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第4話

 朝が来た。窓から差し込む光で目を覚ました俺は、一瞬自分がどこにいるのか分からなくなった。 (ああ、そうか……異世界転生してたんだ……)  あまりの出来事に現実感がない。枕元を見ると、ステータスウインドウが表示されるあの不思議な本があるのが見える。どうやら夢ではないらしい。 「梁兄、おはようございます!」  温修明がすでに起きていて、朝食らしきものを用意していた。古代中国風のお粥と漬物だ。 「おはよう、温修明」  声をかけると、どういうわけか温修明はふふっと微笑んだ。 「梁兄、昨日から呼び方が他人行儀ですよ。いつもみたいに『修明』って呼んでください」  確かに、仲の良い商人仲間ならそう気楽に呼び合っていてもおかしくない。改めて「おはよう、修明」と呼びかけると、彼はまたふふっと嬉しそうに微笑んだ。相変わらず可愛い子だ。  俺は起き上がり、慣れないコスプレのような服装に身を包む。長い袖がちょっと邪魔だ。髪も長くなっているのを感じる。 「今日は税金を納めに行って、それから西崑国への準備をしましょう」  温修明が言った。 「ああ、そうだな」  朝食を食べ終え、二人で宿を出た。古代中国の街並みは、想像以上に活気があって賑やかだ。ただ、衛生面や便利さでは現代には敵わない。 (トイレとか特に大変だな……)  などと思いながら歩いていると、街の様子がなんとなく騒がしいことに気づいた。 「どうしたんだ? みんな慌ただしいな」 「確かに……」  温修明も周囲を見回した。 「何かあったのでしょうか?」  近くの茶屋の前に人だかりができていたので、俺たちも近づいてみた。 「聞いたか? 南辰国の軍隊が北の方に向かって行進しているらしいぞ」 「何かあったのか?」 「野盗討伐だと言っていたそうだ。最近北の方で暴れている集団がいるらしい」  人々の話し声が聞こえてきた。 (野盗討伐?)  俺は少し考え込んだ。ゲームの展開を思い出そうとする。 「梁兄、大通りに行ってみましょうよ。もしかしたら軍隊を見られるかもしれません」 「そうだな」  俺たちは大通りに向かった。すると確かに、武装した軍隊が物々しい雰囲気で北へと行進していくのが見えた。  その先頭に立つ人物を見て、俺は思わず息を呑んだ。 (あれは……蘇清影(そ・せいえい)!?)  ゲームでは南辰国のURキャラクターで、「剣仙」と呼ばれる伝説級の戦士だ。仙界の剣技を修めた剣士で、そんじょそこらの小競り合い程度で彼が出陣するなんてことはまずない。つまり、そんな彼が出陣しているということは、この戦いはただごとではないということだ。 「すごい迫力ですね……」  温修明が呟いた。 「あの方が噂の剣仙さんなんでしょうか?」 「ああ、間違いない」 (これはやばい展開かもしれない……)  俺はステータスウインドウを開き、「情報」から現在の国の歴を探った。 「啓明7年、7月……」  ゲームの知識を総動員して考える。確か……この時期、南辰国は黒炎軍の討伐イベントが入るはずだ。 (黒炎軍……!)  思い出した途端、冷や汗が出てきた。  この世界の舞台になっている『覇道演義』は、三国志風の世界観なので主に三つの国が覇権を争っている。  一つ目は自分たちが今いる国、 南辰(なんしん)国。皇道を掲げる大帝国で、天命を受けた正統なる皇帝による天下統一を理念に掲げる国だ。  二つ目は、自分たちがこれから行こうとしている国、 西崑(せいこん)国。自由と戦士の国と呼ばれ、強き者こそが国を導くという理念を持っている国だ。商人組織が活発なのも、この実力主義の理念が根底にあるからだろう。  三つ目の国が東越(とうえつ)国。知と策謀の国と呼ばれ、官僚制度が発達しており、学問と軍略を重視する国になる。その特性からか、軍師系のキャラはだいたいこの国に所属している。  さて、ここまで説明して改めて「黒炎軍」の話に戻るが、この軍は今まで説明した三国どこにも属さない、「第四勢力」と呼ばれる集団に当たる。正規の国家ではなく、略奪や反乱を繰り返して勢力を拡大しつつある勢力だ。過去に滅ぼされた国の遺臣や流浪の兵が集まって構成されている。  そしてなにより恐ろしいのが、この軍隊を率いる将軍――「龍承業(りゅう・しょうぎょう)」の存在である。 『黒龍将軍』の異名を持つ彼は、ゲームにおいて最強最悪のボスキャラの一人だ。暴力と恐怖で軍を支配し、その戦闘力は圧倒的。プレイヤーからは「鬼畜難易度」と呼ばれ、理不尽なボスキャラの代名詞になっている。  そんな黒炎軍の存在を思い出して、どうして俺は冷や汗をかくほど動揺したのか。  それは、自分が転生したキャラ・梁易安には、この黒炎軍に所属する「外伝ルート」に入れてしまう、困った特性があるからだ!  