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第43話 初夜
射精後、
「いや、無理だろう」
と、途方に暮れて言うも、はいはい、待っててくださいね、と相手にもされない。士匄 は選択を誤ったか、来る場所を間違えたかと一瞬後悔した。しかし、抱きしめ慰めてくる趙武 の雄の臭いは安堵と愛しさを思い起こさせる。それが欲しかったのだ、と鼻をすすった。
頻繁に睦み合ったときとは違うのだ。潤滑剤も改めて用意せねばならぬだろう。趙武は室 を出ていってしまった。過去をよすがに勢いで来たものの、現実となれば面倒なこともある、と士匄は肩で息をついた。
久しぶり。ほんとうに久々に、私事として会う趙武には呆れと突き放すような拒絶があった。それでも追い返さずに招き入れ、それはやめろと諭してきた。趙武らしい誠実さであった。士匄はそういった趙武が嫌いではなかったが、今欲しいものではない。
「……浅ましいことだ」
ずっと奥底で隠していた想いさえ引き換えにして、このひとときのぬくもりを求めたのであるから、浅ましいことこの上ない。士匄は苦い笑みを己に向けた。
だがそれで、趙武の奥底から、枯れた廃墟ではない、瑞々しく生々しい恋情が引きずり出せたのだから、良い。趙武への恋を永遠とすがる士匄に、彼はうっすらと陶酔の顔を向けた。士匄をつま先指先から頭の先、内臓にいたるまで、じわじわとゆっくり燃やし尽くしていった、粘性の熱情だった。
そこから抱きしめられ、優しく撫でられ、慰めの言葉を貰ったのも良い。しかし。
「もう、今さらだろ。無理だ、騎乗位とか技術ある女であるまいし、うん。ふっつうに股を開いて、ふっつうにツッコんで、わたしがとっても気持ちよーくなって、趙孟 がわたしをヨイコヨイコするが最善最適というもの。約束というが今さらではないか」
この、四十路半ばの男は、極めて都合の良い御託を並べて、必死に言い訳をした。もしくは、言い訳の準備をした。
「我が主から案内つかまるよう、命ぜられまかり越してございます」
趙武の家臣でも身分が高い男であろう。士匄と年が変わらぬ小者が室の外から拝礼した。この室は応接のもの、と言われれば、士匄も頷かざるを得ない。半ば公事に使う部屋でセックスをするのは、士匄だって嫌である。
違う棟に連れて行かれてたあたりまでは、士匄は特に何も思わなかった。が、室への道を指し示されたとき、嫌な予感がした。予感ではなく、嫌な決定に近い。
「ほ。へえ。え? 趙孟はこの階 段 を登った先におられると」
我が主がすでに待っております。3度の同じ問に、小者も3度同じ答えで応じる。いい加減にしろ、とそのねっくび捕まえて怒鳴りたかったが、相手は忠実な趙 氏の臣である。同じ言葉を繰り返すだけで、意味はないだろう。
狭い階段を登り、扉を開ければ、果たして趙武がいた。所作美しく、儀礼正しく、入ってきた士匄を丁寧に拝礼し、席を指す。趙武の対面であった。
士匄は、やけくそで、丁寧に儀礼を返し、端然と座った。そして思わず部屋をみまわす。妙に色味を感じさせるのは仕方がない。しかし、それだけである。
「私たち以外はおりません。そこまで私も悪趣味じゃあないです」
趙武がふわりと笑む。苦笑が混じっていた。士匄はその笑みを楽しみ愛しむ余裕もない。苦々しさと、よもやここまで、という気持ちがある。
「東西の道を駆け上り、陰陽は相合す。お前が陽でわたしが陰か。肉を……肉を! 食ったろうが!」
求婚してそれを受け、切り分けた肉を食う。魂も心も体も朽ち果てた先さえ共にいようと誓ったではないか、と士匄はさすがに指摘した。趙武がふわふわとした微笑みのまま、そうですね、と返す。
「あのとき、私は一世一代の大告白で、あなたは受けてくださいました。ままごとではありましたが、あの瞬間、あなたと私は共に生きる家族でした」
静かにふわりと言うと、趙武が士匄へしずしずと近づき、きゅうっと抱きしめた。
「今は、私のお嫁さんです。お嫁さん!」
四十路前とは思えぬ、はしゃいだ声で趙武が言った。
つまり、新郎が新婦を迎える部屋であり、これは儀式である。二人はここで初めて互いの顔を見て名を知るわけだ。初めての儀、つまりは初夜を見守る人間もいる始末である。趙武がそこまで悪趣味ではない、とはそのことであった。
抱きしめながら、趙武が士匄の首筋を軽く噛んだ。士匄はおもわず、小さく声を上げる。趙武からかすかに発情の臭いを感じ、士匄は酔いかけた。このまま、細い腕に絡め取られ、好き放題されたい、という欲がもたげる。
「あのころの私の想いが出たというのはあります。それが本音。建前は、ここが便利だからです」
士匄の欲にあわせたかのように、趙武がそのすそを割って腿をいやらしく撫でた。
「……そんなにお使いなほど、趙孟は嫁をお迎えで」
結婚の儀に使う場所である。むろん一族で使いまわしする初夜部屋としても、便利というのはいささか使いすぎではないか。士匄の言葉に下卑た指摘があるのを、趙孟はくすくすと笑った。
「もうすぐ三人目の嫁を迎えるので、その準備をしてました。あなたが先に嫁になられた」
周の貴族とのことで、聞けば士匄の一人目の嫁と親戚だった。そんなところで繋がっても嬉しくない、と趙武が拗ねて、腿を軽くつねった。その痛みに色気のある声を上げて、士匄は身をよじった。
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