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第3話

 宿屋・渓月樓は思ったより清潔で、二階の小さな部屋を二人で使っていた。なかなか風情のある部屋で、窓からは夜の楽安街が見渡せる。 「でも、今日は本当にすごかったですね、梁兄!」  温修明は興奮した様子で言った。 「いつもと違う話し方で商品を説明してて、お客さんがどんどん集まってきましたよ!」 「そうか?」  俺は少し照れながら答えた。 「はい! 特に絹織物の説明の仕方! 『この絹は通常の物より耐久性が高く、色持ちも良いんです。染め直しの手間が省けて長い目で見るとコスパ最強なんですよ』って言ってたの、すごく説得力がありました!」 (まさか転生前の営業トークが通用するとは……) 「コスパ? って言葉は初めて聞きましたけど、なんとなく意味は分かりました。梁兄はいつも新しい言葉を知っていますね」 「あ、ああ……商人だからな。いろんな地方の言葉を覚えておくと便利だろう?」  なんとか誤魔化しながら、俺は状況を整理していた。 (営業職で培ったトークスキルと、ゲームでやり込んで得た知識が役に立ったってことか。この世界の商売の仕組みは大体ゲームと同じなら、どの街でどんな商品が高く売れるかとか、そういう知識も使えるはずだ) 「そういえば……」  俺は、改めて「梁易安」が持っていた肩掛け袋の中身を確認してみた。そこには見慣れぬ道具や筆などが入っていたが、一番気になったのは古めかしい本だった。手に取ってみると、どことなく違和感がある。開いてみると…… 「うわっ!」  思わず声が出た。本の中には紙ではなく、まるで液晶画面のようなものが現れた。そこには「ステータスウィンドウ」と表示されている。 「どうしました?」  温修明が心配そうに尋ねてきた。 「い、いや、なんでもない。ちょっとこの本の中身を確認していただけだ」 (これって……ゲームのステータス画面?)  俺はそっと本を見つめた。画面には「梁易安」の名前と共に、様々なステータスが表示されていた。 レベル:15 年齢:24歳 職業:流れの商人 レア度:SR 特技:交渉術、商品鑑定、物資調達 戦闘力:25/100(低い) 知力:82/100(高い) カリスマ:68/100(やや高い) 幸運:53/100(普通) 所持金:銀貨487枚 (やっぱり俺は梁易安になってるんだ……しかもゲームとほぼ同じステータスだ) ページをめくると、他のメニューも出てきた。「アイテム」「人物相関図」「マップ」などだ。 「人物相関図」を開くと、そこには今のところ温修明の名前しか表示されていなかった。そのアイコンをタッチしてみると…… 温修明 年齢:18歳 職業:駆け出しの商人 レア度:N 関係性:梁易安の商人仲間 特徴:計算能力が高く、商才に恵まれている。梁易安を慕っている。 (これは便利だな……さすがゲームの世界)  ステータスウインドウを見つつ、俺は複雑な気持ちになった。温修明は本当に自分を慕ってくれているようだ。だが実際の所、俺は彼の知っている梁易安ではない。別人だ。なんとなく罪悪感は拭えない。  でも、今の状況ではこの子の存在は本当に心強い。なにより、温修明の人懐こさと明るさは、転生前の職場にいた新人の部下を思い出させる。あの子も同じように俺に付いてきて、いろいろと教えを請うてきたっけ。 「梁兄、明日の税金の支払いのことですけど……」  温修明が話し始めた。 「いくら納めればいいでしょうか?」 「税金? ああ、そうだな……」  俺は咄嗟に困ったが、ステータスウインドウの「情報」メニューを開いてみた。そこには現在地の情報や規則などが記載されていた。 『楽安街では流れの商人は売上の4割を税として納めなければならない』 「4割!?」  情報画面を見た俺は思わず声が大きくなった。 「はい、梁兄が前にも言ってましたよね。流れの商人はどこの国にも所属していないから税金が高いって」  温修明は当然のように答えた。 「だから早く西崑国に行って、この国の商業組織の『万商会』に登録したほうがいいって言ってたじゃないですか」 (そういえば、ゲームでもそうだったな……流れの商人は国にぶん捕られる税金がめちゃくちゃ高くて、早めにどこかの国に所属しないと不利だった) 「そうだったな……忘れていた」  俺は苦笑いした。 「だからこそ西崑国に向かうんだったな」 「はい! 西崑国は商人に一番優しい国ですからね。税金も『万商会』に入れば1割程度で済みますし、商人に有利な制度が整ってるって話ですから」  ゲーム知識と一致している。確かに西崑国は商人にとって最も有利な国で、プレイ難易度も低かった。 「梁兄の言った通り、僕たちみたいな者でも西崑国なら生きやすいでしょうね」  温修明は嬉しそうに微笑んだ。 「……ああ、そうだな」  俺は寝床に横になりながら考えた。 (とりあえず西崑国に行くのが正解みたいだな。あそこならゲームでも最初の拠点にしていたし、難易度も低い。その方向性でいくか……)

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