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第2話 舌を出すだけでいいですから
さて春秋時代の貴族の邸はいくつもの棟にわかれており、各個人別々の屋根の下に住んでいる。趙武 は己の棟の奥の部屋で士匄 と向かい合いかしこまった。さっさと押し倒される気満々だった士匄は、不審さに眉を顰めながら己も座した。閨に良さそうな敷布の上で姿勢正しく向かい合うのは何やら滑稽であった。
「なんだ。交わるだけだぞ、儀礼はいらぬであろう」
少々ばかにするような顔をしながら、士匄 は首をかしげて問うた。例えばである。婚姻であれば、それが妻であろうが妾 であろうが、閨に入る前に儀礼は必要であるが、そういったことを求めているのでない。穴に棒を突っ込んで、気持ち良くしろ、というだけである。趙武 がやはり首を軽くかしげた後、しらけた目で見てきた。年上になんだその目は、と吐き捨てると、言える立場ですか、と返ってくる。
「いえ、年上年下はともかくです。まあ、確かにあなたを抱いているときに、私は私なりに楽しんでいます。それは認めましょう。しかし、それ以上に徒労と虚しさが多い。寝転んで待っているだけのあなたを盛り上げ、己も盛り上げて、ご満足いくように励んでいるわけです。あなたはそれを毎回、当然のような顔で享受されてらっしゃる。貪婪 強欲であることをお隠しにならぬのは今さらですが、それを私がおとなしく承る筋はもはやございませんでしょう。商書 にもございます、若 し巨川 を済 らば、汝 を用 って舟楫 と作 さん――」
「惟 れ木、縄 に従えば則ち正しく、后 、諫めに従えば則ち聖 なり。かの名君高宗 武丁 になぞらえてもらったは、まあ光栄と言おう。ぐっだぐだぐだぐだとのろまな言い回しをするな。お前は弁が立たんのだ、はっきり、一言で言え」
士匄は苛つきながら趙武の言葉をぶった切った。簡単に言えば互いに協力して頑張ろうと言い合う君臣 の問いを出してきたため、士匄が最後まで聞かずにその解を突っ込んだのである。頑張っているやら、虚しいやら、ネガティブな言葉を散りばめながらも、何が言いたいのかわからぬのろまな話し方に、士匄は心底めんどくさそうな顔をした。趙武が不快を隠さず睨んでくる。趙武はよく考えた上での弁なら悪くないが、考えながらの弁は得意ではない。士匄のような口達者からすれば、鈍くさく見えてしまう。
「では、一言で申します。舐めて下さい」
趙武がやけっぱちの顔をして言った。士匄は意味がわからず、再び首をかしげた。そのようすを見て何を思ったのか、
「とりあえず、舌を出して下されば良いです。……ああ。別に口を吸うなどはないですよ。あなたは愛撫も何もかも気持ち悪いと嫌がるじゃないですか、愛撫なんてしません」
と、苦笑しながら、趙武が言った。士匄はうさんくさい目を向けながらも、それをせねば趙武は動かないとわかり、しぶしぶ舌をつきだした。
趙武が立ち上がってしずしずと近づいてくると、士匄の目の前で衣の合わせを開く。そうして、ひょいっと士匄の舌の上に陰茎を乗せた。もちろん、士匄は首をひねり身をよじり後ずさった。
「お前、おえっ、何っ」
顔を蒼白にしながら叫ぶと、趙武が呆れた顔をしながら、己の陰茎を指で持ったまま軽く振った。
「咥えろとか、舐め回せなど申しません。舌にこすりつけるだけです。つまり、あなたが私に奉仕する。あなたのために、毎回手で己を勃たせる私の虚しさを汲んでいただきたいわけです」
「冗談ではない、男に撫でられるのも触られるのも嫌なんだぞ、舌に陽物なんぞ気持ち悪い!」
異性愛者としては当然の言葉を士匄は吐いた。ただし、この状況でなければ、である。
「その男の陽物で極まりたいとおっしゃるのはあなたでしょう、范叔 。あなたが欲しがっている私の陽物なんですから、大切に願います。私だって、きちんと楽しみたい」
