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第56話 残した仕事

打ち上げでは、卒業おめでとうのばかでかケーキが出て来たり、花束をたくさんもらったり、記念品だなんだと色々と手いっぱいに持たされて帰宅した。 夢の様だった。 ライブも、今までの11年間も… その思い出だけで僕は十分に成仏できる気がした。 死んでないけれど。 ---------- 夢見心地のまま朝を迎える。 餅麦茶畑の仕事は少しだけ残っているが、僕は今日からはグループのメンバーではない。 そう考えると、少しだけ胸がスース―した。 僕はふぅっと息を吐いて、とある番号に電話をする。 もしかして仕事中かも、と思ったけれど2~3コールで繋がった。 「もしもし?はたちゃん? どうしたの急に? え、デートのお誘い!?」 蜂谷さんがはしゃいだ声で矢継ぎ早に話し始めるので、僕は若干面食らった。 「いえ、あの」 「うん!」と食い気味に返事をする蜂谷さんに少しだけ胸が痛む。 「こんなこと、電話で言うのもどうかと思ったんですけど、蜂谷さんも忙しいと思ったので電話しました」 僕がそう言うと、先ほどまでの陽気な返事ではなく真面目な声で「うん」と返ってきた。 「僕、昨日アイドル辞めたんですよ」 「知ってる。はたちゃんが招待してくれたからちゃんと観てたよ。 すごくいいライブだった」 瑠璃茉莉が咲いた日で共演した俳優さんや矢島監督にも、僕はライブへの招待券を渡していた。 「ありがとうございます。 それで…、恋愛も自由化したんですけど」 「うん」 「僕には蜂谷さんのお気持ちに応えることが出来ません。 お気持ちは本当に嬉しかったです。すみません」 しばしの無言。 電話を切ろうと口を開いたところで「そっかぁ…」と蜂谷さんが呟いた。 「めちゃくちゃショックだけどしょうがないもんね。 返事くれてありがとう」 「いえ…、こちらこそありがとうございました」 また無言の時間が始まる。 「俺…、はたちゃん以外の人、好きになれるかな」 と沈んだ声が聞こえた。 そんなのは考えなくてもわかる。 僕よりも魅力的な人間なんて五万といるんだから。 でも、無責任なことを言うのは辞めておく。 「それは分かりません…、けど、僕を好いてくれた蜂谷さんが幸せになることを祈ってます」 これは本心だ。 僕なんかよりずっと素敵な人と幸せになってほしい。 「うん…、ありがとう。 矢島軍団として、映画の差し入れしに行くね。 友達として…、また仲良くしてくれる?」 その問いかけには即答する。 「はい!よろしくお願いします!」 蜂谷さんは息で笑うと、「じゃあ、また現場で」と言って電話を切った。 僕は、ほぉっと肩で息を吐く。 緊張した… 人の好意をお断りするってこんな気持ちなんだ… 僕にはまだやることがある。 さっと支度を整えると、事務所に向かった。 今日は3人ともオフだけど、彼はきっといるはずだ。 レッスン室に行くと、茶之介くんが1人で自主練していた。 さすが… 「ちゃんと休めるときは休めるんだよ」 僕が声をかけると、茶之介くんは驚いた様子で振り返った。 僕と目が合うとたちまち破顔する。 「実さん!お疲れ様です!!」 「茶之介くんこそ、お疲れ様」 「練習っ…、ではないですよね?」 恐らく、いつもの通り『練習っすか?』と言いかけたのだろう。 残念ながら、僕はもう練習する必要がないのだ。 「うん。邪魔してごめんね。 少し話があるんだけど、時間ある?」 「はい」 茶之介くんは音楽を止め、僕の方へ歩み寄ってきた。 「5年前に僕に告白してくれたよね」 「はい!!今でも好きです」 自信満々に答えてくれた茶之介くんに胸が痛む。 「やっぱり僕には、茶之介くんの気持ちに応えられない」 「メンバーじゃなくなっても、アイドル辞めてからも、俺は何年でも待てます。 それでもだめですか?」 「うん…、僕、好きな人が出来たんだ。 だからいくら待ってもらっても応えられないと思う」 何とか言い切った。 茶之介くんは今までにないくらい悲しそうな顔をしている。 僕なんかのことでそんな顔してほしくないのに。 「分かりました。 でももし、実さんの気持ちが冷めた時は、いつでも俺の事思い出してください」 そんな言葉に、僕は思わず笑う。 「嬉しいけど、茶之介くんはいつまでも僕を待たないでね。 大切にしたい人を見つけてほしい」 「10年近く実さんを見てきて…、それ以上の人なんて現れなかったんです」 「それは盲目だっただけだよ。 ここまで一緒に頑張ってきた仲間として、茶之介くんの幸せを願ってる」 僕がそう言うと、茶之介くんはさらに目を潤ませ、ついには服の袖で目を覆った。 涙を拭ってから、彼は「聞いても良いですか」と顔を上げた。 「うん。答えられることなら」 「実さんの好きな人って誰ですか?」 僕は一度目を閉じる。 僕の瞼の裏に浮かぶ人は、いつからか彼だった気がする。 「ああ、それはね…」

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