ゲームでは元々黒炎軍ルートは「外伝ルート」で、限定URキャラでしか体験できないルートだった。しかし、排出率が極端に低いURキャラだけしか物語を見れないのは不公平だとユーザーからの不満の声があり、そこから急遽低レアのフリーキャラクターである梁易安でも、この外伝ストーリーに入れるようになったのである。  しかし、もともとは激レアURキャラの性能を基準に難易度設定されているルートのため、低レアキャラの梁易安でこの第四勢力を攻略するのはファンの間でも「無理ゲーだ」と言われているほど、難易度が高い。  俺だって梁易安を推していたので、なんとかして黒炎軍ルートを梁易安でクリアできないか頑張ってみた。キャラ愛でめちゃくちゃやり込んだが、コンティニューしまくりでなんとか辿り着けたのは「黒炎軍は滅びるが自分だけは生き残る」エンドのみだ。  さて、ゲームでは何度もコンティニューできたが、この異世界でそんな便利機能が発揮できるかどうかは定かではない。ぶっちゃけ、この現実味あふれる異世界を見る限り、死んだらそれっきりの可能性が高い。  というか、単純に死にたくないです。こんな危険極まりない高難易度外伝ルート、例えコンティニュー機能があったとしても絶対に絶対に入りたくない。  つまり、万が一にも外伝ルートに入ることを避けるためにも、黒炎軍との接触はできる限り避けるのが吉だということだ。  そこまで考えて、俺は改めて、今回の南辰国と黒炎軍との戦いについてのゲーム知識を思い出してみた。確か、この戦いは『白蓮谷の戦い』と呼ばれ、黒炎軍側は玲蘭(れいらん)と呼ばれる術師が霧の妖術を使い、戦いを有利に運ぶはずだ。  続けて、この戦いの勝敗を思い出す。この白蓮谷の戦いはプレイヤーの介入がなければ、南辰国側が壊滅的なダメージを負うイベントになるはずだ。黒炎軍側は戦に勝利後、ここ楽安街を占拠してしばらく仮の拠点にしたはず。 (……やばい。早くこの街を出ないと戦争に巻き込まれるぞ……!) 「修明、西崑国行きの計画を少し変更する必要があるかもしれない」 「え、どうしてですか?」 「説明は後だ。とにかく今は税金を納めて、それから宿に戻って話そう」  役所(刺史府)で税金を納め、俺たちは足早に宿に戻った。 「修明、実はな……」  俺は事態の深刻さを温修明に説明し始めた。 「今日、俺たちがみた南辰国の軍隊だが、恐らく敵により壊滅的な打撃を受けることになる。場所は白蓮谷、ここから西崑国に行く道の途中にある谷だ。このまま通常ルートで西崑国に行くと戦争に巻き込まれる可能性が高い」 「そんな……でも、南辰国の軍は強いって聞きましたよ?」 「確かにそうなんだが……相手はただの野盗じゃない。北から来る『黒炎軍』という軍団だ」 「黒炎軍?」  温修明は首を傾げた。 「ああ。正規の軍隊じゃなくて、各国から見捨てられた者たちの集まりだ。その総大将が『龍承業』という男で……とんでもなく強い」  ステータスウインドウから情報を拾いながら、俺は黒炎軍について説明した。正規の国家ではなく、略奪や反乱を繰り返して勢力を拡大していること。他の三国とは異なり、実力至上主義で指揮系統が不安定なこと。死霊術や妖術を使う者も多く、邪悪な存在とされていること。 「なにより危険なのは、その総大将・龍承業だ。『黒龍将軍』と恐れられている男で、暴力と恐怖で軍を支配している。戦場では無類の強さを誇るらしい」 「そんな……じゃあ僕たちはどうすればいいのでしょうか」  温修の表情に不安が浮かんだ。 「逃げよう」  俺は決然と言った。 「今からここを離れて、別のルートで西崑国に向かおう。戦場から離れたところを通るようにするんだ」 「どこを通るんですか?」  俺はステータスウインドウで地図を確認した。 「鬼谷(きこく)の森を通るルートがいい。人は少ないが、戦場からは離れている」 「え、鬼谷の森ですか!?」  温修明は驚いた様子だ。 「あそこは化け物が出ると噂の……」 「噂は噂だよ」 (ゲーム知識だと、鬼谷の森は序盤に通るダンジョンで、確かに魔物は出るが……そこまで強い敵は出なかったはず。それに俺は一応SRキャラで、最低限の戦闘能力はあるはずだ) 「でも……」 「心配するな、俺がついている。遠回りかもしれないが、戦場になる場所を突っ切るより安全だ」  温修明はまだ不安そうだったが、最終的には頷いた。 「分かりました。梁兄についていきます」 「よし、じゃあ準備を始めよう。明日の朝一番で出発だ」  俺たちは森を抜けるための準備を始めた。食料や水、簡単な武器なども用意する。 (どうか、無事に森を抜けられますように……そして龍承業とは関わらずに済みますように……)  俺はそう願いながら、明日からの旅の準備に取り掛かった。

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