2 / 7

第2話 今夜は特等席!

 宿の一室。  夜も更けて、空にはほんのりと雲がかかる。  雲の切れ間からは月の光。  淡い光がそっと部屋を照らし始めた。  盾は今日も主を見ている。  飾り物のように大人しくしているけれど──  実は…… (……あああああ、近い近い近い近い……)  盾の心臓がドッキンドッキンと鳴りっぱなしで、あまりにもうるさい。 (主! 私をこんなところに置くなんて! ふふ♡)  盾がいるのは、ベッドの傍らの椅子の上。  主の端正な顔を見つめるのに、あまりにもベストポジションすぎたのだ。 (もう……ずっと、ずっと見ていたい……)  とても良い場所に置いてくれた。  有り難く、主の顔を隅々まで拝見する。 (これはもう、ダメかもしれません……)  理由は、目の前に寝ている主が、かっこよすぎたからだ。  薄っすらと刻まれた眉間のシワ。  男前度を上げる堀の深さ。  スッと通った鼻筋に、ハリのある艷やかな肌。  美しい黒髪はさらりと落ちて、それはもう色気が凄い。  長いまつ毛は影を落とし、目尻近くの一本はピコっと小さく折れ曲がっている。可愛すぎるだろ。  そして──。 (……あっ、ちょ……!)  月明かりに照らされたシャツ。  そう、そのシャツの隙間から覗いてしまったのだ。ほんのりと陰影のついた、たくましい胸筋が! (あ……あれは……か、かっ、き、きっ! あ! 嗚呼! 筋肉……! 主の、筋肉……!!)  青龍の魂が揺れた。眩暈すら覚える美しさだった。  指輪でいた時は見えなかったのだ。  あまりにも逞しく美しいマッスルライン。今宵、盾は見てしまった。  物理的に動けない盾の内部では、もはや祭りが起きている。鈴と太鼓が鳴り響く祝祭だ。 (ああ……ずるい……もう……そんな……そんなの反則ですっ……!)  眠っているのに、こんなに魅力的でどうするというのだ。 (あ……もう……ダメ……)  動けるなら胸を押さえたい。のたうちまわりたい。  けれど、自分はただの盾だ。金属の塊。  椅子の上でじっとしているしかない。 (ああっ……なぜ!)  飛び跳ねたい思いを胸に、じっと主を見つめ続ける。  その時だ。  主が、うっすらと目を開けた。  月の光を受けて紅の瞳がきらりと光る。 (……ひゃっ♡)  目が合ってしまった。いや、そんな気がするだけだ。何かあったところで、盾なのだ。  しかし、言葉にならない動揺が金属の中を駆け巡った。  たかが目線を送られるだけで、こんなにも刺激を与えられるとは。  青龍の想像をはるかに越えていた。 (胸が……苦しい……)  熱を持ち始めた金属の内側で、青龍はぷるぷると震えていた。  これは魂のふるえ。  恋のふるえ。  完全に恋をしている。  盾の鼻息が荒くなる。 (ああ、そんな目で見つめられると!)  主は何も言わず、ぼんやりと盾を見ていたが、ふたたび静かな寝息を立て始めた。 (……はああ……今、心臓が100回跳ねました……主! これ以上ドキドキしてしまったら、金属疲労でヒビ入ってしまいます……)  月の光が朝の光に変わるまで、盾は主を眺め続けた。  

ともだちにシェアしよう!