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素敵な彼氏 2
その後、雅は会社の人には「安倍さん」「宮子さん」と呼ばれるようになる。女性比率の多い総務に配属され、女性社員の友達ができた。
それはそれで楽しいものがあったが、困ったのは来客だった。
会社の人たちは最初こそかわいい女子社員が入社したということで見に来ていたが、雅が男とわかると自然とそれもなくなっていった。
しかし来客はそうはいかない。初めに名乗るのは名前であって性別ではないからだ。そのせいで来る人来る人に連絡先を交換して欲しいと言われ、雅は次第に辟易するようになる。
雅の容姿は就職してから磨きがかかった。
恐らく祖父母というストレスの根源から離れたからだろう。1ヶ月に1回はちゃんと帰るし、電話もほぼ毎日行っているが、それでも身近にいたときよりは断然よかった。
祖父母の家にいた時より腹が減るためよく食べるようになり、肌がつやつやになった。しっかり稼げるようになったため化粧品もより良いものが買えるようになり、よりきれいに魅せれるようにもなった。
そのようなことがあるためより一層雅は「宮子」として扱われ、来客からは告白はもちろんのことストーカーまがいのことをされることもあった。
そんなある日、裕司が来た。
彼は初めにきちんとフルネームで雅に挨拶をしてくれ、名刺もくれた。そして驚くことに、特に雅に何も要求することなく帰ったのだ。今まで来客といえば雅を見るたび「連絡先を交換して欲しい」「一緒にどこか行かないか」「いい店を知っているから食べに行かないか」などとナンパをしてきた。
にもかかわらず、裕司のこの対応。雅には彼が神様に見えた。
彼は雅の会社の担当のようで、よく会社に来てくれた。
それなのに毎回彼は雅に軽く挨拶するだけで帰っていく。まるで雅に全く興味がないように。興味がないというか、これが普通の対応なのだと雅は徐々に気づき始める。
そうするとまるで自分が普通の人間になったかのように感じて嬉しくなった。だから、裕司が来るたびに嬉しくなってついいろんな話をしてしまうようになった。
そして事件が起こる。
会社で使っているサーバーがダウンしてしまったのだ。会社は大混乱を極め、雅も会社にかかってくる電話の対応に明け暮れた。
その時同じく対応に追われていた社長に「相良くんを呼んでくれ!」と呼ばれて、雅は大急ぎで名刺入れを探した。
彼の会社の商品もうちは受け入れていて、そのサーバーだけでも復活できたらと社長は考えたのだろう。
電話をかけたところすぐに行くと返事をもらえて、彼は言葉の通りすぐに何人かの社員を引き連れて雅の会社に来てくれた。
それからは本当に時間を気にする余裕がないほど対応に追われた。
サーバーの全復旧が終わったのは22時ごろで、誰一人として今日中には帰れないと思っていたため、みんなで歓声を上げた。もはや絶叫に近かった気がする。
雅も床に近くにあった椅子に座り込み、ほっと一息ついた。
その近くにはたまたま裕司が座り込んでいて、裕司と同じ視線になろうと膝をつき、お互い顔を合わせてお疲れ様と言い合った。
『安倍さんもお疲れさまでした。今日中に復旧できてよかったですね…』
『ほんとそうですね…今日は帰れないかと思いました』
『僕もです』
笑いけけてくれる裕司が、輝いて見えた。
この人は、本当にいい人だ。今まで雅に対する一切態度を変える事なく、今日のことだって文句一つこぼさずこうして最後まで残ってくれた。たとえそれが仕事のためだとしても、雅にはそれが素敵で素晴らしいことだと思えた。
こんな人と付き合えたら、なんて戯言を思った時、裕司の方から電話番号を登録してもいいかと聞かれた。
その後裕司はしまったという顔をして、今後何か連絡があるかもしれないから、と言い訳を言う。初めての裕司からのアプローチに雅は、トークアプリで話しませんかと同じように心を許した。
このことが功を奏して、裕司と時々連絡を取り合う仲になった。裕司がどう思っているのかはわからなかったが、雅は本気で裕司のことが好きになりつつあった。けれどその頃になって裕司は雅の会社の担当を外れてしまい、顔を合わせる機会がなくなってしまう。
寂しさを感じ始めた頃、裕司の会社と雅の会社で合同で行っていた事業が波に乗り、それを祝して飲み会が開かれた。
雅は飲み会が苦手だ。皆が皆そうではないのだが、一部の人間は酒に酔うと気分が良くなってプライベートなことを聞いてきたりセクハラ紛いのことをしてくるようになる。
雅に対する扱いは特にひどく、下着はどうしているのか、いつ性器を取り除くのかなどかなり込み入った話を聞かれることが多かった。それに雅は酒が飲めない。アルコールの匂いがどうしても好きになれないのだ。
それでも今回は、今回だけは少し楽しみだった。もしかしたら裕司に会えるかもしれないという下心があったからである。
結局、裕司には会えた。けれど、同時に嫌な思い出にもなってしまった。
以前からセクハラを行っていた真島が雅の性別について言及しようとしてきて、咄嗟に叫んで遮ってしまったのだ。今思えばこの時にバラされてしまえばこの後こんなに苦しむことはなかったのにと思う。
付き合って二年、雅は未だに自分が男だといまだに言えずにいる。
裕司はどこまでも優しい。雅がどれだけ夜の行為を嫌がっても許してくれる。付き合っているからといって夜の行為を必ずしもしなければならないというわけではない。けれど健全な付き合いにはその行為はつきものだ。
もうそろそろ裕司も疑問を抱き始めるだろう。何か雅が隠しているのではないか、と。
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