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第11.5話 一方通行 ※

角度を何度も変えながら、クラウスはレイの唇にキスを落とし、レイもまたそれを貪るように求めた。レイは性的な接触をしている間は、何故かあの共鳴音が鳴らないのを不思議に思ったが、そんなことより目の前の魔力との接触に飢えていた。クラウスの背中に手を回して、まるで逃がさないとでも言うようにしがみついた。  鼻から息を吸っていても上がる息に、はっと口を離して息を吸う。すると、クラウスがレイの眼鏡を外して、つるを畳みつつ「我ながら必死すぎて笑えるな」と独り言ちた。眼鏡を枕の隣に置いて、レイの目を覗き込む。 「……目の色は、戻るのか?」 クラウスがレイに問いかけるが、その質問はレイの耳には届かなかった。レイはとにかくクラウスの唇が欲しくてたまらなくて、思考力が欠如していた。ふわふわとする頭の中で、それが魔力のコンディションのせいなのか、もともと抑圧されていた肉欲なのか、レイにも判断できなかった。そんな自分を見下ろしながら、クラウスは苦笑して、頬にかかった癖のあるレイの横髪を掃った。 「いい顔だ」 そう言いながら、またクラウスは唇を重ねてくる。レイは目を閉じてそのまま口内を這いまわるクラウスの舌を追いかけ回した。耳をくすぐられ、鼻から息が漏れる。クラウスの舌を噛まないように必死に口を開けた。耳から顎のラインをなぞるように指が下りていき、肌の表面からぞくぞくと上がってくる感触に、体がその次の快感を求め始める。  クラウスの指がレイのシャツのボタンにかかる。レイはそこでクラウスの背中に回していた手を緩めた。クラウスの唇が離れ、唾液が伸びて線を引く。レイはただなされるがままになりながら、クラウスの顔の傷跡を眺めた。シャツが開かれると、空気に触れた肌がまたレイの感度を上げた。貧相な体である自負がある分、クラウスがどう思ったかが気になって顔を背けた。背けた先から、首筋にクラウスの唇が這う。体が勝手に跳ね上がり、レイは小さく声を漏らした。変に甘い自分の声が聞きたくなくて、レイは人差し指の第二関節を噛んだ。それでも漏れるくぐもった声に嫌気がさしたとき、口から指が強引に引き抜かれた。抗議の目を向けると、クラウスは濡れたレイの指にキスをした。 「君の綺麗な手を、そんな風に傷つけないでほしい」 どこまでも甘い一言に、レイは何も言わずに視線を逸らした。まるで告白でも受けているような気分だ。そんなことを求められているわけでもないのに。気を持たせるような言い方をされるのは、寂しくて腹立たしい。  声を出したくないならば、とでもいうかのように、クラウスは形の整った唇でレイの口を塞いだ。だがその唇は優しく、決して拘束力のあるものではない。クラウスの大きな手が、薄いレイの体を撫で上げ、レイが声をあげれば、自然と漏れてしまうほどの緩さで、まるで意味を成していない。 「―――っ!」 クラウスの指がズボンの中に侵入し、レイ自身に触れた瞬間、レイは声にならない声を上げた。腰が引けて、全身が震え始める。クラウスの指が動くたび、全身が跳ね上がり、熱が下腹部に溜まっていくのがわかる。肌がじんわりと汗を出し、クラウスの魔力に触れるたびに、自分の魔力が彼から離れがたいとでも言うかのように、彼にすり寄っていくのがわかる。 「レイ」 甘く響く低音に頭がくらつく。気持ちよさで目尻に涙がたまり、瞬きで零れ落ちていく。クラウスの指がそれを掬い取って自身の口元へ持っていき、舐めた。 「綺麗だな。すごく、そそられる」 自分に向けられている言葉だとは到底思えないが、クラウスの熱に浮かされたような目はレイを捉えている。リップサービスだとわかっていても、冷える心に反するように体はクラウスに溺れていく。クラウスがレイのサスペンダーを外し、ズボンに手をかけて、一気に引き下ろした。恥ずかしそうに足を曲げて丸くなったレイを見て、クラウスは笑いながら丁寧にズボンを畳んで椅子に置く。 「……クラウスは脱がないのか」 ベッドの上に戻ってこようとしたクラウスに、レイは声をかけた。クラウスは嬉しそうに笑いながら、レイの頬を撫でた。 「脱いでほしいのか?」 「俺だけなのは、その、不公平だ」 言い訳がましくそう言うと、にやにやと笑いながらクラウスは服を脱ぎ始めた。きれいについた筋肉が見えて、レイはやっぱり着ててもらえばよかったと思った。自分の貧相な体があまりにも惨めだった。クラウスがレイの上の服をきちんと脱がせたがっていたので、レイは仕方なく上体を起こして自らシャツを脱いだ。少しでも隠したくて、腕を体の前に持ってくる。脱いだシャツはそのままクラウスに取られ、簡単に畳んで椅子の上に置かれた。  そのまま何も言わずに、クラウスはレイを押し倒した。またレイにキスを落としながら、肌が冷えてないかを確かめるように、体を撫で上げ始める。まるで一緒に魔力を撫で上げられるような感覚は、肉体的以上に感度を増して脳に伝えてくる。レイは同じようにクラウスの背中をなでると、クラウスの汗ばんだ肌の感触と、レイの手を勝手に包もうとするクラウスの魔力を感じた。クラウスの魔力が、続けてほしいと言ってきているように。 クラウスが苦笑している。お互いの望みを魔力があらわしているようで、筒抜けになったことを察したらしい。レイは面白そうにクラウスの腕や背中を撫でまわしたが、しばらくその様子を見ていたクラウスはレイの手を取ってシーツに押さえつけた。 