55 / 59
第55話 終幕
まあ茂知がどこにいるのかなんて目星は着いているんだけどね。
僕は真っ先に小会議室に向かった。
やはり、茂知はそこでイヤフォンをして歌を口ずさんでいた。
茂知は歌が本当に好きだなと感心しながらも、彼の肩をたたく。
茂知はイヤフォンを外して、少し不満げにこちらを見上げる。
まるで音楽を止められたことが不満といった顔だ。
毎度同じことをされているのに律儀に同じ反応を返してくる。
「休憩終わりだって。
早く戻るよ」
僕がそう言うと、彼は「ああ」とだけ答える。
これが本当に僕を好きな態度なのか…?
と、少し疑問に思うんだけれど。
「僕がいなくなったら誰が呼びに行くんだろうね~。
やっぱ茶之介くんかな」
「別に…、はたが来ないなら時間見て自分で戻る」
茂知の一言に僕は「はぁ!?」と目を剥く。
「僕だからわざとやってたってこと!?
やっぱ茂知って僕の事嫌いだよね!?」
じゃなきゃ辻褄が合わない。
すると茂知は溜息を吐いた。
やれやれといった様子で
「お前本当に鈍感だな。
2人きりになりたいからに決まってんだろ」
と言った。
「そ、そうなんだ…」
急なデレにこっちが照れてしまう。
そういえば、茂知が書く曲ってロマンチックな曲が多いんだった。
茂知は”柏茂知”名義でも曲を出している。
茂知のガチファンは、アイドルの時の王子っぽさとの違いが良くて、ソロの活動もめちゃくちゃ推しているらしい。
何とも言えない空気のままレッスン室に2人で戻る。
僕たちを見るなり、茶之介くんが「茂知さん、実さんになんかしました!?」と声を上げた。
僕が相当変な顔をしていたのだろう。
上手く隠せるようになったと思ってたんだけどな。
茂知がめんどくさそうに「なにもしてねえよ」と言う。
そこへ講師が「梅ちゃん、レッスンに集中しなさい!もちちゃんも毎回毎回探させない!」と鋭い声が飛ぶ。
2人は「すみませーん」と言いながら、レッスンに戻る。
こうやってわいわい練習に参加できるのも残りわずか、なんて思うといちいち感傷に浸ってしまう。
それだけ、アイドルとしての11年は僕の人生の中で間違いなく濃くて幸せな時間だった。
最後のライブ。
そう思って普段の何倍も自主練に明け暮れた。
入所当時くらい練習をしている気がする。
でもそれがとても楽しくて、ちょっとだけ卒業するのが惜しい気持ちちになった。
そして迎えたライブ当日。
嬉しいことにいつもよりも僕の色のペンラが多い気がした。
最後の曲は、メンバーからの厚意で僕のソロ曲。
この日のために茂知が書きおろしてくれた曲だった。
ふと、緑のライトを持っているファンの子たちが目に入る。
皆、笑顔で楽しんでいる様子だけれども泣いていた。
握手会に最近並んでくれていた子も何人かいる。
その瞬間、僕の11年間が実っていたという実感が湧いて、思わず声が震えた。
不人気でやってきたけれど、折れずに続けてよかった。
あの時、辞めてしまわないで良かったと心から思った。
そうして湿っぽく最後の曲は終わったけれど、アンコールの声とともに4人はまたステージに戻る。
明るくポップなデビュー曲を歌って、僕の卒業ライブは幕を閉じた。
ともだちにシェアしよう!

