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第2話 夕顔とアザレア
「善洋、畑に行くから一緒にこいよ」
自室の布団の上でゴロゴロし、スマホの画面を眺めていた善洋の耳に父親の声が響く。
実家に帰ってきて1日目、少しゆっくりさせて欲しいと思うも、善洋は父親に逆らう度胸はない。重たい体を起こしてスマホを机に置く。
「分かったー」
めんどくさい、というのをグッと抑えて善洋は返事をする。
自室の扉を開いてのそっと顔を出し、階段を力なく降りていく。その先では長靴を履いた父が玄関に腰を下ろしていた。
「ほら、行くぞ」
父は振り返ることなく、善洋の足音を聞いて立ち上がる。片手にはいくつも鍵がぶら下がったキーホルダーを持っていた。
「あっつ」
午前中とはいえ、8月の晴天。容赦ない太陽がジリジリと日頃外に出ない善洋を照りつける。
玄関の先に停めてある雨除けのない軽トラック、太陽に照らされ続けられたその車内はサウナ並みの暑さ。乗り込んだ瞬間感じる熱気に善洋は率直な暑いと言う感想を吐き出す。
「先にエンジン掛けておくべきだったな」
隣の運転席に乗り込んだ父がシフトペダルを踏みながら苦笑いを浮かべる。静かな振動と共にキュルキュル言いながらかかるエンジン。もわっとした風がエアコンの口から出てくるのに眉を寄せる。
「あー、さっさと行くか」
父もその熱風に顔を歪めながら車を動かし始める。
しばらくすれば冷たい空気に変わるので、それまで耐えるしかない。出発したての車内は不快感にお互い無言だったが、冷房が効いてくると共に口数が増えていった。
「そういえば、今年は休み中こっちにいるんだって?」
「うん、多分来年は就活で来れるかわかんないし、大学が終わって就職したら多分もっと来れなくなるから」
「そうか、寂しくなるなぁ」
就職先は今いる大学から近いところがいい。父や母、実家が嫌いなわけじゃない。田舎も好きだが何かと不便で都会の便利さを知った今では、ここに戻ってこようという気になれないのだ。
「そういえば、兄さんは帰ってくるの?」
「あいつはすっかり顔も見せなくなったなぁ、今年も帰ってきそうもないな」
兄さん、善洋の3歳上の兄で柴崎家の長男ー柴崎瑛士 。大学を機に上京してその先で就職。上京したては長休みに入ると実家に戻ってきていたのがだ、もうすっかり電話やメッセージアプリでのやり取りのみで顔を見せることはなくなった。
「そっか、兄さんらしいな」
「あいつは田舎 が嫌いだからな」
軽トラを運転する父の横顔は、笑っているも少し寂しさを背負っていた。兄は田舎嫌い、善洋とは違って中学からずっと家から出たがっていた。善洋はというと、実家から通える距離にいきたい学校がなく、折角だからと都会にでただけで、別にそこに強い意志はない。
兄の話も大概に、そろそろ目的地、父の所有する畑が見えてきた。
「さあ、着いたぞ」
父の言葉に善洋は軽トラから降りる。涼しくなった車内から出た瞬間感じる夏の温度。畑の向こうの山からは蝉の合唱が聞こえてくる。
次いで車から降りた父、畑仕事を手伝うため善洋は父の後ろをついて歩いていく。
ーー
「つっかれたー」
日が徐々に傾いて温度が下がり始めた頃、善洋は芝の上で酷使した腕を広げて寝そべる。もう一歩も動けない、と付け加えつつ足をバタバタ動かしている。
「おつかれさん、助かったよ」
父が善洋を覗き込んで汗だくの笑顔を見せる。日頃運動もましてや外にも大して出歩かない善洋にとって畑仕事はかなりの重労働だ。ただでさえ8月で暑いのに、重いものを持ったり足場の悪い畦道を通ったりと体力はもう擦り切れである。
父は慣れているので、転がった善洋を笑いながら耕運機や道具を軽トラの荷台に涼しい顔で乗せている。もう手伝う気のない善洋は、空を泳ぐ雲を見ながら山から聞こえるヒグラシの声を聞き流していく。
「じゃあ、帰るか」
善洋は父の声に朝より気だるい体を起こすと、体についた草をパタパタ叩き落とす。声の聞こえる方向へ歩くと今朝の軽トラと目が合う。
乗り込んだ軽トラは丁度木の影になっていて、朝ほどの熱気を感じることはなかった。
軽トラは朝来た道を戻っていく。夕方になったからか、進んでいる方向が違うからか、全く違う道を通っている感じがした。
「そうだ、荷台のスイカ、一個白川先生に持って言ってくれないか?」
ほとんど家の前、父親がふと思い出したように話す。出荷用とは別に今日積んできたスイカ、数が多いから近所の誰かにあげるんだろうなとは薄々思っていた。
「僕が持っていくの?」
「父さん、車直してくるから、ほい」
家のまえで停車した軽トラ、父はスッと運転席から降りると荷台のスイカを一個持って善洋の前に持ってくる。受け取るしかないそれを受け取ると、ずしっと腕に重みが伝わる。
重い、成人男性と言っても細い腕の、しかも先ほどまで畑仕事を手伝っていた善洋にとってこれはかなりの重量である。落とすほどではないとはいえ、結構危なっかしい。
「さっさと持って行けー」
父はそういうと車に乗り込み軽トラを倉庫まで走らせて行ってしまった。
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