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第20話

 シャワーを浴び、麻野に隅々まで綺麗に洗ってもらったあと、ぼくは麻野を椅子代わりに床に座り、歯を磨いていた。 「おい、いつまで磨くんだよ? エナメル質が傷つくぞ」  呆れたような声色で麻野が言う。ぼくは無視して、がしゅがしゅと音を立てて磨き続ける。麻野はぼくがなにを言いたいかに気付いているようで、ぼくの背後で仕方ないなと笑っていた。 「立たせろ」 「はいはい」  麻野がぼくを立たせ、軽々と抱き上げてシンクまで連れてくる。ぼくはシンクの縁に手を掛けて、口の中のものをべっと吐き出した。 「この潔癖め」  麻野が言う。 「うるさい。おまえがぼくの足を舐めた口でキスなんかするからだ。精液も舐めた。しかも洗ってくれる条件とか言ってぼくにフェラさせただろ。図々しい」 「ちっ、かわいかったのはセックスのときだけかよ。終わった端から憎まれ口叩きやがって」  麻野がぼやくように言って、ぼくのしりを撫でる。ぼくは麻野の足を踏みつけ、ぐりぐりと煙草の火を消すかのように足を動かした。 「いたいっつの」  ぼくは「自業自得だ」と冷たくあしらって、うがいをした。ぐちゅぐちゅと音を立ててうがいをしていると、麻野がぼくの頭にあごを乗せた。 「ねえ、まだ? つか、うがいもしすぎ。どんだけだよ」  ぼくはべっと口の中の物を吐いて、麻野の腹に肘鉄をお見舞いした。 「うるさい」  20回近くうがいをしたあと、ぼくはコップに貯めた水でシンクを流し、トレイにコップを伏せ、歯ブラシ立てに歯ブラシを収めた。 「連れて行け」 「はいはい、お姫様。仰せのとおりに」  麻野に命令すると、麻野はまたぼくをお姫様抱っこして、ベッドまで連れてきてくれた。  どちらのものともつかない汗と精液がマットレスまで滲みるほど、ベッドの上はぐちゃぐちゃになっていた。シーツと枕カバーまで律儀に替えてくれていたのはいいが、マットレスはどうしてくれると詰め寄り、麻野が弁償するということで話が纏まった。  麻野はぼくをベッドに寝かせると、寒いだろうと毛布を掛けてくれた。 「おまえ、甲斐甲斐しく世話をするほどぼくが好きだったんだな」  ぼくがぼやくように言うと、麻野がぼくの鼻をつまんだ。 「だから前から言ってるだろうが。おまえが勝手に勘違いをして、遠慮して、自分から逃げていたんだぞ。ちょっと前までいい感じだったのに、逃げられるこっちの身にもなれよ」  ムッとしたように麻野が言う。ぼくはそれには答えず、麻野の手を取った。 「ぼくも、好きだぞ。ずっと前から」 「知ってる。つか、駄々漏れ。つんけんしてるくせにかまって欲しいのが見え見えだった」 「そ、そんなわけないだろう! ぼくは節度をわきまえてだなあ!」  麻野にばれていたことに驚いて言い訳がましく反論すると、麻野はぼくの前髪を軽く梳いて、額にキスをした。 「あーもう、すげえ好き」  かわいいと言いながら、麻野がキスの雨を降らせてくる。ぼくはやめろと抵抗したが、麻野は止まらなかった。 「もうっ、いい加減帰れよ。雪弥さんだって心配しているだろうし、ぼくも眠れない」  あまりのしつこさに腹が立ってきてぼくが訴えると、麻野はクックッと笑って、ぼくの隣に横たわった。 「泊めてよ、もう遅い」  言われて時計を見ると、もう2時を過ぎていた。仕方がないなと呟いたら、麻野はぼくの頭をわしゃわしゃと撫でた。 「明日‥‥ていうか今日、学校に行けそうか?」 「この状況を見てどう思う?」  逆にぼくが問うと、麻野は苦笑を漏らして、「無理だろうな」と言った。 「成瀬にノートを丁寧に正確に取るように伝えとく」 「そうしてくれ。ぼくは今日、明日は確実にじいさんみたいな歩き方になるな」  激しすぎだと詰ると、麻野は悪いと言った後、ぼくに寄り添ってきた。 「今度は暴走しないように気をつける」  言って、ぼくの頬を撫でる。ぼくはその手を取り、頬ずりをして、麻野のほうに体を向けた。 「寒い」  言って、麻野の胸に顔を埋める。麻野はクックッと笑って、ぼくの体に毛布を掛けなおし、麻野用に置いていた掛け布団を半分ぼくに掛けてくれた。そしてそのまま、何も言わずにぼくの体を抱き寄せた。 「おやすみ、集」 「ああ、おやすみ」  麻野の大きな手がぼくの背中に当たっている。そのぬくもりがとても心地よくて、ぼくは久しぶりに深い眠りに就いた。

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