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第44話 わたしの元にお越しください

 腿を撫で摘み、内腿に指を這わせながら、趙武(ちょうぶ)が首筋を噛み、舐め、顎を口づける。舌を出して唇を舐めてきたため、士匄(しかい)も舌を出してそのまま絡めた。空をつばがわずかに飛び、唾液が落ちていく。それを舐め取るように舌を踊らせたあと、趙武が士匄の口を吸った。  記憶にある、一生懸命だった趙武より格段と上手くなっており、いっそ遊びのようなものさえあった。士匄は、そういった技術が大好物であり、負けずと貪る。これだけなら、一抹の虚しさがよぎったであろうが、趙武の心はぴったりと添い、粘性をもって内腿をいじる。  一度、腿から手を離し、上乗りになると、趙武が身を乗り出して士匄の顔を固定した。  麗しいご面相が悦にまかせて口を開き舌を出して、よだれを流す姿は、淫蕩でしかない。長いまつげに彩られた目に愛欲が確かに見える。士匄は十年以上訪れなかった、腹の奥に疼きを感じながら、趙武の落とす唾液を口で受け止め舐め取り、嚥下した。 「少し触られて、私の唾液を飲むだけで、こんな、こんないやらしいお顔をされて……」  趙武が上気しながらも困惑した顔をする。その細く美しいまま、少し男性的にもなった指で士匄の唇を撫でた。あ、と思わず口を開け、士匄は趙武の指を舐める。趙武がますます苦笑しながら、二本の指で士匄の舌先を挟んで揉み、こすった。 「っ、ぉあ」  士匄が喉奥から声を出し、くちはしからよだれを垂れ流す。趙武の両肩を強くつかんで、身をよじり、腰を揺らした。趙武以外が本当に手を出していないのか、悩みたくなる好色だった。 「……今日、晴れてあなたは私の嫁です。何も苦労させません。我が領地へ……温にお越し下さい。あなた好みの豪勢な館を建てましょう。歌舞音曲はもちろん、ありとあらゆる贅沢をご用意します。……そういえば。あなた、小国の大臣でいたく気に入ってる若造おりませんでしたっけ? あれを捕まえて去勢して、侍らせましょう。頭がよい奴隷がお好きですからね。さ、このあと温へ行きましょう。なんの苦労もさせません、辛いことなんてない、あなたは楽しいことだけ考えて、生きるんですよ」  士匄の目は理性がまだあった。舌をなぞられ、口蓋をこすられ、快楽に酔いながらも理性はあった。にもかかわらず、彼は一瞬考えた。即座に怒り、断らなかった。  趙武は士匄が何かを言い出す前に 「冗談です。あなたはあなたの責を。私はその支えとなりましょう」  と、バカバカしい夢想を打ち切った。口から指を抜かれ、士匄は趙武の肩に己の頭をこすりつけた。 「まいった。わたしは思った以上に参っているようだ。ここまで、ここまで無様をさらすとは、笑え趙孟。わたしはお前に甘えに来た無様さにくわえ、愛玩物に成り果てたいとまで考えたぞ、なんたる惰弱さだ」 「ここに来るまで甘えることだけお考えと。呆れる限りですよ。あなた、ひどい顔でした。あんなにご自身で己を打ちのめしてもお立ちになる姿は惨めながらかっこよかったです。そのいびつな固さと柔らかさ、范叔(はんしゅく)の熟れ、ということにしておきましょう」  趙武はそう言うと、肩に頭をこすりつける士匄に、頬ずりした。  さて、貴族同士の初夜のために用意された部屋である。敷布もなかなかに良い。毛皮以外に、絹を叩いて綿状にした敷布もあった。相変わらず、丁寧な仕事を好む男だと、士匄は思った。  そして、ムッツリだと、思い知らされた。趙武がいそいそと部屋の隅から持ってきたいくつもの壺の中身がなかなかに最悪だった。 「なんだそれ」  士匄は思わずうめいた。 「潤滑の膏薬です」 「ぅえ、なんで、そんなに」  一つ二つではない種類の潤滑剤を取り出し、趙武が首を傾げた。色味も植物らしい青緑に近いものあれば、水飴のように少し薄荷色に近い透明もあり、何で出来てるかわからんような色もあり。泥じゃないのか、というのも、あり。 「女性によってはなかなか濡れないこともありますでしょう。長々といそしんでたら逆に怯えられても困りますので、手っ取り早く。実際、()()()()なんです」  年を経ても花がほころぶような笑みに変わりはない。変わりはないが、士匄の問いに全く答えていない。つまりなんだ、相手によって新たに作らせているというのか。いや、絶対に違う。――これはムッツリスケベだし、昔、時々変態くさかった。士匄はおぼろげな記憶を掘り起こす。  士匄はそういったものを用意しようとも思わない。己の手管で慣れぬ女を淫奔の渦に叩き込むのがいっそ楽しい。趙武は全く違うらしい。そういえば、初めては薬を盛られたことを思い出した。 「これらには変なものは入ってないですよ」  そう言うと、趙武が士匄の腕を取って膝立ちさせる。士匄はそのまま趙武の肩にそっと腕を置いた。趙武の濡れた指が士匄の肛門をつつく。もう、長い間、性的に使っていないそこは、外からの客を追い返すように固い。  趙武の指の腹が、和らげるように膏薬を塗っては揉み撫でた。独特のむず痒さに、士匄はため息をつく。息の熱さはとっくに自覚していた。

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