男にしては高い、透明感のある声が士匄の耳を打つ。嫌だ、ともう一度顔を振れば、趙武が諦めたように己のブツを衣におさめ、下がり、そして去って行こうとした。
「こら、どこへ行く、趙孟 」
「えー。嫌ですよ、もう。私はあなたが日がな夜に身が疼き切なくなろうが、どっっおでもいいんです、お一人でご勝手に。指が物足りないなら張型 でも用立てましょうか」
紀元前580年570年なこの時期、既にディルドがあるんだなあ、これが。それはさておき、士匄は趙武が本気で怒り、見放そうとしていることを察した。この男、我も強く押しも強いくせに妙に腰の弱いところがある。小さく
「わかった」
と呟くと、身を縮めて俯いた。趙武は少し肩をすくめると、再び士匄の目の前へと足を進めていった。こちらは士匄と真逆であり、常に相手を押さず退き、物腰も柔らかいが、粘り強く根性がかなりあるのだった。
え、と出した舌に肉の感触が乗った。士匄は見まいと思い目をつむる。舌にまだ柔らかな亀頭がすりつけられ、時々唇に当たった。それが嫌で、思わず口を開け、さらに舌を出す。趙武が息を飲んだことに気づかぬまま、眉を顰め目をつむり、舌を出し続けた。口を開けているため、口内が乾いていく。
舌体をなぞるように亀頭が動き、舌先にカリ首があたる。その肉は少しずつ固くなっているようで、舌の上をぬめっていった。雄の臭いを感じ、士匄の舌は勝手に怖じて縮んだ。それを許さぬように趙武が手を伸ばしてその舌を軽く掴む。
「ぉえ」
思わず喉奥で呻き、目を開くと、眼前に趙武の陰茎が広がっていた。顔を背けようとしたが、摘まれた舌に引っ張られそれもできない。そのうち、口の渇きが酷くなり、口蓋に何かが張り付いたような感覚で息苦しくなっていく。どうしても唾が飲み込みたい。士匄はその一心で思わず口を閉じた。
「え」
趙武が間抜けな声を出した。士匄も思わず目尻に涙を浮かべた。口内に趙武の陰茎を迎え入れ、咥えるはめになっていた。が、その不快な肉を吐き出すより、己の口内に唾をため飲み込むほうが先決であった。カリまでくわえ込みながら、必死に唾液をため、こくんこくんと飲み込む。そのたびに口の中が震え、舌が踊り、陰茎を愛撫した。
「……范叔 。私もそこまでしろ、とは」
少し上気した顔で趙武が言った。士匄はようやく口を離し、誰が、と吐き捨てた。
「やりたくてやったわけでは、ない」
「まあ……事故というわけでしょうか。では続きを」
趙武が少し膨らんできた性器をつきだして催促する。士匄は嫌々舌を出した、愚かにも口を開いて思いきり舌を出した。結局、また口内が乾き息苦しさに口を閉じ、奉仕のように咥えるはめになり、先ほどより膨らみ固くなっている陰茎を舐めるように舌で唾液を転がした。鼻腔に発情独特の臭いが立ちこめ、咥えながら、ぐ、ぐ、と呻く。ついでに鼻奥がつんとして、数粒涙がこぼれ出る。うなじに鳥肌が立っていた。それでも体が唾液を求め、唇で竿を擦り、舌を踊らせ亀頭を舐める。そうしていると再び口内の性器が固くなりしっかりと形をとっていく。
「ねえ、范叔。あなたの口の中にあるソレが、あなたの腹の中を擦って突いて、熱くするんです。そう思うと、立派に育てたくなりませんか?」
上から見下ろし、趙武がとんでもないことを言う。嫌だ、と考える前に、士匄はじゅうっと亀頭を吸い口蓋で必死にカリを擦ったあと、鞘に舌を這わせた。手で触れば固い肉に血管が浮き出ている。裏筋を指で軽く擦り、上目使いに趙武に顔を向けた。
「育てた、早く、」
欲情の顔を見せて士匄は引きつった声で請うた。趙武が目を丸くして見下ろしたあと、仕方なさそうに笑む。そっと屈むと、士匄の腿に手を置き、開くような仕草をした。士匄はあわてて足を開き、手を後ろについて少し尻を浮かす。趙武の手がそのまま滑り、衣をまくるように開いた。そこにはひくひくと震える肛がある。幾度もセックスに使われているため、縦割れの穴になっている。
