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素敵な彼氏 1
言う機会は何度かあった。例えば共同で行った事業が成功した時の飲み会。真島の声を遮らなければバラされていただろう。そうしなかったのは雅が本気で裕司の事を好きにになってしまっていたからだ。
安倍 宮子 こと安倍 雅 はれっきとした男である。
雅は幼いころからかわいいものが大好きだった。ぬいぐるみ、メイク道具のおもちゃ、女の子物のキャラクター、ピンク色、スカート、動物、ココア、赤ちゃん…。
かわいいものを見るたびに買ってと泣き、自分に身に着けるのが雅の至福の時間だった。
それに加えて、幼いころの雅の見た目は女の子とほぼ変わらないため外に出るたびにかわいい子ねと言われることが多く、それも雅にとっては嬉しい出来事だった。両親も性別や容姿を特に気にするような性格でもなかったため、雅はすくすくと育った。
問題だったのは、母方の祖母である。
祖母は孫娘を望んでおり、男として生まれた雅を嫌煙しなにかにつけてこれだから男の子はと言って雅を貶した。
しかし雅がかわいいものが好きで女の子の風体をしているとわかると、すぐにころっと態度を変え雅ちゃんはかわいいね、かわいいねと言い始めた。
最初こそいい気分だった雅もその執着に徐々に違和感を覚え始め、やめてと言うようになった。
雅はかわいいものが好きだったが、決して女になりたいと思っていたわけではない。けれど祖母はそれを無視し、今は多様性の時代だもの、女の子みたいでもいいのよと雅の意思を無視した発言を繰り返す。
祖父は祖母の言うことに我関せずといった感じで何も言うことはなかった。
最終的に両親は祖母との付き合いをほぼやめることにしたが、雅が小学生3年生の時、不幸にも事故で2人がこの世を去った。
もちろん雅の行く先は存命している祖父母の家である。
いざ行ってみると、祖父母の家はさほど悪くはなかった。雅の好きな食べ物を作ってくれ、好きなものを買い与えてくれ、好きな時間に寝かせてくれた。
しかし、祖母は雅を女の子として扱う。
女の子用の服しか着せず、女の子向けのテレビしか見せず、女の子のように過ごせと命じた。たしかにスカートは好きだったが人前で履くのは恥ずかしかったし、祖父母の友人に女の子として紹介されるのも違和感があった。しかし"女の子"を嫌がると祖母の言いなりだった祖父が雅を納屋に閉じ込めたり、暴力をふるったりした。
そのような日々が続くうちに、雅は抵抗することをやめた。
家の中だけだったその行為も、雅が抵抗しないとわかると学校でいる間も強要するようになる。
この子は女の子の心を持っているんです、女の子として扱ってあげてください。そんなことを祖母は学校に言い、”寛容な”学校側はそれを許諾した。先生は今はそういう子もいるんだよ、とみんなの前で話した。
次第に雅は祖父母が勝手に呼んでいる「宮子」と呼ばれるようになり、自分の名前を忘れるようになる。
高校までは祖父母が学校側に配慮するようにいいつけていたが、大学ではそういう行為はなくなり―雅が完全に抵抗しなくなっていたためだ―、ある程度監視の目も緩くなり自由が利くようになった。
その頃には雅は周りから完全に女だと思われるようになっていた。仕草から言葉遣い、服装やメイクなど、一般の女性となんら変わらない姿をしていた。
しかし身長は164cmと男性にしては小さいものの女性としては大きく、祖父母はどうにかして雅の身長を小さくできないか考えていた。結局身長だけはどうにもできず、祖父母はそれについて何か言うこともなくなった。
大学に入ると雅は自然と恋愛をしてみたいと思うようになった。
雅にとっては不幸にも、雅を女として育ててきた祖父母にとっては幸運にも、雅の恋愛対象は男性で、大学に入学して以来時々声をかけられることがあり告白されることも多々あった。
しかし、雅は女として愛されたいわけではなく、男として自分を愛してくれる人を探していた。
そのため告白された際は必ず自分は男性だと打ち明けていたが、皆一様に去って行ってしまう。
「ありえない」「騙された」「かわいい女の子だと思ったのに」「ごめんだけど受け付けない」。
同じような言葉を吐かれ続けると、雅も男性だと打ち明けることができなくなり告白自体断るようになった。だがこれがよくなかったようで、大学ではかわいいくせに高飛車な女だと噂を立てられるようになった。
それが嫌だった雅が仕方なく男性と付き合うようになるも、今度は付き合ったのだから夜の行為をしようという話をされる。
だが男とバレれば今までと同じように自分の元を去っていくと思うと言うこともそういう行為をすることもできず、結果破局してしまうのだった。
そうしてセックスをしないお高くとまってる女だとまた悪い噂が立てられる。最終的に疲れた雅は誰とも関係を持たなくなってしまった。
ある時、祖母は雅に性転換手術用の費用を少しずつ貯めているのよと嬉しそうに言った。それに雅は嫌悪感を抱き、同時に強い危機感を覚えた。
このままでは本気でいつか女にさせられるのではないか、と。
そのため雅は必死に就職活動を行い、結果、祖父母の家から車で片道5時間ほどかかる就職先を見つけた。
祖母もなんとか言いくるめ、雅は卒業後、ようやくこの忌まわしい家を出ることとなった。
しかし1か月に1回は家に帰ること、2日に1回は電話に出ることを約束させられ、祖母は少しの隙も見せなかった。雅の心にまだ男でいたいという気持ちをどこかで感じ取っていたのだろう。
祖父母の元を離れ一人暮らしをするようになっても雅は女装をやめることはできなかった。いざ自由になると、本当の自分がわからなくなってしまったからだ。
長年やっていたことで染みついた癖は一人になったところで抜けるわけもなく、体はどうしても女としての生を歩もうとする。長い髪にオイルを塗ったり、爪を整えたり、化粧道具を揃えたり。そのような行動をする度、雅はそれが男性もする行為なのかを調べては自分を安心させていた。
髪を整えるのは男性もすること、爪を整えるのは誰でもすること、化粧も今の時代は男女関係なくすること。それでもどこかでこれは女性特有の行動だと思ってしまう自分が心の中にいた。
そのため結局会社に自分は心の性別が違っていると自ら嘘の申告をすることになり、社会人になってなお雅は祖母の呪縛から逃げられないでいた。
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