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第54話 忘れていたこと

「どうって…?」と茂知が返すので 「茶之介くんは嫌だって言ってたけど、麦は割と享受してたじゃん。 茂知は?」 と付け加える。 まさか、何とも思わないなんてこと無いよね? いや、あり得るのか? と自問自答していると、茂知が溜息を吐いた。 「分かんねぇ」 「え?」 「そりゃずっと同じグループでいたいけど、アイドル辞めたら俺とのこと真剣に考えてくれるってことだろ? 嬉しいのか悲しいのか分かんねぇよ」 そう言われて、告白とその返事の事を思い出した。 『同じグループでいるうちは付き合うとか考えられない』 それが、5年前の僕が出した答えだった。 そうか…、脱退したらちゃんと返事しなきゃいけないのか… ええ!!? 自分がとんでないことを忘れていたのに気付いて、どっと冷汗が噴き出す。 っていうか、やっぱり茂知もまだ僕の事… 僕が一言も返さないでいると、「お前…、俺の告白のこと忘れてたのかよ」と低い声で突っ込まれた。 「ご、ごめん!思い出した!! 最後のライブが終わったら…、ちゃんと言うね」 と、僕は頭を下げた。 自分の事で頭がいっぱいだった… 「振られるくらいなら、アイドル続けてほしいってのが本音」 と茂知がぽつりと言う。 僕には、そんな風に言ってもらえるほどの価値があるとは到底思えないけれど、その言葉は有難く受け取ることにした。 それから1週間が経って、公式からファンの皆へ僕の卒業が告知された。 かつては不人気すぎて「なんでいるの?」とまで言われていたのに、ファンの子たちは悲しんでくれている。 「有難いことだ~」と僕が携帯を見ながらつぶやくと、「俺は悲しいですよ!!」と茶之介くんが僕に引っ付く。 今は、レッスンの休憩時間だ。 「俺がこのグループのオーデション受けたのって、実さんの影響なんですよ」 「え?」 僕に憧れて入所したってこと? でも、茶之介くんが来た頃って、僕は本当に不人気だったけれど? 「もう時効だから言うんですけど、俺、ちゃちゃまるです」 ”ちゃちゃまるくん” その名前で思い出すのは1人の少年だ。 握手会でいつも僕の列に並んでくれて、CDやMVを出すと真っ先に感想をSNSに上げてくれていた… 「やっぱりそうだよね!? あれ?でも、初めて会った時『違います』って言ってたよね?」 初めて(?)茶之介くんに会った時、僕は絶対に彼だと思って訊いたら「違います」と力強く否定されたのだ。 「だって…、ファンが追いかけてきて同じグループに加入したって怖くないですか?」 茶之介くんがおずおずと訊く。 「確かに!!!」と、僕が初めて恐怖を覚えた。 「ですよね…。当たり前に下心が暴走しましたし。 実さんじゃなかったら今頃通報されてますよ」 今、初めて茶之介くんの異常性に驚いている。 けれど、僕は”今の”茶之介くんを信じているから、今さらなんだかんだと騒ぐつもりもない。 「そっかぁ…。まあ怖いけれど、いくら好きだからってここのオーディションを勝ち上がるのって生半可な事じゃないからね。 そこは茶之介くんの実力だもんね」 「ありがとうございます。 でも…、やっぱり実さん、ちょろすぎませんか?」 と、なんか失礼なことを言われたので肩のあたりをどついた。 「レッスン再開するわよ~」と講師がレッスン室に戻ってきた。 「またもちむぎがいないわね」と講師が部屋を見回して言う。 「麦はいるよ」と講師の後ろからひょっこりと麦が現れた。 「じゃあ僕、茂知を探してきます」と僕が言う。 茂知探し係はいつも僕だった。 この係もライブが過ぎ去れば卒業になるのだと思うと少し寂しい。 「そう?じゃあお願いね」と講師は言い、「じゃあ先に麦ちゃんと梅ちゃんのパート合わせるわよ」と声をかける。 「え~、もち戻るまで休もうよ~」と文句を言う麦を背に、僕は社内を探すべく小走りで走り出した。

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