――もっと張り切れば女陰のようになったりするのでしょうか。
くつりと笑いながら、趙武は用意しておいた潤滑剤代わりの膏薬を指にとり、肛の周囲に塗りたくりながらやわやわと揉む。士匄は己の穴が変わっているなどもちろんわからない。ただ、自分がとんでもない姿勢をとっている、と気づき頬をあからめ、再び涙目となった。士匄と言えば傲慢俺様切れ者、が皆の認識である。まさか、処女のような顔で半泣きになるなど、誰も思わぬであろう。
趙武の細い指が士匄の入り口をなんども押し撫で、さらに膏薬を塗りたくり、とうとう中へと入ってくる。幾つもの植物と油を混ぜた、糊状の膏薬が少し冷たく、士匄は少し腰を落とした。指が内側を何度も優しく撫でれば、その冷たさは熱に負けていくが、再び膏薬が入れば冷たさに身が震えた。趙武が何か考えたか気づいたのか、指を抜いていく。
「范叔。その姿勢はおつらいでしょう。立て膝で私の前へ」
見やると、趙武が身を起こし、手を差し伸べてくる。士匄は膝をつきながらその手をとった。細い腕が優美な動きで士匄の腕を誘導し、趙武の肩に乗せられる。
「あなたは上背があって、まあ私の肩は頼りないかもしれませんが、支えに」
にこりと微笑む趙武が士匄の腕の中へおさまるように胸板に手を添えた。そのままもう片方の手が士匄の股に伸び、指が二本中に入ってくる。そろそろと内側を撫で、広げるようにぐるぐると動く。抜かれてまた膏薬を塗りつけられて指が入る。すりすりと気持ち良い所をなぞられて、士匄は、いっ、と噛みしめるような呻きをあげたあと、思わず趙武に抱きついた。柔らかい絹のような髪が顔にあたり、優しい香 の匂いと発情した男の臭いが鼻をくすぐる。趙武の指は止まらず、その気持ちよさがいっそ不安で、士匄はすすり泣きはじめた。いつもよくわからなくなり、怖くて泣く。
「范叔のここ、触ってると剥がれそうな心地になる感じの柔らかくて、くりくりしてるここ。こうやって触ってたら、あなたすぐ泣いちゃうんですよね」
「ぁ、っうるさ、い、ひぅっ」
「たたくと」
ぽつりと言った後、趙武が前立腺を指でトントンと勢いよくたたき出した。士匄はさらに趙武に抱きつき衣を握りしめ、首を振りながら泣き、あ、あ、と喘ぐ。腰が動き絶頂がせり上がってくる。見計らったように趙武の指が強く押しつけられ捏ねられた。
「う、っう、……っ」
士匄の体が震え、だらりと勢いの無い射精をした。とろとろと落ち、敷布をぽとぽとと汚した。
「――たたくと、すぐお出しになる。前を触ったらお怒りですけど、後ろで精を放つのはすっかりお気に召してらっしゃる」
趙武が慰めるように優しくささやきながら、また指を動かし広げていく。士匄は、嫌だ、嫌だ、と小さく呟きながら首を振り、あ、あ、と甘く鳴いた。
「嫌だじゃないです。あなたは私に乗って自分で入れて、気持ち良くなるってお約束でしょう。準備を手伝っている私に感謝くらいしてください」
心底困惑し、説教するような声音に、士匄はさらに首を振った。
「無理だ。乗れるか! は。早く。お前がしろ!」
怒鳴るようなその声は、少し震えていた。膝立ちで趙武の指を受け入れているだけでもわけがわからなくなっているのだ。己で性器を入れて動くなど、できようがない。士匄は、嫌だ、無理、できるか、いつもみたいにしろ、ばかりを繰り返しながら趙武の頭に額をこすりつけた。お願いします、の言葉は無い。趙武が軽くため息をついて、指を抜いた。
「まあ、私のものを咥えて頑張ったから、今回は見送ります。あなたが必死にかわいがってくれて、興奮したんですよ」
柔らかく笑みながら、趙武がささやき、士匄の腕を己から引き離した。そのままゆっくりと押し倒してくる。士匄はようやく安堵の笑みを浮かべて、動きに任せた。
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