57 / 59
第57話 僕が手を取ったのは(本編最終回)
緊張と緩慢を繰り返して、僕の心は疲弊しきっていた。
でも、ちゃんと伝えないと。
僕のために11年待っていたんだから…
事務所内には防音効果のあるスタジオが設置してある。
僕は、彼が良く使う一室に向かった。
案の定、茂知が楽器を弄っていた。
彼は、作曲の時は集中できるからと自宅を使うが、調整や練習はスタジオをよく使っている。
僕がドアをノックして開けると、茂知は不審げな顔をこちらに向けた。
目が合うと「なんだ、はたか」と言った。
「お疲れ様。茂知も、オフの日なのに偉いね」
と僕が言うと
「誰かさんが抜けるせいで、編曲が必要になったからな」
と可愛くない返答が返ってきた。
「それはどーもすみませんね」
「別に…、茶之介が入るときも調整したから慣れてるけど」
自分の事でいっぱいいっぱいだったけれど、茂知もあの時は苦労していたんだなと改めて思った。
茶之介くんが入ったころ…、懐かしいなぁなんて感傷に浸っていると
「で、何か用かよ」
と茂知に訊かれた。
「あ、そうだった。
忙しいのに邪魔してごめんね」
「…、抜けた後も会えるのは嬉しいけど」
と、思わぬデレを食らい、僕は恥ずかしさやらなんやらで顔が熱くなった。
普段、ツンツンしている分デレられると攻撃力が2倍になる。
「ん"ん"っ"」と僕が咳払いして耐えていると、茂知が『なんだこいつ』みたいな怪訝そうな顔をする。
君のせいだからね。
「えっと、本題に入るね」
「おう?」
「5年前、茂知が僕に告白してくれたよね」
「…、したけど」
「その返事をしようと思って来たんだ」
僕がそう言うと、茂知の表情が心なしか真剣になった。
射貫かんばかりに僕を見ている。
僕はそっと深呼吸をして口を開く。
「僕も、多分…、茂知が好きなんだと思う。
だから…」
「待て」
「え?」
まさか途中で止められると思わず、困惑する。
ま、まさか、5年経って気持ちが変わったとか!?
茂知に目を向けると、彼は顔を覆って「ちょっと…、待ってくれ」と呟いている。
心なしか耳が赤い。
これは…、照れている?
僕は少々戸惑いつつも「茂知?」と声を掛けた。
茂知は顔を覆っている手を少し下げて、口元は隠しつつも僕を見た。
「はたが…、俺を好き?」
「え、う、うん。そう言ってる。
もうあれは時効だったかな?」
僕がそう訊くと、彼は首を横に振った。
「全然まだ好き。
多分、今後もずっと変わらないと思う」
「へ、へぇ…」
こいつはツンケンしているくせになんで言葉はこんなに素直なんだよ!と内心突っ込む。
そこが茂知の良さでもあるんだけれど。
彼の照れが伝染したように、僕も顔が熱い。
きっと真っ赤になっている。
僕、33歳なんだけど…
年甲斐もなく照れていると、茂知が「つまりそれって、付き合うってことでいいんだよな?」と訊く。
僕は躊躇いつつも首肯した。
「そっか…、はは」と茂知が笑う。
「すげー嬉しい」と呟いた後、僕を手招きする。
なんだ?と思いつつも近付くと、力いっぱい抱きすくめられた。
「誰かに掻っ攫われなくて良かった」
「僕なんかって思ってたけど、急にモテ期来たもんね。
女の子は1人もいなかったけど」
と僕が言うと
「は?女のファンが沢山ついたじゃねぇか」
と茂知に突っ込まれた。
でも、僕のファンって茶畑が好きなわけで…、僕へのガチ恋って全然聞かないんだけどね…
「茂知、11年も待っててくれてありがとう。
本当に茂知は忍耐力がある偉い子だね」
と僕が褒めると
「そうやってガキみたいに扱うの辞めろ」
と怒られた。
本心なのに…
それから、流石に世間やファンに向けては、僕たちの事は黙っておくことにした。
事務所内の人には報告した。
マネージャーと社長は「やっとか」とか「茂知を選んだんだ」とか、まるで知ってましたという反応を返された。
茶之介くんには当日に伝えたので、「おめでとうございます、悔しいけど」と祝福された。
麦は「もち、良かったね」と言った後に、僕に向けて「もちを泣かせたり不安にさせたら、はたちゃんでも許さないからね」と圧を掛けられた。
アイドルと付き合うなんて、今後大変な事ばかりだと思う。
でも、努力家でまっすぐな茂知となら乗り越えていけるだろう。
--------本編 了--------
ともだちにシェアしよう!

