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最終話 その先の光

ヴェルシュが先に馬車を降りる。それからアヴァールへ手を差し伸べると、アヴァールは迷わずその手を取り、ゆっくりと馬車を降りた。 次いで到着した馬車から側近と使用人たちが降りてくる。楓の木を視認するや否や、その根元にシートを敷き軽食の準備を始めた。 「準備ができるまで、家の中を見ても構わないかい?」 「構わんが…目新しいものなど何もないぞ」 また肩を抱えながら、ヴェルシュの家へと歩みを進める。 家の中にあったのは、簡素でシンプルな家具に、最低限の食器と大量の書物。アヴァールが覚えていたそれと何ら変わりのない光景だった。 「本当に、何も目新しくないな。懐かしくて助かるが…つまらないとは思わないのかい?」 「つまらないも何も、俺の寿命は長い。それをただ退屈に、静かに待つだけの家だ、派手にしても質素にしても何も変わらない」 そういうとアヴァールは、ふ、と笑った。 「早くに私の屋敷に呼べばよかった。そうしたら、君を退屈させやしなかったのに」 「全くその通りだな」 ヴェルシュはそう言うと、珍しくくすりと笑った。 2人で部屋の中を一周する。変わったもの、変わらないもの──そんな風に二人語り合いながら部屋を一周した頃、玄関がノックされた。 「どうぞ」 「昼食の準備が整いました」 扉は開かれることなく、その声だけが響く。アヴァールの方を見ると、彼はゆっくりと頷いた。 「分かった、今行く」 ヴェルシュはそれだけ返すと、またアヴァールの肩を支える。そうして二人で歩き出し外へ出れば、楓の木の下にはランチセットが並んでいた。 「食べられそうか?」 「もちろんだとも」 アヴァールの返答を聞くと、またゆっくりと歩く。踏みしめるように、思い出を噛み締めるように、ゆっくりと。 そうして楓の木の下まで来ると、二人でシートの上に腰を下ろした。木の葉が塩梅良く陰となり、吹いてくる風が心地よい。 アヴァールは広げられたランチに手をつけない。その様子を見たヴェルシュは、自分もまた、手をつけなかった。 二人ただ、寄り添い合うだけの時間が過ぎていく。いつしかアヴァールは、ヴェルシュの肩に頭を預けていた。 「なあ、ヴェルシュ」 「なんだ」 微風が二人の髪を揺らす。 「私が生まれ変わるのは最後なんだ、きっと。私の魂は天に召される」 「……そうか」 アヴァールの安心したような呼吸を、肩で感じる。 「だから、こうして穏やかでいられることに、本当に感謝しているんだ」 アヴァールの冷たい手が、ヴェルシュの手に重ねられた。一層大きな風が吹き、お互いの声が聞こえづらくなる。 「ヴェルシュ、ありがとう。それから───」 風は、アヴァールの声を掻き消した。ヴェルシュにだけは聞こえていたが、それでも彼は聞き返す。 「何と言ったんだ?俺には聞こえなかった。アヴァール、教えてくれ……ッ…アヴァール…!」 肩から伝わっていた吐息は、もうない。彼が深く長い眠りに落ちたとヴェルシュが理解するのに、時間は掛からなかった。 「アヴァール、もう一度聞きたかった…俺だって言いたかった…!お前を、愛していると……」 ヴェルシュの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。その様子を見て、使用人達は何が起こったのかを全て理解した。それでも、すぐには動くことができなかった。 二人を引き離すには、あまりにも時間が短すぎると、皆が思っていた。 国葬が行われた。王族以外の人間では滅多に起こらないことだが、国を支えていたアヴァールのためとの特別措置であった。 その場にヴェルシュはいない。否、国葬に出ることができなかった。この国では亜人は人と同様に扱われるものの、儀式的なものには出ることができないのだ。 「本当に、よろしいのですか」 アヴァールの側近であった狼の獣人に声をかけられる。ヴェルシュはこくりと頷くと、彼から鍵を受け取る。それを首輪の穴に差し込むと、ガチャリと音を立てて外した。 「自由に飛び立てと言ったのはアヴァールの方だ。それに、こんな物なくともあいつは俺を見つける。……俺だって見つけて見せるさ」 纏めた荷物の中に首輪を押し込む。ヴェルシュはゆっくり立ち上がると、それを抱え込んだ。 「俺は…また旅に出る。どこであいつに会えるか分からないからな」 「そうですか…ではお二人がまた出会えることを、心から祈っております」 離れを出ると、馬車が待っていた。国境付近まで送ると狼の彼が手配していたものだろう。 ゆっくりと乗り込むと、それを確認した御者が馬車を走らせる。 窓から見える景色が、涙で滲んでいく。 それでも進まなければならない、生きている限り進まなければならない。 「……そうだろう?アヴァール」

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