「流石に、恥ずかしくなってきた」 「自分は俺で楽しんでるくせに」 レイが反論すると、クラウスはまた楽しそうに笑う。魔力の相性は、やはりいいらしい。今は共鳴音こそしないが、性的にお互いを撫であうだけでも、魔力が徐々に落ち着いていくのがわかる。先ほど感じたような魔力のざらつきはもうほとんど感じない。体の疼きも減ってきたせいか、思考するだけの冷静さを取り戻してきた。眼鏡がないせいで少しぼやける視界で、クラウスがレイの瞳を覗き込んできたのがわかり、そのまま頬に手を添えてきた。 「少し、戻ってきたか」 「……あ、目の色?」 「あぁ」 こんなに早く戻り始めるとは思っておらず、レイはふむ、と考えた。もしかしたらリミッター解除薬の効果に体が耐性を持ったか? それはちょっとまずいな。やっぱりきちんと魔法回路の方をどうにかしないと――。などと考えていたら、クラウスに耳たぶを噛まれた。軽い痛みと吐息がくすぐったい。 「何考えてた?」 「ぁ、ぃゃ、ごめん。なんでもない」 クラウスが肩をすくめて、また唇にキスを落とす。今度のキスは丁寧なのに深く、貪るような濃厚さで、明らかに先ほどまでとは違うキスの仕方に戸惑った。鼻から漏れる吐息の熱さも、すべてがレイを逃がすまいとしているように思えた。 「いや、こちらが集中させればいいだけの話だ」 そう意地悪く笑うクラウスに、レイはひきつった笑みを浮かべた。深いキスを贈られながら、クラウスの手がまた下腹部に伸びる。すぐに硬さを持つそれをしごきあげながら、レイに嬌声をあげることも許さず、快感から逃がすこともしなかった。レイはベッドのシーツを強く握りこんでそれに耐えた。自分の体が自分の制御下にないような、爆発しそうな感覚に脳が溶けそうだった。 達する寸前で、クラウスの指がレイから離れた。心臓が跳ねる音がうるさい。レイは、はくはくと息をしながらクラウスを縋るように見た。クラウスがまたレイの頬に手を添えて、満足そうにしている。クラウスの手が自分のどこを触っても気持ちが良くて、レイはその手に猫のように顔を擦りつけた。 「レイ、一緒にしよう」 クラウスが自分のズボンを脱いで、レイの下半身と合わせるよう座った。レイも快感が抜けきらない重い頭をなんとか持ち上げて、上半身を起こした。二人の竿をクラウスと一緒に握りこんで擦り上げる。視覚的な情報と背徳感がレイの理性を崩していく。クラウスとレイの魔力が高まってこすれ合って、時に混ざる。 「ク、ラウス……やばい、イく……!」 さっきから一方的にいじられていたレイの方が先に音を上げ、熱を放出する。その熱を浴びて、クラウスは手を動かすのをやめた。顔にかかった白濁を、クラウスは親指で拭った。 「すまない、目に入ったりはしてないか?」 「問題ない」 レイが簡単な洗浄魔法を行使して、クラウスにかかった自身の熱を綺麗に浮き上がらせた。クラウスが口元に持って行った指から消えた汚れを見ながら、少し残念そうな顔をしたのをレイは見逃さなかった。クラウスがぼそりと呟く。 「別に構わなかったのに」 「こっちが構うわ!」 呆れながらそう言うと、クラウスはにやりと笑いながら、レイに軽くキスを落とし、そっと後ろを向かせた。クラウスが後ろから抱きしめて、そのまま四つん這いにさせる。さっきは最後までしないと言ったのに、気が変わったんだろうかと思っていると、股の間にクラウスのソレが入ってきた。レイとクラウスの棒がそっと寄り添い合ってレイはびくりと体を震わせた。 「レイ、挟めるか?」 言われて足をしっかり閉じると、クラウスの腰が動きだした。熱を吐きだしたばかりのそれに当たる感触は些か刺激が強いが、それすらも今されている行為への羞恥心が勝って、気にならなかった。何度も股の間を行ったり来たりするクラウスの主張の激しい物が、もし自分の中に入っていたらと思うとぞっとする。腰を持たれ、前後に揺さぶられながらレイはクラウスの熱さに眩暈を覚えた。徐々にレイのそれも煽られたように反応し始める。 「気持ちいい、か? レイ」 背中から抱きしめながら、なおも腰を振るクラウスの体温に、おかしくなりそうだった。クラウスの手が、レイの薄い胸をそっと押さえるように触り始める。レイはなんて答えればいいかわからなくて、小さく声をあげることしかできなかった。 「次は、君のいつもの瞳の色を見ながら、させてくれ」 クラウスがそっと耳打ちしてきた。―――次。次があるのか。いつなんだろうか。それは、ただの調律のためなんだろうか。自分の中で出ない問答をしながら、レイはただ快楽に声を上げた。  クラウスのものの熱さが際立ってきたとき、背後からの吐息も激しくなった。 「ぁ、レイ。出す、ぞ」 甘く耳に響く低音に、自分の中で何かがこみあげ、目の前がちかちかと明滅しはじめた。最高潮に魔力が昂り、背中から感じるクラウスの魔力も膨れ上がる。クラウスの熱が、シーツとレイの内股を濡らした瞬間、体の内から込み上げる魔力の本流が全身を駆け回ってクラウスの魔力と絡み合った。 キンッ 頭の中に小さく甲高い音が鳴って、二人の魔力は解け合った。クラウスが背中にのしかかってきて苦しいが、淀みなく自身を包み込もうとする魔力が心地よい。―――あぁ、これが調律か。きれいに循環する自分の魔力と、クラウスの魔力を見て、レイはうっとりとした多幸感に包まれた。

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