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番外編 妊娠していた
結婚生活を始めてから三年の月日が経った頃だった。
カイルの食生活や体調に大きな異変が出始めた。それはつわりの合図だった。
「おめでとうございます。妊娠されています」
医師に診てもらうと妊娠が発覚した。
それにはカイルも驚きだった。
「本当ですか?」
「本当です。妊娠三か月といったところでしょう。順調に育っていますよ」
医師の言葉が信じられなかった。
……妊娠。
お腹に手を当てる。
アルファからオメガになってから三年の月日が経過していた。その間、毎晩のように性行為をしてきたものの、すべて妊娠には繋がらなかった。
カイルは諦めていた。
元々、性転換の妙薬を使った者は妊娠がしにくいのだ。生まれつき妊娠をする体質ではなかった為、体が抵抗をしやすい。
それなのに、妊娠をした。その事実が重く、カイルに圧し掛かった。
「……アーサーは喜んでくれるでしょうか」
カイルは自信がなかった。
アーサーが子どもを欲しがっている姿を見たことはない。カイルさえいれば、痕はどうでもよかった。そんな彼が喜ぶ姿を想像できなかった。
「大公閣下もお喜びになられることでしょう。第一子の出産まで油断は禁物です。医師としてしっかりサポートさせていただきますね」
「心強いです」
「いえいえ、医者として当然のことです」
医者はカイルを励ました。
その言葉にカイルは静かに頷いた。
* * *
「アーサー」
カイルは寝室にいた。
しっかり休息をとるのも大切だと医師に言われたからだ。
「出迎えできなくてすみません」
カイルは申し訳なさそうに告げる。
「かまわない。体調はどうだ?」
それに対し、アーサーは気にもしていなかった。それよりも愛する妻の体調不良の方が気になってしかたがなかった。
「妊娠しているそうです」
「妊娠?」
「はい。お腹の中に子どもがいるそうです」
カイルの言葉にアーサーは涙を流した、
「アーサー? どうして、泣くのですか?」
カイルは慌ててアーサーに声をかける。
しかし、アーサーの涙は止まらなかった。
……泣くほど嫌だったのだろうか。
子ども嫌いだったのだろうか。
不安がよぎる。
「ありがとう。カイル」
アーサーはカイルを優しく抱きしめた。
「ありがとう」
アーサーは泣きながらお礼の言葉を口にしていた。
……嬉し泣き?
カイルはアーサーが年々涙もろくなっているような気がした。
……喜んでくれたら、それでいいか。
アーサーも子どもがほしかったのだろう、
しかし、それを口にすればカイルがまた愛人をと言い出しかねないと思い、言えなかった。
「出産までの間は安静にしていてくれ」
アーサーは本気だった。
……ただでさえ、監禁状態なのに。
三年間も社交会に顔を出していない。王妃陛下のお気に入りとなり、王妃陛下が気が向く時にお茶会と人形遊びに連れ出されるだけだ。それ以外の時間は屋敷に籠って外に出ないように言い付けられている。
アーサーは怖がりだった。
運命の番は偽物だったが、いつの日か、本物が現れるのではないかと警戒をしている。
「嫌ですよ」
カイルは即答した。
荷物を運んだりはしないものの、ベッドで安静にし続けるつもりはなかった。
「なぜだ?」
「監禁生活でおかしくなります」
「それはそうだが。王妃の茶会には出席しているだろう?」
アーサーは王妃陛下の茶会に出席をさせていた。
それがカイルの望みだったからだ。そうでなければ、両親を殺した相手の元に愛する妻を送り届けるようなことはしない。
「出産したら社交界にも復帰します」
「それはダメだ」
「子どもの為です」
カイルは引かなかった。
子どもが生まれたら妻としてだけではなく、母にならなければならない。
その気持ちがカイルを強くした。
「子どもの自慢の父親になってください」
「私がなれるだろうか」
「わかりません。しかし、愛情を注げば自然と父親になれるのではないでしょうか」
カイルは立派な父の背中を見て生きてきた。
その為、自然とそうなるものだと信じて疑わなかった。貴族社会としては珍しく愛情を注がれて生きてきたのだ。
「……わかった」
アーサーは折れた。
「ただし、条件がある」
「なんでしょうか」
「出産までの間、セックスは禁止だ」
アーサーの言葉にカイルは驚いた。
……なにを当然のことを言っているんだ。
お腹にいる赤子を最優先するのが当然だ。出産までの間、お腹に負荷がいかないようにセックスをするつもりはなかった。
「わかりました」
カイルはすんなりと条件を受け入れた。
それに対し、アーサーは酷く驚いた顔をしていた。
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