凌ぐほど大きくなっている。
曰く、アメリカの覇者。
曰く、イギリスとアメリカを繋いだ命綱。
曰く、アメリカの黒い部分の全て。
広く知られているのに、知っているものがいない、それが有名なヴィーラント家の謳い文句だ。
そして、現在。ヴィーラント家の当主は、比類なき当主と呼ばれるほど天才と名高い、サルベル・ドゥ・ヴィーラントが務めている。
もうそろそろ初老という年頃に入るが、それを感じさせない圧と、豪快な態度が相手を萎縮させる。普段は白髪が混じってきた髪の毛をオールバックでまとめ、スーツをビシッときめ、女性が困っていたら自らのスーツを汚しても助けるという紳士である。
無論、香里奈とケニーの父である。
ケニーは、正室と昔は呼ばれていた、婚姻関係を結んだ女性から生まれた子だ。母よりも父の嫌な部分を受け継いだケニーは、何にも執着を見せず、何にも興味を向けない子供であった。大学生になった今も、2人の兄と争うのがめんどくさいとばかりにさっさと当主争いを辞退した。そして、早々に譲り受けた州に引っ込んで本家のことには無視を決め込んでいる。
本人曰く、「父と母のいい所を受け継いでいる兄2人なら心配はいりません。俺は、俺らしく引っ込んでおきますね。」とのこと。
父と同じで女遊びが激しいが、特段興味も持った女性がいる訳でもなく、良くも悪くも迫れば受け入れてくれる部類の人間だ。ちなみに、子供には気をつけているらしく、未だに1人もいないので父に孫を急かされている。
そして、ヴィーラント家の3女である香里奈・ガブリエラ・ヴィーラント。ケニーと母は違い、サルベルが日本に行った際に産ませた女性の子だ。そして、サルベルが唯一自ら連れてきた子ということで、当主を競い合っている香里奈の兄姉にとっては目の上のたんこぶである。
比類なき当主と呼ばれるサルベルでさえ手を焼くと豪語させた彼女は、ヴィーラント家の力を一切使わずに荒れに荒れていたこの州をまとめあげた。
ちなみに、父とは仲が良く、本家に帰った際にはお互いに笑って銃口を向け合う仲だとの事だ。
ヴィーラント家の子供は現在男4人に女3人である。正室が産んだのは男に2人に女1人である。そして、今ヴィーラント家は跡取り問題で水面下で争っている状態だ。誰が1番父が喜ぶ物を献上出来るか、誰がその情報を素早く手に入れれるか、その争いがアメリカ全土で巻き起こっている。
だが、その争いに一切関与せずと無視を決め込むのが2人いる。
この部屋でお互いに睨み合っている香里奈・ガブリエラ・ヴィーラントと、ケニー・バン・ヴィーラントである。
無言の州の王者の睨み合いに、護衛がゴクリと唾を飲む。すると、まるでそれを待っていたかのように、香里奈が紅茶を口に運び、ケニーがテーブルの上に数枚の手紙を投げる。
「パーティに興味はなくってよ」
「お前が今喉から手が飛び出るほど欲しがっているパーティの招待状さ」
「あら、お兄様に私の欲しいものが分かるの?」
くすくすと笑う妹に、ケニーはもちろん、と笑いながら頷き返す。
「これは勝手に君の敷地を荒らしたお詫びと思ってくれていい。なんなら別の物もつけよう」
「へぇ、別の物?」
香里奈がテーブルの上の手紙を取りドルタに渡す。
「俺が香里奈派に.....」
「結構」
冷めた目でケニーを睨みつけながら言う香里奈に、ケニーは苦笑を返して近くにあった酒を1口飲む。
「なぜ?」
「はっ!今お兄様達はお父様の気を引く為に必死だろうけど、お父様がそんなんで満足するような人ならヴィーラント家で比類なき当主なんて言われるわけがない。あと、あなたに助けを求めるぐらいならお父様の眉間を鉄砲でぶち抜くわ」
ふん!と香里奈が笑うと、ケニーも笑って答える。
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